29.兆し
その頃、刹那は病院のベッドの上に寝ていた。
ところどころ外傷があり、包帯が巻かれていたり点滴が繋がれていた。
天歌が刹那の左手を握り、不安そうに見守っている。
さっきまで泣き続けていた為か、天歌は目が潤み、少し声が枯れている。
「刹那おねえちゃん……早く起きてください……このままだと……あれ?
刹那お姉ちゃんのスフィアにヒビが入ってます!」
時を同じくして、刹那の精神あるいは魂は金剛のスフィアと相対していた。
金剛のスフィアは、魔法少女金剛の姿形を借りているものの、触れば崩れるような印象を受ける。
刹那も、大分衰弱している。金剛のスフィアよりはマシだが五十歩百歩といったところたろう。
「金…剛……? そうか……そういう……」
「天道刹那。お前が二度もデストロイフォームを使うと思わなかった。
しかし、この戦闘で……いや今までの戦いで我も主も大分限界が来ておる。
おそらく主が起きる頃には、我はもう、その役目を全うできなくなるだろうな」
金剛のスフィアは、夢の道半ば力が足りず諦めるかのような表情だ。
「ねぇ、金剛……私は何を失うの?」
「そうだな。前回は『男に戻るという執着』二度目となる今回は倍になるから『二ノ宮マリアンヌからの気持ち』と『魔法少女とした戦う勇気』になるな。
まぁ、最も二ノ宮マリアンヌがあのダメージから再び立ち上がれるのかは我にはわからぬ」
「そっか……だとしても私はまーちゃんのカタキは取らなくちゃならない。
それぐらいはしないと、私は私でなくなる……。
戦う勇気がなくなった状態でうまくやれるかわからないけど、それでもやらなくちゃ」
「ふぅむ……やはりそうであるか」
金剛のスフィアは何か考えて思いついたような表情をして指を鳴らした。
すると、魔法少女王の玉座が刹那の前に現れる。
「少なくても、魔法少女王の玉座に耐えれる他のスフィアがなければならない。
生きるだけなら、そこそこのスフィアでも出来るだろう。だが、変身までは出来ないであろうな」
「目覚めたら探す」
「それでは、遅い。我の代わりを使った時点でそれが優先される。
だから、我が動いている間に代わりを用意せねばならぬ。つまり、主が起きるまでだな」
「となるとどうすれば……私じゃ間に合わないじゃんか」
「魔法少女王の玉座が、外の者に対して代わりのスフィアへと導いてくれるだろう。
こやつにしてみても、折角の魔法少女王誕生直前に手放す道理はない。
あとは祈って待つだけよ」
「そっか……うん、なら大丈夫。信頼できる。金剛……いままでありがとう」
刹那は、残った僅かな力で金剛のスフィアに近づき抱きしめる。
感謝と別れの抱擁だ。
「なに。礼なら我からさせろ。とても痛快で退屈しない時を過ごさせてもらった。残りの時は主を生かす為に尽力しよう。ではさようなら」
「さようならじゃないよ。またね。さ」
「ふっ……そうだな。では、また」
病室では天歌は咲良とともに、刹那から現れた立体地図とメッセージを見ていた。
「これは……」
「とりあえず、記録をしておきます。これによると刹那さんが目を覚ますまでに、この地図の場所へ行って新しいスフィアを手に入れて、持ってくる必要があるようですね……」
「新しいスフィアってなんですかっ!?」
「金剛のスフィアにヒビが入ったところから推察すると、スフィアが別のスフィアへ導いているということですかね。
刹那さんは、スフィアで命をつないでいるみたいですし」
「そうなんですかっ!? えとえと、目が覚めるのってどれくらいなんですかっ?」
「デストロイフォームで倒れた後の目安は三日位と言われているから……あと二日半位ですかね」
「二日半……あのあの、あたし取ってきますっ。取ってこさせてくださいっ」
「そうですね。私の方で協会に連絡して増援お願いしておきます。
だから、無理しないでくださいね。地図情報はそちらに送っておきますので……旧池袋方面に向かってください。おそらく旧池袋地下迷宮のはず」
「はいっ」
旧池袋地下迷宮。
池袋地下大監獄としても機能している巨大な迷宮であり、地下二十階までの攻略で止まっている迷宮である。
いくつものトラップがあり、攻略済みの範囲外には、まだまだ強力なモンスターがいると言われている。
そんな危険な場所であると知っていても、天歌は躊躇わない。
返事をするとともに、外へと飛び出した。
一分一秒を争う今、少しでも早く刹那を救う為に。