更生綺譚
シリーズ物です。上部「オロチ綺譚」より1作目「巡礼綺譚」からお読み戴けるとよりわかりやすいかと思います。
外装を見事にローストされた自由貿易船オロチが、スイリスタル太陽系のヒムロ星の輸送船により同太陽系のウンカイ星に搬送されて1週間。
オロチのメンバーは、皇帝アキサメの前に全員呼び出されていた。
本来、皇帝と呼ばれる存在はそうそう民間人の前に姿を現さない。忙しい身の上でもあるし、いつ誰が命を狙って来るとも限らないからだ。
しかしアキサメはそんな事に拘泥せず、恐縮するオロチメンバーの前で婉然と笑った。
「そうかしこまらないで。お茶でもどう?」
「はぁ」
船長の南は困惑した顔のままとりあえずカップに口を付けたが、味などわかるはずもない。
「実はお願いがあってね」
アキサメは面白そうに笑った。
「船を1つ運んで欲しいんだ」
「船?」
南は顔を上げた。
「そう。小型輸送船で、セイラン星ヒムロ星と共同開発したものなんだ。量産を考えているんだけど、まずはそのテスト飛行を兼ねて君達にリュウキュウ星まで飛んで欲しい」
南はカップを置いて両腕を組んだ。
「そりゃあ引き受けたいのは山々だが、肝心のオロチが未だ修理中だろう」
サウザンドビーによって外装が焼けただれたオロチは、現在ウンカイ星の航空ドッグに入っていた。再びウンカイ星のレアメタルでコーティングされるためだが、その進捗率は昨日の段階で50%と聞いている。飛べるようになるまではまだ時間がかかるだろう。
「だから、その試作品の輸送船に乗って飛んでくれと言ってるんだよ」
南はぎょっとしたように瞠目した。
「俺達に、オロチ以外の船に乗れと?」
「その通り」
アキサメは笑った。
「全長はオロチよりやや小さいくらいかな。もちろんタンホイザー砲なんか積んでないけど、プレ・ロデア砲とミサイルはちゃんと積んでるよ。数はプレ・ロデア砲が4砲、ミサイルが6砲。Sシールド及びステルス機能搭載。オロチには劣るけどハイパワーブースターも搭載している」
南は唸った。知らない船に乗るのは正直言って心細い。2代目のオロチを譲り受けた時だって、実は最初は不安だった。
「もちろんタダでやってくれとは言わないよ」
アキサメは長い足を組んだ。
「この仕事を引き受けてくれたら、例のフェイクフィルタの件に関して残りの不足分を免除しよう」
南は再び唸った。
スイリスタルに依頼したフェイクフィルタは、さすが宇宙一の技術先進惑星だけあってべらぼうな価格となった。示された数字を見た南が丸1分は絶句したほどだ。そのスイリスタルから破格の値段で物資の供給を受け、ローレライですべて売りさばいたものの、それでもまだまだ満額には届いていない。
UNIONと海軍、そして中央管理局はエルフの村に関しての詮索をしないと約束してくれたものの、自分達と同じフリートレイダー達がいつ発見しないとも限らない。見つかればすぐに略奪が始まるだろう。一刻も早くフェイクフィルタを設置したい。だが肝心の金が足りない。
もしウンカイ星が資金免除してくれるのならローンも借金なしでフェイクフィルタを受け取る事ができるが、かなりの額の残金をウンカイ星にだけ肩代わりしてもらっていいのか。
南が考え込んでいると、主操船担当の北斗が口を挟んだ。
「ちょっと待って。その船をリュウキュウ星まで運んだとしてだよ、帰りはどうすんの?」
「その船で帰ってくればいいよ」
アキサメは笑みを崩さず告げた。
「正確には、運んで欲しいのはその船のカタログなんだ。船そのものを置いてこられたら、分解されて設計図を手に入れられてしまうからね。それじゃあ商売にならない」
内装は見せてあげてもいいけどね、とアキサメは続けた。
「船そのものを見せた方がリュウキュウ星も理解しやすいだろうし、飛んで来たとなれば性能も理解してもらえるだろう?」
南はため息を吐き、苦笑した。
「……元から俺達に断る選択肢はないな。わかった、引き受けよう。ただし条件がある」
「おや、何だい?」
「俺達には設計図とやらを見せて欲しい。船乗りにとって船は自分の身体も同然だからな」
「いいだろう。ただしリュウキュウ星の連中にはくれぐれも内密にね」
アキサメは茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせた。
オロチのクルー達が乗る船の名は「ヒミコ」といった。
確かにオロチより小振りで小回りは利きそうだが、武器もシステムも大幅にオロチを下回る。もちろんレアメタルで塗装などされていないので、プレ・ロデア砲が当たれば普通に損傷する。かすり傷程度しかつかないオロチとは大違いだ。
だがそもそも、オロチという船が桁外れ過ぎるのだ。あれほど技術者達の技術の粋を極めた船など、この世にオロチ1隻しか存在しない。
「大丈夫? 北斗」
「誰に言ってんのさ」
北斗は視線をヒミコから航行補佐担当の菊池へ移し、じろりと睨んだ。
「オロチみたいに完璧な船ならむしろ誰にだって飛ばせるよ。柊サンにだって動かせる」
「てめぇ北斗、喧嘩売ってんのか?」
狙撃担当の柊に引きつった顔で睨まれても、北斗はいつも通りにスルーした。
「防御力が劣り、積載している武器にも限度がある。もちろん単独ワープもできない……だなんて逆に面白いじゃない」
北斗は挑戦的に笑った。
「こいつを運んであげるよ。リュウキュウ星へ」
「頼もしい限りだが、操縦法は覚えたのか?」
南がヒミコの取扱説明書を片手に北斗の隣に並んだ。
「オロチに慣れていると、こいつはちょっとやっかいかもしれんぞ」
「船なんかみんな同じだよ、船長」
北斗は帽子をかぶり直した。
「オロチにない部分を頭に入れればいいだけでしょ。オロチにないものはヒミコにもないんだから」
「そりゃそうだが」
南は取扱説明書を閉じた。最低限の部分だけは頭に入れたが、後はもう飛んでみて覚えるしかない。
「出発は明日だ。全員準備はいいな?」
「オッケーっスよ。ココアエアナッツも買いだめしたし」
柊は自信満々に笑った。
「俺も必要な薬なんかは移動させたで」
「俺も取扱説明書は目を通したし、データのインプットも完了してる」
医療担当の笹鳴と情報分析担当の宵待もうなずいた。
「よし。菊池、お前はどうだ? 調理器具や食材は積み込んだか?」
「ううん」
「何やってんだよ、朱己。手伝ってやるからさっさと済まそうぜ」
柊が呆れて菊池に向き直ると、菊池はふるふると首を振った。
「だって、ヒミコにはまともなキッチンがないんだもん。調理器具も食材も必要ないよ」
クルー達は全員、天が落ちて来たかのように愕然とした表情になった。
「……ちょ、ちょっと待て。じゃあ、もしかして航海中はまさか、あの死ぬほど不味い宇宙食で過ごさなきゃならねぇのか!?」
「それは俺もあんまりだと思ったから、整備班にお願いして冷凍庫と炊飯器と電子レンジは積んでもらったよ」
だから航海中は作り溜めした料理を解凍して食べる事になるね。そう続けた菊池に、オロチクルー達の顔は漂白されたように白くなった。
「……とっとと運んでとっとと帰って来るぞ」
重々しい覚悟でもしたような南のセリフに、クルー達は全員決死の覚悟で頷いた。
ウンカイ星を出発したヒミコは、一路リュウキュウ星を目指した。
「ええと、まずは航路の説明をさせてくれ」
宵待が中央のモニタに航路を示した。
「アキサメ皇帝に指示されたコースはここ。シビックだ」
それはスイリスタルからは最短距離とは言いがたい航路だった。その上磁気によって航海が難しい場所、流星群の通り道、星雲によって視界に制限がある場所など難所が多い。
「なるほど。色々試してみる言うわけやな」
笹鳴はモニタを見て苦笑した。アキサメの考えそうな事だ。
「いいんじゃない? 性能を試すのはもってこいのコースだよ」
不安を感じるどころか北斗は楽しそうに操縦桿を握り直した。
