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第1話

妖術で飛行しながら、火口に近づいていく。

ぐつぐつとマグマのようなものが煮えたぎっているのが分かる。

しかしまぶしいほどに発光するソレは膨大な魔力を秘めていると、この僕でもわかってしまった。

活発にうごめく様子を見て、どうやらあまり時間は残されていないということを感じ取った。

僕は一緒に飛行している師匠に話しかけた。

「師匠。どうやら実体化するのは早そうですよ。これからどうするんですか」

「ふふん。任せるのじゃ。儂がコレに気づいたのはいつだと思っておる」

約九か月前だ。師匠の才能はこの大陸でも随一だと思うが、いかんせんやる気を出すまでが長い。

気分がのらんのうーとか言って先延ばしにしてきたのである。

「まずな。腕を後ろにぴんと伸ばす。そして、手首を直角に曲げるのじゃ。後は口を尖らせて、ふーふー。といって冷ますのじゃ」

「何を?」

「あの赤いものに決まっておる」

何を言ってるんだ。この人。それに何の意味があるんだ。

「まずは腕を後ろに伸ばすのじゃ!」

言われるままに腕を伸ばす。

「手首を直角に曲げる!」

言われた通りに手首を曲げる。

「そして、口を尖らせてーふーふー!」

口を尖らせて———ふーふー!

僕は今、二度とない経験をしているらしい。

見た目十二歳の師匠に何てことを強いられているんだろう。ふーふーと息を吹きかけているが、絶対に火口に届いていない。

やってられるか、と投げやりになるが段々と火山の活動が収まっていくのを感じた。

まじか。これで良いのか。なんかこう、特別なことをしなくて良いのだろうか。そこまで考えて良い歳した男がふーふーと息を吹きかけるのは十分特別なことだと気づいた。しかし、まあ方法はどうあれ、これで実体化が防げるならばそれで良いだろう。

「うーむ。流石は儂の弟子。見事な息の吹きかけ具合じゃ。これは儂も負けてられんのう!よーしっ、ふーふー!」

そう言って師匠も息を吹きかけ始めた。腕をぴんと伸ばした仕草はとても可愛らしく、ずっと見ていていたいくらいである。そして、僕が隣で一緒に同じ動作をしていることが、とても辛くなってきた。男はしちゃいけないだろ、これ。

するとそんな可愛い師匠のおかげか、火山の動きは少しずつ活発になってきて———いや駄目だろ!

マズイマズイ!どうしてかは分からないが、師匠がこの動作を行うと駄目らしい。

「し、師匠。ここは僕に任せてください!使者が来ていないか見張りをお願いします!」

「む。そうか?だが弟子一人にこれを任せるのもなー」

「いやー、前も見張りを忘れて危なかったじゃないですか。僕は遠見術使えないですし、それに僕はこの封印を自分だけでやってみたいんです」

「でし…」

師匠は少し感動しているようだった。少しだけ目を閉じてから、師匠は答えた。

「分かった。でも無理だけはダメじゃぞ!」

そう言って、師匠は上空へと飛翔し始めた。

流石の飛行能力である。あれはいまだにできない。

師匠がいなくなったからか、火山の動きは収まり始めた。ゆったりと赤い塊が動いているのが見える。

師匠の莫大な妖力にでも反応しているのだろうか。

僕は安心して、ふーふーし始めた。

…これ。する必要あるのだろうか。いやしかし師匠がわざわざ教えてくれたことであるし、ここで下手なことをするのもなあ。

空を飛んでいる男が火口に息を吹きかける、そんな光景が約三十分続いた。



其処にあるのは闇であった。生命の力を感じない、闇。何も見えず、何も聞こえない。しかし、その空間を震わせ、三つの巨大な渦が現れる。吸い込まれそうなほど、黒く、邪悪に渦巻いている。渦は三つとも例外なく深淵たる魔力を持っている。そして、その内の一つが話し始めた。

