9.天歌の実力
閑静な住宅街にそれは現れた。
狼のような怪人だ。怪人の開発コードネームはアイアンウルフマークセブン。個体名はない。
屈強な体躯は狩りのために調整されたもの。狩るものは、魔法少女だ。
体内の魔法力袋の稼働率を上げることで、魔法少女を誘い出す。
彼にとって幸いなことに、魔法少女らしき存在は一分もしないうちに現れ、即座に倒せた。お替りを待っていると十分もしない内に現れてくれた。
「いましたっ! 響さん。離れててくださいねっ」
「わかった。無理せずに」
アイアンウルフは、出方を伺う為、様子を見ているくらいしか出来ることはない。
まだ、アイアンウルフの足元に転がっている魔法少女に気付いていないようではあるが、暗いところだから、見えていないのだろう。と思い至った。
「おいで、デルタフェニックス!」
天歌の声に呼応し、何処からともかく掌サイズの機械の鳥が現れ、最初からわかっているのかノールックで天歌が掴む。
デルタフェニックスと呼ばれた機械の鳥は、天歌に掴まれる瞬間から、三角柱の形に変形した。中央にはラピスラズリが埋め込まれている。
デルタフェニックス。
第八世代型スフィアリアクターエンジンを内蔵した、新世代魔法少女アイテムの一つだ。自律型の超進化AIが組み込まれており、持ち主の声や思念に応じて行動し、一緒に成長していくよう設計されている。
デルタフェニックスは、覇道院家秘蔵の折れた聖剣の切っ先を組み込んでおり、ダガーモードとガンモードに変形することができる。
「うぇいくあっぷ! ラピス!」
天歌の声に呼応し、ラピスラズリが光輝く。
薄紫色の魔法少女衣装が左手、右手、左足、右足、胴体その他の順に現れていく。
他の魔法少女と違い、所々メカチックで、機械の翼、胸元に大きなリボンも現れる。
最後にデルタフェニックスがダガー型に変形し、ポーズを決める。
「纏うは勇気の証。命の煌めきは天地を灯す。
覇の道をいき、天へと歌う。
聖剣が折れても、たった一人で信じるものの為に戦い抜いた勇者、覇道院大河の末裔、魔法少女ラピスラズリ!
魔法少女のニュージェネレーション、見せちゃいますっ!」
天歌は口上を淡々と述べる。なぜならこの口上はいつも通り喋ると締まらないからだ。
自分の中に流れる勇者の血と魔法少女の力を使いこなす為のスイッチでもあるのだ。
口上が終わったことで、アイアンウルフは一蹴りで跳びかかり、その大きな腕を振るい、天歌に挨拶代わりの一撃を放つ。
天歌は、デルタフェニックスを持つ右手に力をこめ、体勢を低くして回避からそのままの流れで斬りかかる。流石に聖剣の切れ味は鋭く、掠めたアイアンウルフの右脚から赤い血が流れた。
「グウッ!」
「ウィング展開っ! ぶーすとっ! からの、ガンモードっ!」
天歌は背中の翼を広げて一旦距離を取る。デルタフェニックスをガンモードに切り替えるのも忘れてはいけない。相手は格上で侮っているからまだ戦えているのだ。
ガンモードから放たれるのは、天歌の魔法力を固めた弾丸だ。魔法力が尽きる迄は連射することもできる。ただ、一発一発は威力が控えめな為、強敵相手では牽制以上の意味を持っていない。
案の定、ろくに効いていないことが目に見えてわかる。
ただ、これでいい。天歌は相手が格上だと認識できているので、油断を誘う必要があると思っているからだ。
しかし、運の悪い事に、距離を取りながら観察したことで、アイアンウルフの足元の魔法少女に気がついてしまう。
まだ、実戦経験の少ない天歌は動揺して真っ直ぐ飛べなくなってもしょうがないことだ。
「グラウッ! フンヌッ」
アイアンウルフによる炎魔法の火球が天歌を襲う。普段なら避けられるが今の状態では思うように飛べない。
「んと…! えっと…トリプルウォール!」
なんとか、自身と火球の間に三枚の防壁を用意した。これは動揺してても最低限防御できていれば持ち直す時間を稼げる為、刹那に教えておいてもらった、初級防御魔法だ。
トリプルウォール。
三枚の魔力障壁を作る防御魔法。
全体を覆うものではないので、一点を守る時や、消費を抑えたいときに使い勝手がいい。
三枚あることで、そこそこの耐久性を持つので初級の割に中級防御魔法と比べて遜色がないので重宝されている。
「きゃっ!」
しかし、格の差のせいか、防ぎきれずにトリプルウォールを突破されてしまう。
突破された火球によって、天歌は吹き飛ばされた。幸いなことにダメージは大きくない。
乱れた心を落ち着かせるため、天歌は両頬をパチンとはたき、頬を真っ赤にしながら気合を入れ直した。
「刹那お姉ちゃんが言ってました、どんなに強くなっても動揺してたらスキだらけで負けちゃう。動揺するならそれをもとに心の灯火を燃やせって。
だから、あたしはここから全力で心を燃やして行きますっ!」
天歌は、デルタフェニックスを天に掲げた。
「アップデートっ、 フェニックスフォーームっ!!」
天歌は叫んだ。
フェニックスフォームは心を滾らせていないとなれないからだ。そして、今の天歌では一分四十秒しか維持できない。
意を決して、天歌がデルタフェニックスを振り下ろすと、更なる変身が始まる。
今までの衣装に赤い炎のラインが現れ、随所に金色の金属パーツが追加され、背中の翼も一回り大きくなった。
「燃えろ、あたしの心の灯火っ!! 」
天歌とアイアンウルフの戦いが第二ラウンドへ移ろうとしていた。