「確かに難所の多いコースではあるが、そんなものよりここを通るのが俺としては1番気を使うな」
南はモニタ上にポインタを置いた。
「ここが何だい? 何にもないように見えるけど」
宵待が見上げると、南は「ここはな」と無表情気味に説明を始めた。
「表の貿易船組合がUNIONであるなら、ここには裏の貿易船組合の本拠地があるんだ」
「裏の貿易船組合……?」
南はデータをモニタに出そうとして、途中で諦めた。なかなか見つからなかったからだ。
「一般的な貿易船はUNIONに加入するだろう。そこで燃料なり何なりの保護を受けるわけだな。だがそこに属していない者達も多い。俺達もそうだしな」
「つまり、自由貿易船同士の組合みたいなものかい?」
「そうだ」
「宵待はまだ知らなかったんだっけ」
菊池がワゴンにコーヒーを乗せてブリッジを回りながら笑った。
「UNIONみたいに航路や燃料の面倒も見てくれるけど、1番違うのは緊急時に戦闘艦がぶっ飛んで来てくれる事かな」
「戦闘艦が?」
宵待はカップを受け取ったが、すぐには口をつけなかった。いつものようにコーヒーメーカーで淹れたものではなく電子レンジで温めたお湯で淹れたものだと知っていたからだ。同じお湯のはずなのに、なぜか美味しいと思えない。
「そう。まぁ近くに支店がない時は時間がかかるけど、あれば5分で飛んで来てくれるよ」
「それは心強いな。どうしてオロチは加入しないんだ?」
再び宵待に見上げられ、南は苦笑した。宵待と同じくコーヒーには口を付けていない。
「金がかかるからだ」
「お金?」
「せや」
笹鳴が首をすくめた。笹鳴に至ってはコーヒーを受け取ってすらいない。
「UNIONみたいに加入費用は必要ないんやけどな、燃料補給も航路案内も、1つ物事を頼む度にアホみたいに金を取られるんや」
「そうそう。SOSなんか出して戦闘艦を頼んでみろよ。1年分の稼ぎくらいぶんどられるぜ」
柊はカップをかき混ぜながらため息を吐いた。ミルクや砂糖を入れて味を誤摩化しているのだ。
「実際、命には代えられないとばかりに戦闘艦の出張を依頼し、その金が払えなくて海賊に転向した連中もいるくらいだからな。だから俺達は自由貿易同盟には加入していない」
南はそう告げ、カップに口を付けて小さくため息を吐いた。やはりいつものコーヒーより格段に味が落ちる。
「そうだったのか……」
「っていうかさ」
北斗がパイロットシートに座って前方を眺めたまま、抑揚のない声で間に入った。
「そもそもそうやって群れたがるのは弱い証拠だよね」
「だな。俺達は強いし」
柊も自信満々に笑ったのを見て苦笑した宵待は、しかし不意に真顔になって南を再び見上げた。
「その彼らが、何か問題でも?」
「さっき笹鳴も言ったが、自由貿易船同盟に加入費はいらない。だから何度もしつこく勧誘が来ててな」
「で、船長は何度もしつこく断ってるってわけ」
菊池は笑って自分もカップに口を付け、突然顔を引きつらせてからカップを置いた。
「みんな、やっぱりコーヒー回収するよ。こんなに美味しくないと思わなかった」
「や、砂糖とミルクを入れればなんとか」
「ダメだよしぐれ。俺がコックをしている船のクルーに不味いものなんか口にさせられない」
菊池は速攻でコーヒーを回収して回った。
「どうしてそんなにしつこく勧誘されるんだ? 頼み事をしなかったらお金にはならないんだろう?」
「いや、そういう訳ではないんだ」
南は菊池にカップを返して苦笑した。
「さっき菊池が言った戦闘艦、あれは基本的には自由貿易船同盟の所持する船を指すんだが、UNIONみたいに広範囲をカバーしているわけじゃないからな。支店がない場所からSOSが入った時は、近くにいる加盟船が助けに行く事になってるんだ」
宵待は「なるほど」と呟いて肩をすくめた。
「つまり、オロチの戦闘力が欲しいってわけだ」
「そういう事だ」
南は笑ってシートにもたれた。
「宇宙航法で、救援信号を受信した時は救助に行かなくてはならないと一応決まってはいるが、相手が自分より強力だった場合は自身の保護を第一に考えて逃げても罪にはならないんだ。だが自由貿易船同盟はそういうルールじゃないんだな」
「そりゃあやっかいだね」
「だが、まぁ、今回は大丈夫だろう。船体コードも固有電波もオロチのものではなくヒミコのものだからな」
宵待が苦笑するその後ろで、菊池が「炊飯器でコーヒー作ったら美味しくなるかな」とぶつぶつ呟いていた。
「あと30分で磁気ストームに入ります。恒星捕捉しました」
「電磁波オートキャンセルシステム起動。北斗、ジャイロコンパスに異常が出ないか、お前の目でもチェックしてくれ」
「了解。磁気コンパスオフにします」
磁気は目に見えないので、クルー達の目は計器に釘付けになった。
「非磁性のウンカイ星のレアメタルですら、ローレライに突っ込んだ時はオロチが滅茶苦茶になったもんね」
「そりゃそうだ。非磁性物質でコーティングしても中身は電子機器なんだからな」
柊は笑って、しかし真剣に計器を見つめていた。
「宵待、外気温も確認してくれ」
「外気温? どうしてだい?」
「磁気ってのは温度によって変化する事があるんだ。覚えといて損はないぜ」
宵待は真面目な顔で頷いた。ローレライの磁気ベルトに突っ込んだ時は、コールドホールを相手にしていたからそれどころじゃなかった。
「まぁ、いざとなったら電子を操れる朱己がいるんだし、反強磁を発生させれば」
「ダメだよしぐれ。それじゃあ船の性能を正確にリュウキュウ星に伝えられないだろ」
菊池がモニタを睨みながら言った言葉に、南も賛同した。
「そうだな。今回は菊池と宵待、それにクラゲの力は封印だ」
「きゅう?」
「緊急事態にでもならない限り、今回俺達に出番はないって事だよ」
菊池のひざの上に居た菊池のペット兼ブースターのクラゲは、何だか少ししょんぼりしたようにうなだれた。
「今回だけだよ。元気出して」
「きゅう」
仕方ないと、クラゲは力なく菊池のひざの上で丸くなった。
「磁気ストーム突入します」
宵待の声に、全員が口を閉ざした。
「いや……確かに温かい食事ではあるけど」
柊はうんざりしたようにカレーをスプーンですくった。
「具が入ってねぇ」
「入ってるよ。全部すりつぶして」
「ゴロゴロでっかい具を食べるのが好きなのによー」
「うるさいよ柊サン。文句があるなら食べなければ?」
柊の隣でスプーンを動かしていた北斗が、柊以上に不服そうな顔をして唸った。
「お前こそうるせぇよ。軍人崩れと違って、こちとら不味いものには慣れてねぇんだ」
「それはそれは。素晴らしき巨大組織、 UNIONの鋼鉄のヴァンガード様には大変失礼しました」
2人の間に目に見えないブリザードが吹き荒れるのを感じ、宵待がまぁまぁと間に入った。
「この仕事が終わったら菊池に美味しいものを作ってもらおうよ」
「そうやで。炊きたての米を食えるだけでも幸せやん」
笹鳴はしみじみとカレーを頬張った。
「考えてもみぃや。この船に乗る前の自分ら、いったい何食うてた?」
柊と北斗は2秒ほど考え込み、そして黙ってカレーを口に運び出した。
「それでええ。朱己も気ぃ悪くせんといてな?」
「いや……」
菊池は重そうにスプーンを置いた。
「正直言って、俺もあんまり美味しいと思ってないからかまわないよ」
クルーの中で最も不服そうな顔をしていたのは菊池だった。コックとしてこれは本当に不本意な境遇だ。
「まぁ、俺達は普段の食事が贅沢だからな。それはそうと北斗、オーパイの調子はいいようだな」
北斗は口の中のものを飲み込んでから南を見た。
「磁気ストームも脱出したし、ここから先はしばらく何もないからね。これで何かあったらスイリスタルの技術を疑うよ」
「しかし、もうすぐ流星群の通り道だろう?」
「ちゃんと時間をみてるよ」
ごちそうさまと言って、北斗はスプーンと皿を置いた。