「ククッ。天四者の一人である火王が封印されたか。まあ良い。我ら三人いや、我一人でも世界は支配できるのだからな」

「ふふ。言うではないか。お前で本当に太刀打ちできると思っているのか。数年私よりも目覚めるのが遅かった癖に」

「何だと…ここで決着をつけるか!」

「ふふ。短気なところも変わっておらんな!良いだろう。受けて立つぞ!」

「待て待てお前ら。お前ら二人に因縁があることも分かる。だが、それを決める前に知っておくことがある。誰が火王を封印したか、だ」

「ククッ。確かにそれは知るべきだな。何しろ火王は我ら天四者の中でも最強だったからな…」

「あれ?」

「ん?」

「最強な奴が最初に負けちゃったじゃん!」

「じゃあ、火王封印した奴に勝てるわけないじゃん!」

「ええー私まだ下界でてないよ!」

「どうする?」

「作戦タイムをとろう。協力して何とか封印した奴を倒すのだ。まだ下界を堪能していないのに封印されるとか嫌だ!」

「確かに!」

「賛成!」

こうして、三つの渦は闇の中に消えていった。



僕はあの火山の麓で正座させられていた。

説教である。勿論、何故説教されているかは分かる。あの火山口で痺れを切らしちょいちょいっと妖術を使用したことである。確かにあの時は要らんことしたなっては思ったけれど。