「お粗末様。クラゲも我慢して食べてね。この仕事が終わったら美味しいものを作ってあげるから」
「きゅう」
そんな事はないのだ、ちゃんと美味しいであるぞ。
菊池を見上げてそう告げるクラゲに、菊池は笑った。
そんな事よりも、とクラゲはクルー達を見回した。
どうしてみんな、ブリッジの床に円座に座り込んでゴハンを食べているのだろう、とクラゲは思った。
「流星群の通り道、たいした事なかったな」
柊はココアエアナッツを頬張りながらだらしない格好でモニタを眺めて言った。
「そりゃそうでしょ。一応UNIONが航路にしても差し支えないって言ってるコースなんだから」
そう言いながらも北斗も物足りなさそうだった。北斗としてはスイリスタルにある流星川クラスの難所を想定していたのだが、当然そんな航路などUNIONが認める訳がない。
「最後は星雲の近くを突っ切る航路か。宵待、データはちゃんと取ってるだろうな?」
「もちろんだよ、船長」
宵待が得意げにそう言った時、いい匂いを振りまきながらブリッジに菊池が入って来た。
「みんな、おやつ作ったんだけど、食べる?」
「おやつっつったって……」
柊が緩慢に振り向くと、菊池が手に湯気を上げるホットケーキを乗せて笑っていた。
「大昔のレシピを思い出して炊飯器で作ってみたんだ」
「え? じゃあ作り立て?」
柊はココアエアナッツの缶を放り出し、はちみつのたっぷりかかった一切れを口に放り込んだ。
「んー! 美味い!」
「ちょっと、こっちにも持って来てよ」
「俺にもくれへんか」
久しぶりの作り立て料理に、クルー達は全員ほっとしたような顔を作った。
「あー、やっぱり味覚は大事やなぁ」
「だね。このふかふか感とあつあつ感がたまらないよ」
「宵待、お前もだんだんオロチの舌になって来たな」
菊池の焼いたホットケーキは、あっという間にクルー達の腹の中に収まってしまった。
「ミルクがなかったから代わりに合成粉末を使ったんだけど、それでも解凍しただけのものよりマシだっただろ?」
「マシマシ、全然マシ。あー早くこの仕事終わらせてぇ」
「……そうも言ってられないみたいだよ」
北斗の言葉と同時に、緊急アラームがブリッジに響き渡った。
「アラート!」
全員がいっせいにシートに滑り込んだ。
「敵およそ20! 合致パターンなし! 海賊です!」
「おいでなさったな。こちとら腹が満たされてやる気満々だぜ」
柊の舌なめずりに南は一瞬だけ苦笑を浮かべたものの、すぐに真顔になった。
「敵の攻撃と同時に迎撃開始! 菊池とクラゲは通常戦闘モード!」
「了解!」
オロチのような戦闘スイッチはなく、全員が各々でシステムに目を走らせた。
「ハイパワーブースターオン! 自動照準システム起動! プレ・ロデア砲ディスチャージ!」
「北斗、柊、とりあえず全力でやれ。ミサイルもプレ・ロデア砲もあるだけ使っていいって話だからな」
「了解!」
「うぃーっす」
ヒミコでの初戦だったが、北斗も柊もまったく不安はなかった。要するに勝てばいいのだ。
「操縦ミスるんじゃねぇぞ、北斗」
「そっちこそ、撃ち損じたら夕食は宇宙食ね」
戦闘自体はそれほど難しくなかった。敵の数はわずか20ほど。100を相手にした時だって、この2人は負けなかった。
「おわっ!」
珍しく柊の撃ったプレ・ロデア砲が何もない宇宙空間に吸い込まれた。
「はい、宇宙食決定。うわっ!」
今度は北斗が操縦ミスを犯した。
「おいおい、どないしてん2人とも」
「エネルギー放出量が一定じゃないんスよ!」
「この船、急転回に時差がある!」
2人は歯ぎしりしてモニタを睨みつけた。
「珍しいものが見れたなぁ。オートマチックコンバットシステム、使う?」
「使わねぇ!」
「使わない!」
2人は同時に叫んだ。
「ほな頑張れ。主船と思われる戦艦からミサイル反応あるで。最終回避距離まであと5秒」
「ぶっとばす!」
「叩きのめす!」
ムキになった2人は神業の域で攻撃を避け、戦闘艦にプレ・ロデア砲を叩き込んだ。
「敵ミサイル追撃型です! タイプノーマル!」
「そんな安いミサイルなんか撃ち抜いてやる!」
「俺がやる! あんたちょっと引っ込んでて!」
「お前は操縦桿だけ握ってろ! 北斗!」
「ノーマルタイプの追撃ミサイルごときにプレ・ロデアのエネルギー使わないでよね!」
2人は口喧嘩をしながら、それでも確実に敵をしとめていった。
「……なんかすごいムキになってるけど」
「その方がいいデータが取れるだろう。やらせておけ」
南は半分呆れてシートに寄りかかった。
「ついでだ。海賊のデータも取れるところまで取っておけ」
「了解」
コツを掴んだ2人は、ものの10分で20機もの海賊船をたたき落とした。
「敵殲滅、被害ゼロ。……ねぇ船長、俺思うんだけど」
菊池はのんびりと南を見上げた。
「最近この程度の海賊って、向こうの方からこっちを避けてたよね」
「ああ、そうだな」
「多分この船だから俺達だってわかんないんだと思うんだ。船体コードも固有電波も違うし」
「お前の言いたい事はわかる」
南ものんびりと計器に目を走らせた。2人は思ったほど燃料もエネルギーも無駄遣いしなかったようだ。
「こっちが名乗れば無駄な戦闘はなくなるんじゃないかって事だろう? だがダメだ」
「なんで?」
「俺達がこの船に乗っている事が知られたら、確かに小規模な海賊団は避けてくれるだろう。だが逆に言えば俺達はかなりの数の海賊に恨みを買っているから、オロチを下回る船体に乗っている事がバレたら集中攻撃を受けかねない」
「ああ……なるほど」
菊池は肩をすくめた。オロチは1度宇宙中の海賊を向こうに回した事がある。どれほど恨みを買っているかわかったものではない。ましてや5大海賊であるハスターの残党に狙われている節もあるのだ。
「今の海賊のデータが出たよ」
宵待が中央のモニタへ出した。
「この辺一帯を根城にしてる海賊みたいだね。名前は『セト』……聞かない名前だね」
「俺も知らないが……リュウキュウ星に近いというのが気になるな」
南が少し考え込んだのを見て、笹鳴が視線を向けた。
「何が気になるん?」
「俺の思い過ごしかもしれんが、最近のリュウキュウ星は少しふろしきを広げすぎているような気がする」
宵待のまとめたデータに視線を走らせて、南は難しい表情を作った。
「先だってのオボロヅキ星買い取りに始まってその開発、それに加えて最近の輸出入の増加だ。生き急いでいるように見える」
「確かにな」
賛同したのは意外にも柊だった。
「UNIONにいた時にいくつかそういう事例を目にした事がある。体力が伴っていないにも関わらず、開発や発展に力を入れすぎて自滅するパターンだ」
「でも確かリュウキュウ星の大統領であるライウはやり手だって聞いた事があるよ」
残存エネルギーを確認しつつ菊池が言うと、柊が「だからさ」と呟いた。
「やり手と言われる人物にはある一定の法則がある。最後まで堅実にやり遂げるタイプと、己を過信して猛進するタイプだ」
「ライウが後者だと?」
「断定はできねぇが、その素養はあると思うぜ。だから船長はリュウキュウ星にこんな近い場所で海賊が横行しているのが気になるんだろ?」
柊に見上げられ、南は黙って頷いた。
確固たる発展を遂げている惑星の近くには海賊は近寄らない。そういう場合は自衛もきちんとしているので、襲撃しても損害が大きくなり割に合わないからだ。ハスタークラスの大きな組織でもない限り、1つの惑星を根城にしようとは思わないだろう。
だいたいの海賊は惑星間移動をする貿易船を狙う。それも惑星からの救援が届かないような場所でというのが定石だ。
だがこの場所は惑星リュウキュウから通常飛行でわずか3日。ワープ航路を使えば5時間で到着できる場所だ。
「リュウキュウ星に海賊の対処ができるほどの備えがない……と見るのが妥当だろうな」
南はシートに寄りかかった。
「そしておかしな事はもう1つ。それほど自衛に脆弱なリュウキュウ星がなぜスイリスタルに戦闘艦ではなく貿易船の打診をしたか、だ」
「それはリュウキュウ星の現在を調べてみるとわかるかもね」
菊池がすばやくコンソールに手をかけた。
「リュウキュウ星は民主主義の惑星で、一応軍隊もあるけど軍隊に関する条例が甘いのかもしれない」
菊池の言葉に南は頷き、やがて1つ大きく息を吐いた。
「スイリスタルへの土産だ。少しリュウキュウ星について探ってみよう。自衛より経済に重点を置くその理由も」
「了解」
菊池は中央管理局の閲覧可能データにアクセスを開始した。
「俺の思い過ごしならいいんだが」
そう口に出したものの、南は半分以上そうではないだろうと諦めていた。自分達はこういうトラブルに異常に好かれている事を思い出したからだった。
「ところで柊、北斗。今夜は2人とも宇宙食にするんか?」
笹鳴の言葉に、2人とも返事をしなかった。
「多すぎや」
笹鳴は眉間にしわを寄せた。リュウキュウ星に近づくにつれどんどん襲撃して来る海賊が多く、しかも少しずつ規模が大きくなって来たからだ。
「確かに異常だね。星雲の中で襲って来た海賊だけでも4つ、最後のなんか突撃艦、巡洋戦闘艦、補給艦と見事に機能的だったしね」
北斗がちらりと残存エネルギーに視線を走らせた。3つ目の海賊が襲って来た時からエネルギーは節約するように戦闘したが、それでももう半分以下になっている。
「リュウキュウ星を中心に海賊どもが縄張りを持って行動しているように見えるな。これではリュウキュウ星に向かう貿易船は命がけだろう」
「だからみたいだよ」
菊池が顔を上げた。
「リュウキュウ星の軍隊は弱体化してて、今やUNIONに全面的に守ってもらっているも同然なんだ。だから当然お金がかかる。そのお金を作るために、より貿易に力を入れようとしてる。そのために戦闘能力の高い貿易船が必要なんだ」
「それでスイリスタルの貿易船に目を付けたという訳か……」
南は納得したように頷いた。
「だがそれでは根本的な解決にならんだろう。ある程度は自衛できなければUNIONに金を搾取され続けるだけだ」
「わかっちゃいるけど今はどうにもできないって感じみたいだね」
菊池はデータに目を走らせてため息を吐いた。
「リュウキュウ星の財産は南半球のリゾートと北半球の鉱脈だけど、最近の比重は鉱脈開発の方が大きくなってきてるみたい。これだけ危険な惑星にバカンスに来る物好きは少ないだろうしね。で、鉱脈と言えば?」
「……エネルギー資源……軍事利用か。これは確実にUNIONが絡んでそうだな」
柊は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「だけど、前に来た時はそんな風に見えなかったけど?」
「そういえばそうだ。北斗の言う通りだよ。この前……って言っても結構前だけど、その時は平和に見えたけどな。その時と今との間に何があったんだろ」
「オボロヅキ星だ」
柊が吐き捨てるように言った。
「オボロヅキ星を買い取った辺りからリュウキュウ星はおかしくなったんだと思う。欲をかきすぎたんだ」
「どうしてオボロヅキが?」
オボロヅキ星出身の宵待が尋ねると、柊は一瞬気まずそうな顔をしたが、やがて重々しく口を開いた。
「俺の推測だが、オボロヅキ星を買い取って流刑地とし、UNIONに恩を売ればいいと進言したのは多分UNION本人だ。そうすりゃ嫌でもオボロヅキ星の開発に金がかかる。そうやってリュウキュウ星の経済を弱体化させ、惑星そのものを乗っ取ろうって計算なんだろう。そうすれば北半球の鉱脈は事実上UNIONのものになる」
「惑星の乗っ取りなんて……いくらUNIONだってそんなに簡単にできるものなの?」
「甘いね」
新たに口をはさんだのは北斗だった。
「エアシーズを忘れたの? あれはUNIONによって内乱を起こされ、結局現在は100%管理されてる。リュウキュウ星も同じじゃないとは言い切れないよ」
菊池ははっとして黙り込んだ。南の故郷であるエアシーズの現在は、統治こそエアシーズ本星によってなされているものの外宇宙へ出る術を完全に封じられている。統治そのものは惑星で、しかし利益はUNIONへ、という図式は成り立つ。
「まるで、搾取するための牧場のようだな……」
宵待は自分の身体を抱くように身を縮めた。宇宙一の巨大組織UNION。まるで支配者のごとき振る舞いだ。
「もし柊の言う通りやとしてやな」
笹鳴がメガネの向こうで目を細めた。
「そない経済が弱体化しとる惑星をなんでウンカイ星は取引相手に選んだんや? スイリスタルで開発した船やぞ、どこでも高う売れるやろ。なんで倒産が見えとる惑星にわざわざ売りつけなあかんねん」
「そしてもう1つ」
南が静かに言った。
「どうしてその搬送に俺達が選ばれたか、だ」
クルー全員が黙り込んだ。
いくらオロチには様々な航海のノウハウがあるとしても、莫大な製造費のかかっているフェイクフィルタの半額近い金額を無償にするという破格の条件を出してまで、オロチのクルーに頼む必要はどこにもない。
「なにかありそうだね」
「だな」
ブリッジに重い沈黙が降りた。
スイリスタル太陽系ウンカイ星の正式な船として、ヒミコは厳重な警備の中リュウキュウ星に着陸した。
リュウキュウ星のエアポートは物々しかった。至る所に警備を示すエンブレムの描かれた船があり、警備員の数もハンパではない。だが貿易船そのものの数は少なく、どこか寂れた印象があった。
「ここへ来る途中の襲撃を考えればわからないでもないけど……それにしてもすごい警備だね」
菊池はヒミコのブリッジからエアポートを映すモニタを見てため息を吐いた。
「ここはどうやら貨物ポートじゃなく旅客機や軍施設が使用するポートみたいだから、それもあるだろうね」
「俺達がスイリスタルから来たからだろう」
普段なら外出したがるクルー達も、今回ばかりは留守番を希望する者が多かった。
「柊、宵待は残れ。笹鳴と北斗と菊池は俺に付いて来い」
えーと声を上げたのは菊池だった。
「船長、俺口下手だし何の役にも立たないよ」
「謙遜するな。お前には相手を油断させるという武器がある」
もちろんクラゲも連れて来いという言葉に、菊池は力なく「はぁーい」と呟いた。
ヒミコを降りた南達は、厳重な警備の中リュウキュウ政府の用意した車で移動した。この警備だけでもリュウキュウ星がスイリスタルの船を重要視しているのがわかる。
「街中もすごいね。至る所に警備員がいる。これで軍が弱体化してるなんて信じられないな」
「よく見てみ。警備服の左腕にUNIONのマークがあるで」
小声で笹鳴に言われ、菊池は慌てて警備員達を再確認した。確かに笹鳴に言う通りUNIONの腕章をしている。
「……ホントだ」
警備員達のほとんどは武器を所持していた。ここまでしないといけないような状況なのだろう。反政府軍がいてもおかしくないな、と菊池は思った。
「一応聞いておくけど」
北斗は帽子のつばをちょっとだけ指先で上げて菊池を見た。
「あんたの力を使う事になったとして、どこまで距離があったら攻撃できる?」
「……大気圏くらいかな」
「聞いた俺が馬鹿だったよ」
北斗は視線を宙へ飛ばした。菊池は結界ならキロ単位の距離で造り上げられるが、攻撃となるとアホみたいな距離を必要とする。
そんな事言ったってできないものはできないんだから仕方ないじゃん。菊池がそう愚痴をこぼした時、遥か遠くから銃声が響き渡り、菊池は「ぎゃわ!」と悲鳴を上げた。
「な、何だ? 何があったんだ?」
「日常茶飯事みたいやで」
笹鳴は口角を上げて周囲をアゴで指した。菊池が見てみると誰も銃声に驚いていない。
「ちょっと待ってよ……ここって首都でしょ? 首都がなんてこんなに物騒なの? 普通は1番安全な場所でしょ」
「それだけ犯罪者が増えてるって事だろうね」