ここまで怒られるとは。

「聞いておるのか、儂の弟子よ!」

「聞いていますよ。確かに余計なことをしたと思います。軽率な行動でした。以後は事後の影響も踏まえて、行動するように心がけていきたいと思う所存であります」

「う、うむ。反省しているならば良いが…ってそのことだけではないのじゃ!」

他に何かあっただろうか。

「おぬしの妖力のことじゃ!まだそこまで多くの妖力を持っているわけではないのじゃから、体の負担になることはしちゃいかん!」

「師匠…」

今度は僕が感動していた。師匠は不出来な弟子の体を気遣ってくれていたのだ。僕は涙を堪えながら師匠に向かって言った。

「師匠。僕は十分に反省していませんでした。これからはもっと精進していきます!師匠唯一の弟子として!」

「弟子よ…分かれば良い。うむ、これからも精進するが良いぞ!我が唯一の弟子よ!」

「まてーい!二人だけの世界に入るんじゃなーい!」

どこからともなく声が聞こえた。声からして女の子のようだが…

「ふうふう。や、やっと着いたぞ久しぶりの下界!この空気!太陽!青空よ!そして…私の師匠よ!」

そう言って十歳位の子が師匠に向かって抱き着こうとした。真っ赤な布に金色の刺繍が施された着物を着ている少女が。そんな少女を師匠は空を飛んで回避した。

「ぐわー」

そう言って少女はスッ転んだ。

「誰じゃこの娘、おぬしの知り合いか!」

「違います。こんな子知りませんもん」

普通に可愛いし、是非ともお友達にはなりたいが。

「うぐう。流石の妖力だな!私を封印しただけのことはある!」

ん、封印?師匠も何か気づいたようで、ポンと手を叩いた。

「この魔力の感じは…娘、もしや火王じゃな!」

「正解!流石師匠!」

少女は飛び上がり、師匠に近づく。勿論、師匠は回避。

それを少女は更に追おうとして激しい攻防が繰り広げられる。

数百年生きた者同士の、可愛らしい戦いであった。



そんな少女は見事に師匠に捕らえられ、事情を訊くこととなった。

火王、本人が言うからには緋桜と本当は書くらしい。

本名みたいなものだ!師匠にだけ教えるんだからな!と照れながら語ってくれた。

僕もしっかり聞いていたのだけれど。

天四山。この大陸に存在する四つの大きな山である。それぞれ特徴的な見た目で、人々から崇められ、讃えられた山である。

その内の一つを火の山と呼ぶ。数百年前から所謂火山活動があり、マグマが噴出し続けている。その猛々しい火の山の神を火王と人々は名付けた。

しかし、最近本当のマグマではなく、魔力が籠っている疑似的なモノが噴出していた。これに気づいた師匠が僕を連れて、ここまでやってきたのであった。

師匠は僕とのやり取りを説明しながら、封印したのは弟子がやったのだと胸を張って緋桜に言っていた。

「…待て。てことはあれか。私を封印したのはコイツだと」

「そうじゃよ。ふふん。凄いじゃろ。儂の自慢の弟子じゃ!」

「私はこんな奴に封印されたのか!」

「こんな奴、じゃと…?」

師匠はピクリと眉を動かす。

「いや違いますよ!こんな凄い人に封印されたのかって言ったんですよ!」

「そうか、そうか。そうじゃろう?凄いじゃろう!儂も鼻が高いぞ!」

師匠曰く緋桜は本来の姿ではなく、少女の姿に変えて実体化しているらしい。

儂でも簡単に捕らえられたからのう、かなーり力は抑えられているからまず問題は無いようじゃと呆れ気味に僕に教えてくれた。

師匠がそういうならば僕も異論はない。二人は何だかんだ仲良くなっているし。

二人のやり取りを見ながら、僕は鍋を掻き回していた。

「なあ、この匂いは何なのだ」

「む?ふふん。この匂いはのう、弟子が作ったしちゅーというものじゃ。とろっとしていて美味しいのじゃよ」

「し、しちゅー。確かに美味しそうな匂いがする。というか私、この下界に来てから何も食べておらん!食べさせろ!」

「しっかり作っているから心配するなよ」

師匠がお腹が空いて力が出ないーというので急遽作った。師匠は空腹状態だと本当に妖術が使えなくなる。

初めてあった時もそうだった気がする。

シチューを多めに師匠と緋桜に盛って、一緒に食べることにする。

師匠はふうふうと冷ましながら、緋桜はばくばくと大きな口を開けて食べた。

「うむ。うまいな!今まで色々なものを食べてきたが中々ここまで美味しいものはなかったぞ!」

そう言いながら僕の背中をばんばんと叩いてくる緋桜。

さらっと言ったが、色々食べてきたって何だよ。火山で生きていた筈の火の王が何を食べてきたんだ。

緋桜の感想を聞いて師匠は

「そうじゃろう、そうじゃろう。弟子のしちゅーは大陸、いや世界一じゃ!」

と誇らしげに答え、シチューを頬張る。

シチューでここまで褒められたことはないな。

世界一って凄いな。本当にそこまでなりたいな。

二人がもぐもぐと食べる様子を見ながら、新しい夢を心に抱いた。



お腹が一杯になったところで、緋桜は話を切り出した。

「ふふ。とてもうまかったぞ。久しぶりに美味しいものを食べた。あの能面娘以来だな。それで、ここに来たのは他でもない。頼みたいことがあるからなんだ」

緋桜は神妙な表情で話を続けた。

僕は師匠とともに、集中して話を聞く。

「私を一緒に連れて行ってほしい。難しいとは思うが…」

「歓迎するぞ」

緋桜の頼みに師匠はすぐに答える。

「そうか、やっぱり厳しいよな…って良いのか!?」

「まあ、一つ聞きたいことはあるがのう。どうして一緒に行きたいのか、外に出たいのか、という理由じゃな。教えてくれんか?」

師匠の質問に緋桜は少しだけ考えて、自らの胸に両手を当てて答えた。

「それは。私は世界を見たいからだ。この世界を。私は目覚めても、目覚めなくてもずっと此処にいた。一人で、ずっと。初めてだったんだ。こうやって人として、人間と同じ目線で話すのは。私は天四者だったから、人と話すことを楽しいとは思わなかった。でも師匠と出会えて、その、そこの美味しいものを作れる奴とも一応出会えて私は楽しいと思った。心から喜べた。だからもっと世界を見たいなって。色んな人間と話をしたいってそう思ったんだ」

緋桜の言葉はたどたどしく、つっかえながらだったけれど、本心から言った言葉に違いなかった。

「緋桜…」

師匠はぎゅっと緋桜は抱きしめた。緋桜は少し驚きながらも、同じように抱きしめ返した。





緋桜は弱体化はしているものの、それでも一般人よりも強大な力を持っている。

たとえ意図していなくとも、誰かを傷つけてしまうかもしれない。

初めて人の姿で実体化した訳で、常識も何も知らないままだし。

天四者であり火の王である彼女が、人々に受け入れられるかはわからないけれど。

僕と師匠は彼女の優しい願いを叶えたいとそう思ったのだった。

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