北斗はいつでも銃が手に取れるよう注意しながら、車中から町並みを眺めた。
クルー達の会話を黙って聞いていた南は、厳しい表情を崩さなかった。
やがて車は巨大な鉄の門をくぐり、仰々しい建物の前で停まった。そこで南達は降ろされ、新たな警備員達と共にその建物の中へ案内された。
「こちらでお待ちください」
そう言われて通された部屋で、南達は所在なげに簡素なソファに座って待つ事にした。
「なんか、ホントすごい警備だったね」
「せやな。警備しとったほとんどがUNIONの腕章を付けとったのがすごいわ」
笹鳴は天井を見上げた。天井まで簡素だ。
「でもさぁ、なんか変だよなぁ」
菊池はクラゲを抱き直して小さく呟いた。
「何がやねん」
「だってさ、イメージじゃないんだもん。リュウキュウ星の大統領って確かにワンマンで野心が大きいって噂だったけど、だからこそ自分の安全を他人に売り渡すような事はしないと思うんだけどなぁ」
「のっぴきならない事情があったのかもしれんな」
「それって何だと思う? 船長」
南は考え込んだ。
「そうだな……例えば、民主主義ならどうしても選挙の票を集めるために派手なパフォーマンスが必要になる。ライウはその票稼ぎにオボロヅキ星を買ったのかもしれん。そして行き詰まった……」
「その辺が臭いね」
北斗が脱いだ帽子をくるくると回しながらちらりと視線を南へ送った。
「開発にかかる費用くらい事前にわかってたはずなのに、どうして行き詰まったんだろう」
「ちょっと待てよ。もしかしてその費用の見積もりって、UNIONがやったとか?」
菊池のセリフに部屋は静まり返った。
もし開発の見積もりをUNIONがやったとしたら、かなり安く提示したはずだ。その金額でリュウキュウ星は納得し、オボロヅキ星を買い取った。だが実際はもっと費用がかかり、リュウキュウ星の経済を圧迫した。
「なるほどなぁ……それがUNIONの計画か」
「憶測の域を出ないがな」
南は小さな窓を見つめた。防御力の高いガラスだろうが、更に鉄格子がはめ込まれている。ここまで厳重に警備しなければ安心できない状況なのだろうか。
やる事もないので貿易船のカタログをぱらりとめくったその時、南の正面にあったドアが開いた。
「お待たせしました」
入って来たのは異様に背の高い男だった。目つきが悪く、ひょろひょろと手足が長い。
「防衛庁所属のウカイと言います」
男が音もなく室内へ進むのと同時に、クルー達は全員が立ち上がった。
「ウンカイ星より参りました、南ゆうなぎです」
南が頭を下げたのを見て、ウカイは軽く瞠目した。
「南……ゆうなぎ?」
これは知らされていなかったな、と気付いた南は、中途半端な笑みを浮かべた。
「ウンカイ皇帝、アキサメ・ウンカイ氏より依頼されて船を運びましたが、本来は自由貿易船オロチという船の船長をしています」
ウカイは更に瞠目した。オロチの名は宇宙船に関わる者なら今は誰でも知っている。様々な伝説を作り続けている存在だ。
「……失礼」
ウカイは咳払いした後、南達に座るよう告げ、自分も長い身体を折り曲げて腰掛けた。
「てっきりウンカイ星のパイロットが来るものとばかり思っておりましたので」
「戦闘能力に優れた貿易船であれば、俺達が搬送に最適だと判断したのだと思います」
ウカイはぎょろりとした目を一瞬細め、そうかもしれませんね、と告げた。
「何にせよお会いできて光栄です。貴船はスイリスタルと親しいという噂を聞いた事があります。そのせいですか」
「はい」
南は貿易船のカタログと、航海中に集めたデータの入ったチップを差し出した。
「これがカタログ、そしてこちらはここへ来る途中の航海データです。購入のお役に立てばと」
「ありがとうございます。あのオロチのクルーが飛ばしたとなれば貴重なデータとなりましょう」
ウカイは大事そうにそのカタログとデータを受け取った。
「ウンカイ星からはあの船の内装までなら見てもいいと言われてますが?」
「聞いてます。ただあの船は現在俺を含むクルー達の認識コードを使わなければハッチ1つ動かない設定になっていますので、ご用の際は一言戴く必要があります」
「わかりました。ではさっそく……と言いたいところですが、皆さんもお疲れでしょう。明日の午前中というのは?」
「それで結構です」
ウカイは頷いて「では明日の午前に……」と言いかけ、ふと南を見た。
「宿はどちらに?」
「船で」
「船に、ですか?」
南は当たり前のように頷いたが、陸地で生活するウカイにとっては目的地に到着したというのに移動するための乗り物内で寝泊まりさせるというのは、とても失礼な事に思えた。
「よろしければこちらで宿を手配しましょう」
「お気遣いには及びません。我々なら慣れてますから」
南は笑った。
「我々のような船乗りは、船の中にいた方が落ち着きます。お気持ちだけ戴いておきますよ」
南が丁寧に頭を下げ「ご購入の検討、よろしくお願いします」と告げると、ウカイも同じように礼を返した。
「お帰り。どうだった?」
ブリッジで宵待と柊に迎えられ、南はほっとしたようにシートに腰掛けた。例えオロチではなくてもクルーの顔を見ると安心する。
「今日は顔見せとデータの引き渡しだけだからな。面白い事は何もないさ」
「でも警備すんごかったよ。どこに行ってもUNION、UNIONで」
菊池もため息を吐いてシートに座り込んだ。
「UNIONがそんなに?」
「そうなんだよ、しぐれ。街中で銃声がしてもみんな知らんフリするくらい治安が悪かったから、仕方ないのかもしれないけどね」
「銃声? だって首都だろう?」
宵待の言葉に菊池はゆるゆると首を左右に振った。
「首都なんだけどね。物々しいったらなかった」
はぁと大きくため息を吐き、菊池はぴょこんと立ち上がった。
「晩ゴハンの用意してくる。クラゲ、手伝ってね」
「きゅう!」
「晩飯か……」
遠い目をする笹鳴に、菊池は苦笑した。
「余裕があれば買い出しにでも行こうと思ってたけど、あんな街じゃね」
「そらそうやな。あないなとこに朱己1人でよう行かせられへんわ」
俺も手伝うよ、と菊池を追いかけてブリッジを出て行く宵待を見送り、南は深くシートにもたれた。
リュウキュウ星の実情は想像以上に逼迫している。アキサメはそれを自分達に調べさせるつもりだったのだろうか。いや、それくらいの事なら頼むまでもなく知る事ができるはずだ。
ならどうして自分達をここへ寄越したのか。
南は首を振った。考えても仕方のない事だ。リュウキュウ星滞在の予定は1週間。その間にヒミコの案内をしてさっさと帰ろう。舌が馬鹿になる前に。
やっぱりまともな食事ができないと思考力が低下するんだな、と南は思った。
菊池が冷凍保存していた焼き魚や煮物を夕食として摂り、ゴハンだけは炊きたてのものを口にして、クルー達はそれぞれの部屋へ隠った。ヒミコには一応10人分の居室があるがそのどれもが2人部屋で、5人のクルー達は勝手に部屋を決めた。残りの1人はブリッジで待機だ。
一応陸地にいる時に夜勤はないのだが、リュウキュウ星の実情を知った南は率先して夜勤を買って出た。
最低限のスイッチだけを入れ、南はシートで物思いに耽っていた。
アキサメが自分達を悪い意味で利用するとは思えない。だがいい意味なら利用する事にためらいを感じないように思えた。
リュウキュウ星のテレビニュースに電波を合わせ、南はしばし見入っていた。ニュースのほとんどは海賊や犯罪に関するものだった。どこそこへ向かった貿易船が海賊に襲われた。どこそこから来た貿易船がリュウキュウ星にたどり着く前に海賊に襲われた。犯罪組織による政府要人の暗殺、貧しさから政府に対し抵抗している組織の動向。
南はため息を吐いた。これは散々だ。もしこれを画策したのがUNIONであれば、到底許せるものではない。
このままリュウキュウ星は自滅し、UNIONに買収されるのか。
見続けていると陰鬱な気分になりそうだったので南がニュースを消そうとした時、臨時ニュースが入った。
大統領であるライウの暗殺未遂のニュースだった。幸い命は奪われなかったそうだが、大統領官邸が襲撃を受け、大量の逮捕者が出たとの事だった。その負傷者の中にウカイの名前を見つけ、南は険しい表情を作った。
このままでは、リュウキュウ星は滅びる。
同じ惑星に生まれた者同士が命を奪い合う。なんて悲惨な状況だろう。
ライウはライウでリュウキュウ星の発展を思って政策を行っている。だがそれに国民が納得しない。貧富の差はどんどん大きくなり、夜も眠れない人々が増えている。
滅びようとして滅びる惑星などない。南のエアシーズがそうであったように。
リュウキュウ星の星民は誰1人悪くはない。誰もよかれと思って行動している。
「まぁ、それが歴史か……」
南は今度こそニュースのスイッチを切った。
「出力やシステムについてはカタログに書いてある通りなので割愛させて戴くとして、まずはブリッジを案内しましょう」
南はやって来たリュウキュウ政府の3人の男達をブリッジに案内した。
「モニタは見た通り、正面にメインモニタ、天井が海図を映すものです。現在位置と宇宙ステーション等までの距離を知りたい時にはこっちですね。これは全展スクリーンのする事も可能です」
南は次にブリッジ全体を見回した。
「キャプテンシートを中心として、左舷席が主に通信管制席です。正面左が操縦席、正面右が戦闘席ですが、この2つは兼任する事が可能です。右舷が航法データ席、そしてキャプテンシートの隣にあるのが電算席です。次は貨物部についてご説明したいので、こちらへ」
「お待ちください」
責任者と思われる男がメガネのフレームを押し上げながら言った。どこかで見たような気がするな、と南は思ったが、記憶の引き出しを開け閉めするのは後回しにして「何でしょう」とメガネの男に向き直った。
「先日戴いたデータを見せてもらいました。この船はここへ来る途中にたった一隻で6つの海賊、合計178機もの船を落としたというのは事実ですか?」
「データに改ざんはありません」
南は笑った。
「1番いいのは飛ばす事でしょうが……リュウキュウ星の周囲は物騒ですからみなさんを乗せて飛ぶのはこちらとしても責任を追いかねます」
「この船を使えば、我がリュウキュウ星でも安全な貿易ができるようになると思われますか?」
「さぁ。船長として言わせてもらえれば、パイロットの腕によります」
南は正直に口にした。ヒミコさえあればどんな貿易も可能などという軽口は、いくら何でも叩けない。
「飛ばしていただく事はできませんか?」
メガネの男の言葉に、1番ぎょっとしたのはお付きの2人の男達だった。
「待てよ、それはちょっと」
「そうだぜ。昨日の今日だろう」
金髪の男と茶髪の男が両側からメガネの男を諌めたが、それでもメガネの男は首を横へ振った。
「この目で確かめたい。……リュウキュウ星の命運を賭けるのだからね」
南はわずかに目を細めた。惑星1つの年間予算は南の想像できる単位ではない。だがその政府が貿易船の購入1つにこれだけ慎重にならねばならないほど、リュウキュウ星の経済は逼迫しているという事だろう。
「飛ばせというなら飛ばしてみせますが……大気圏を出るのは勘弁して戴きたい」
「何故です?」
「俺は貿易船の船長であって、旅客船の船長じゃない」
「遊覧飛行をしろと言っているのではありません」
メガネの男は険しい視線で南を見据えた。
「本当にこの船で海賊どもと対等に戦えるのか、それが知りたい」
「……なるほど。要するに俺達とそのデータを信用していないってわけか」
南が苦笑し、金髪の男が割って入った。
「待てよ、他のクルーならともかく、彼らはあのオロチのクルーなんだぜ。信用するに足ると俺は思う。身元はウンカイ星が保証してるだろ」
「だからこそです」
メガネの男は後方の2人を見つめた。
「俺は知りたいんですよ、カヤ君、ヨシズ君。我がリュウキュウの貿易船と、彼らとの違いを」
「いいんじゃない? 船長」
操縦席に座っていた北斗が帽子のつばを人差し指で押し上げながら南に視線を寄越した。
「やれって言うなら海賊の1つや2つは潰してもいいよ。燃料もエネルギーも満タンだしね」
「ヒミコはな」
隣の戦闘席から柊が胡乱な視線を北斗へ向けた。
「肝心の俺達はガス欠寸前じゃねぇかよ……」
最近のクルー達は、量はたらふく食べているものの質が伴っていない。
「情けない事言うもんやないで、柊。武士は食わねど高楊枝言うやろ」
「俺は、腹が減っては戦はできぬという方が好きっスよ」
「え? しぐれ、お腹空いてるのか?」
「違うよ、菊池。柊が言ってるのは物理的な問題じゃない」
宵待が笑った。菊池が作る新鮮な材料で作った舌がとろけるような料理を、もうかれこれ1週間近く口にしていない。それどころかまともなコーヒーさえ飲んでいないのだ。そろそろ本気で恋しい。
「お前達、いい加減にしろ」
南の一喝でクルー達は黙り込んだ。
「クルー達が失礼した。ヒミコの能力を知りたいというのなら海賊と一戦交えてもかまわないが……ウンカイ星の許可がいるな」
「それは俺が取りましょう」
メガネの男が言った。
「申し遅れましたが、リュウキュウの大統領、ライウ・スコールと言います」
南は「あ」という顔をしてライウをまじまじと見つめた。どうりで見覚えがあったはずだ。
「これは……失礼した」
「いえ、自己紹介しなかったこちらにも非が」
その時、菊池の座っていた通信席から派手なアラームが鳴り響いた。
「船長! 大気圏上空に戦闘艦50隻! 戦闘機100!」
「分析開始します。……合致パターンなし! 海賊です!」
「どうして今、これだけの海賊が徒党を組んで……!」
正面モニタに映し出された数にライウは蒼白になった。
「昨日、確かあんたは官邸で襲撃されたんじゃなかったか?」
南に怜悧な視線を向けられ、ライウは言葉を詰まらせた。
「大統領を直接狙うなんてのは、少数精鋭の作戦だったんだろう。それが叶わなかったから、今度は数で押そうって話なんだろうな」
「どうしてそんな、昨日の今日なのに!」
「昨日の今日だからさ。異邦人の俺だってリュウキュウ星の防衛力が疲弊している事は知っている。追い打ちをかける方法は誰でも思いつくだろう」
カヤもヨシズも二の句が出なかった。
「戦闘艦50に戦闘機100か……」
南はヒミコのシステムモニタに視線を向けた。オロチならギリギリ勝てない数ではない。だがヒミコでどこまでやれるか。
「連中の狙いはライウ、お前だ。しかしお前はいま官邸にはいない」
「ヨシズ君、だから官邸を襲うのを黙って見ていろと言うのですか? 冗談じゃない。そんな事をすれば、ウカイ君に合わせる顔がなくなります」
「およそ15分後には大気圏を抜け、地上へやってきます!」
宵待の報告に南は黙ってパイロットの2人を見、その2人もまた黙って頷き返した。
「15分……不本意だが、あんたらを降ろしているヒマはなさそうだな」
南はライウ達へ振り向いた。
「全員、予備のシートへ着いてベルトを締めてくれ」
「ちょっと待て! まさかこのヒミコで!?」
「見たかったんだろう? ヒミコの力を」
南の視線に気圧されるように、ライウ達は予備のシートへ着いた。
「緊急発進! オートリフレクターセット!」
「エンジン始動! 上昇と同時にエンジン全開!」
「船体浮上、秒読みに入ります! 10! 9! 8!」
「Sシールドスタンバイ! ハイパワーブースターオン!」
「船体浮上します!」
緊急離陸を準備をしていたUNIONの戦闘機のどれよりも早く、ヒミコは上空へ飛び出した。
「敵、プレ・ロデア砲軸線上に乗ります!」
「Sシールド起動! 対流圏に侵入される前に撃ち落とせ!」
「了解!」
UNIONのどの戦闘機より、スイリスタルの作った貿易船の方が瞬発力が上回った。
まずは3機をあっという間に血祭りに上げた柊は、北斗の急速転回に阿吽の呼吸で着いてゆき、立て続けに更に3機落とした。
「8時40分の方角より敵展開!」
「追撃ミサイル用意! 宵待! 敵の展開範囲は!?」
「およそ5000!」
「菊池、クラゲ、出番だ! 同時に管制システムを笹鳴、通信システムを宵待に移行!」
「了解!」
「落とせるだけ落とせ! 取りこぼすなよ!」
「了解!」
「きゅう!」
菊池とクラゲの瞳が青く変わった瞬間、遠くの戦闘艦10隻が突然くの字に折り曲がって爆発し始めた。
「追撃ミサイル発射!」
「Sシールド出力低下! 切り替えに0.3秒の誤差発生!」
「ちっ。オロチに慣れちまうとヒミコじゃ物足りないぜ」
「俺が操縦してる限りは1発も当てさせないっての」
「敵突撃艦下がります! 代わって巡洋戦闘艦接近! 補給艦確認!」
「補給なんかさせるな! 一気に叩き潰せ!」
「了解! 首根っこ押さえてないとへし折れるよ!」
北斗が急速旋回させたので、ライウ達は小さくうめいた。
「すり抜けるよ! 柊サン!」
「了解! 巻き込まれて被弾するんじゃねぇぞ北斗!」
ライウ達には速すぎて何が起こっているのかよくわからなかった。雨のように降り注ぐプレ・ロデア砲が、ヒミコには1発も当たらない。なのに敵船は次々と炎と化して消えてゆく。ヒミコはただ敵船の中央に突っ込んでいるだけに見えるのに。
何かのマジックでも見ているようだった。そうでなければ、どうしてこっちはまったく損害を受けないのか。
「船長! 後方のUNION機に下がるように言って! 邪魔!」
「俺も邪魔! 一緒にへし折っちゃうよ!」
「っきゅう!」
北斗と菊池とクラゲの叫びに南はシステムポジションをNo.1へ合わせて怒鳴った。
「こちら宇宙貿易船ヒミコ! 死にたくなければ下がってろ! 邪魔だ!」
ヒミコなどという名など知らないUNION機が南の言葉に耳を傾けるはずもなく、次々とこちらの攻撃間合いに入って来ては柊のコンバットシステムの邪魔をした。
「くそ! マジで撃ち殺すぞこの野郎!」
「俺に貸しなさい!」
南が止める間もなく、ライウが通信システムのマイクを掴んだ。
「リュウキュウ大統領のライウ・スコールだ! UNION機は今すぐ下がりなさい!」
「馬鹿野郎!」
1惑星の大統領に向かって怒鳴りつけたのは南だった。
「お前がこの船に乗っている事が知れたら狙い撃ちにされるだろうが!」
南の言葉にライウはハッとしたが、もう遅かった。UNION機には効果覿面だったものの、ライウの通信がヒミコから発せられた事を知った海賊達は、次の瞬間にはヒミコに凄まじい猛攻撃を加えて来た。
「上等」
笑ったのは、北斗だった。
「こいつの性能を限界までみせてやろうじゃん。柊サン、ちゃんと着いてきてよね」
「うるせぇよ。そっちこそちまちま飛ばしてんじゃねぇぞ!」
ヒミコは限界速度である秒速300キロで旋回した。すでに人間が操縦できる限界を超えている軌道に、柊はそこから1発も攻撃を外さなかった。
「電力出力レブリミット! メーター振り切っとるで! プレ・ロデア砲エネルギー残量も50%を切った!」
「敵数確認! 戦闘艦残り20隻! 戦闘機63! 62! ハイパワーブースター出力最大! 船体耐久重力限界値です!」
「あと半分だな。北斗! 柊! これから電力削減と船体負荷軽減のためにSシールドを解除する!」
ぎょっとしたのはライウ達3人だった。シールドがなくなればミサイルが当たったら即死を意味する。
「了解。最初からいらないよ、そんな保険」
北斗が操縦桿を倒した。それと同時に今までヒミコを包んでいたシールドが霧散する。
「菊池! クラゲ! できるだけ狭い範囲でヒミコをシールド!」
「了解!」
「きゅう!」
菊池とクラゲが作ったシールドは、それでもヒミコを中心に3000メートルの広さがあった。
「柊! 300ミリ接近ホーマー発射! 近いものはぶっ飛ばせ!」
「了解!」
凄まじい戦いだった。数だけで言っても150対1だ。海軍の腕利きでも生存確率は低いだろう。
だがその数の勝負でもヒミコは生き残った。最後の1機を宇宙の塵にした後、笹鳴はシートに身を倒してシステムに視線を走らせた。
「……エネルギー残存量13%。プレ・ロデア砲エネルギー9%。ミサイルに至っては残り2本や。電力システム稼働率27%」
「ハイパワーブースター機能停止。Sシールド起動不可。船体破損16%」
「はぁ?」
報告した宵待を睨んだのは北斗だった。
「攻撃なんか1つも当たってないはずじゃん! なんで船体に損害が出てるのさ」
「攻撃は当たってないけど船体稼働域の限界値をいくつか超えたから、システムにレッドランプが灯ってる」
北斗はため息を吐いてシートに寄りかかった。
「やっぱヒミコクラスじゃ俺の能力にはついて来られないって事か」
「これよりポートに帰還する。管制システムと通信システムを菊池に戻せ」
クルー達から「よっこらしょ」という言葉が聞こえそうなほどおっくうな動きを見た後、南は後方の予備シートへ振り返った。
「怪我はないか?」
ライウは首を横に振ったが、カヤは首を押さえて南を上目遣いに睨んだ。
「むち打ちになったような気がするぜ」
「スイリスタルにブリッジの重力制御の向上を注文するんだな」
大量の海賊を退けて半日後、クルー達はヒミコの修理のために一時的に全員が地面に降り立っていた。まるでこうなる事がわかっていたかのようにリュウキュウ星にはスイリスタル支部のメカニック達が造船場で待っていたのだ。
ライウの配慮によりクルー達は政府要人用の家に招待された。
そこでクルー達が真っ先に何をしたかと言うと、菊池に料理を作ってもらう事だった。
食材は世話係の者が用意してくれ、菊池も久しぶりに腕を振るい、クルー達はしみじみとロールキャベツを頬張る事ができた。
「美味い……美味いぜロールキャベツ……」
「やっぱり料理は作り立てだよね」
「あと100個くらい食べられそうだよ」
「コンソメ味が染みるわ」
いっそ涙を浮かべそうなほど感動しているクルー達にちょっと笑い、南もロールキャベツを口にした。温かく、肉汁たっぷりで舌まで飲み込んでしまいそうだ。
「これでもう少し頑張れそうだな」
「ロールキャベツにはどうかと思ったけど、ゴハンも炊いたんだ。食べる?」
「食う!」
全員の視線を受け、菊池は笑った。
「じゃあよそってくるね。クラゲ、手伝ってくれる?」
「きゅう」
菊池がクラゲを抱いてダイニングを出て行こうとした時、来客を告げるサインが灯った。
「なんだろ。さっきの件についてはリュウキュウ政府が話を付けるって言ってたのに」
「まさかUNIONの野郎どもが難癖付けにでしゃばって来たんじゃねぇだろうな」
柊が剣呑な視線で椅子を立ち、菊池と連れ立って玄関へ出向いたが、そこに立っていたのはさっきまでヒミコに乗っていた3人だった。
「……おいおい、あんた大統領なんだろ? なんでそう簡単に外出してんだよ」
「あいにく立ち話は得意ではないので、中に入れてもらえませんか」
柊はため息を吐いた後に通路を空け「どーぞ」と告げた。
「船長ー! 大統領が来たっすよー」
「んー? どこの大統領だ?」
「ここで大統領と言えば俺しかいませんよ」
柊の冗談だと思った南は、ライウの姿を見てロールキャベツを吹いた。
「な、なんだあんた、こんなところで何やってんだ?」
「食事中でしたか。失礼」
ライウはダイニングに続くリビングのソファに勝手に腰掛け、カヤとヨシズもそれに続いた。
「食事が終わるまで待ちたいところですが、俺も忙しい身なので食べながら聞いてください」
南は引きつった顔でナイフを置いた。
「いや、飯は後で食べるさ。先に話を聞こう」
南がリビングへ移動すると、笹鳴と宵待、それに菊池も続いた。北斗はテーブルに着いたまま黙々とロールキャベツを頬張り続け、柊も無礼にも再びテーブルに着いてフォークを手にした。
「まずは先ほどの件、たった1隻でこのリュウキュウを守り抜いてくださった事、心から感謝します」
「本当にそう思ってくれているのなら、大統領を乗せて戦闘したという部分を公式記録から削除してもらえると助かる」
真顔の南にカヤは苦笑した。
「それは無理だな。ライウはヒミコから自分の身分を公式電波に乗せて発信しているのだから」
南は肩を落とした。
「やっぱりか……」
「そう落胆する事でもないだろう。勝ったんだから」
「それは結果論だ。負けていたら、俺達は1惑星の大統領をむざむざ死なせてしまった大悪党になってしまうところだった」
「そうでもないでしょう」
ライウが皮肉げな笑みを浮かべた。
「君達が負けていたという事は、海賊どもが勝ってこの惑星は侵略されていたはずです。俺の死の責任の所在を断罪する者はいなくなる」
「あんた、冷静だな」
「職業柄です」
ライウはメガネのフレームを押し上げた。
「話というのはヒミコの事です。条件付きで100隻、買おうかと思います」
南はほっと胸を撫で下ろした。これでとりあえずは面目躍如だ。
「それはありがたい。で、条件というのは?」
「君達がヒミコの操縦の指導をしてくれるのなら、というものです」
南は眉間にしわを寄せた。
「俺達が?」
「ええ。実際に船に乗ってわかりましたよ。船の性能そのものも大切でしょう。しかしクルーの質が伴わなければ、あの船は100%機能しない」
ライウは足を組んだ。
「あの船はすぐに使えるものではない。性能を理解し、技術を取得し、それで初めてあの船は機能する。違いますか?」
南は困ったような表情を作り、そして首を横に振った。
「申し訳ないが、その条件は飲めない」
「なら船を買わないと言えば?」
「ウンカイ星の皇帝に土下座でもするさ」
南は苦笑した。
「俺達はフリートレイダーだ。自分達の命には責任を持てるが、それ以上の事はできない」
「……何故です」
ライウは厳しい表情を作った。
「あの船には君達のような指導者が必要なんです」
「別にヒミコには必要ないだろう。必要なのはあんた達リュウキュウ星に、じゃないのか?」
ライウは口を閉ざした。
「指導なんて柄じゃないさ。UNIONにすら所属していない貧乏人だからな」
「君達の噂を俺が知らないとでも?」
「どんな噂かは知らないが、俺達は自分達と船を守るために行動したにすぎん」
「ご謙遜を。オロチの武勇伝を知らない惑星など、よほどの田舎者でしょう」
南は穏やかな表情のまま、ライウを見た。
「なぁ、ライウ。俺はあんたと違うんだ。俺の手はそんなに大きくない。しっかり掴んでいられるのはオロチ1つがせいぜいだ。それ以上の事は俺の許容量を超えるんだよ」
「たかが船の指導に大仰な事ですね」
「そうさ、たかが操船だ。しかし命の守り方を教えたはずの相手が死んだという訃報が届く度に、俺は悲しい思いをするだろう」
俺はそういう事には耐えられない男なんだよ。そう続けた南を、ライウはじっと見つめていた。
「俺はこれでも自分の分というものをわきまえているつもりだ。ましてや惑星の命運を賭けるような船の指導などできない」
南の目に揺らぎがない事を見取って、ライウはため息を吐いた。南の両隣に座っていた笹鳴と宵待と菊池はその言葉を満足げに聞いている。
「給料の額も聞かず、欲のない事ですね」
「そうでもないさ。1度手に入れたものは2度と離すつもりはないからな」
南はくったくなく笑った。
「俺の宝は船とクルーだ。それは死んでも守り抜く」
「男ならより多くの夢を、とは思わないのですか?」
「周囲の人間を不幸にさせてまで叶えたい夢などない」
南のセリフの半ばで、ライウの眼に剣呑な光が宿った。
「それは、惑星の治安を悪くしてまで規模を大きくしている俺への当てつけですか」
「そういうつもりはなかったが、意図して不幸にしている訳ではない部分にあんたの責任があるとは思っている」
南の表情は穏やかだったが、真っ向から視線を合わせていた。
「俺は小なりとはいえ一隻の船長だ。クルー全員の命を俺は預かっている。俺なら絶対にクルーの安全を他人に売り渡したりはしない」
「好きでUNIONに警備を依頼しているわけではない!」
「だか好きで大統領をやってる事には違いないだろう」
ライウが何か言うより先に、ヨシズが南を睨みつけた。
「お前達にライウの何がわかる。ライウがどれだけ苦労して今のリュウキュウを作ったか知りもしないで、たかがフリートレイダーがよくそんな偉そうな事が言えるな」
「自分こそ、南が何の苦労もせんとここまで来たと思うてはるやろ」
今度は部下同士が視線で火花を散らせた。
「UNIONの介入は仕方のない事だった。俺達だって納得ずくの事だ」
「そうか。なら操船もUNIONに教わり」
笹鳴の言葉にヨシズが何も返せない事は、笹鳴にもわかっていた。UNIONに教わる事になればリュウキュウ星は更にUNIONに金を払い、借りを作る事になる。
「人の足下見た言い方しやがって。俺達はUNIONとは関わりが深いんだ。税務署や流刑地というUNIONにとって必要は施設をいくつも持ってるんだからな。お前達自由貿易船なんか、そのうち立ち入りできなくなるかもしれないぜ」
「そのうちていつやねん。こんだけお先真っ暗な状況で未来語るな。俺を笑かす気か」
「ライウは必ずやり遂げる!」
「そうだ、ライウなら必ずやり遂げるさ。後悔するぜ、お前達」
「あのさ」
カヤの参加に、今度はダイニングから北斗も口を開いた。
「あんた達さっきから『ライウは』『ライウは』って言ってるけど、自分達は何の力になってんの?」
カヤとヨシズは同時に口を開こうとして、とっさに言葉が出なかった。
「俺達はさ、船長を補佐してるよ。操船は俺が。狙撃は柊サンが。身体のケアはドクターが、食事と遠方攻防は菊池サンが。その俺らの全員のフォローをたった1人でやるのはしんどいから、宵待サンが。うちじゃあそのクラゲだってみんなの力になってる」
菊池の腕の中でクラゲが「きゅう」と鼻高々に鳴いた。
「あんた達さ、こうなる事がまったく予測できなかったの? UNIONなんかの杜撰な見積もり信じて、UNIONなんかに恩を売るためにお金かけて、そして結局UNIONに馬鹿みたいにお金払う事になって。あんた達の誰1人、大統領に待ったをかける事のできる人はいなかったの?」
「ライウならやり遂げられると、みんな信じてたんだよ!」
「すごい他力本願だね。無能過ぎ」
「北斗、言い過ぎだ」
南の鋭い声に、北斗は肩をすくめて再びロールキャベツを口に運んだ。
「うちのクルーが失礼した」
「いえ、先に喧嘩を売ったのはこちらです」
2人のそれぞれのトップは、冷静に互いに頭を下げ合った。
「いい仲間がいるじゃないか」
「それはお互い様のようです」
わずかな沈黙が流れた。
「……俺は、リュウキュウを発展させる事が俺の使命だと思っていました。そのためなら死んでもかまわない。今でも本当にそう思っています」
「信じるよ」
「だが確かに今の状況では、まるでUNIONのために命を賭けているようだ」
「あこぎな組織だからな。正直俺は好きではない」
「好きではない? ではなぜUNION本部をサウザンドビーから守ったりしたんです」
「恐喝されたからだ。協力しなければ俺達の大事なものを奪うとな」
ライウは瞠目した。
「ライウ、悪い事は言わん、UNIONを信じるな。これは俺がフリートレイダーだから言うんじゃない。あいつらは支配者で搾取者だ。自分達の利益になる事なら何でもやる」
「そんな事はありません。UNIONはこうしてリュウキュウに護衛兵を送ってくれています」
「金を払って、だろ? そりゃ送ってくるさ。金になるんだからな」
「リュウキュウに協力しているのは、金のためだと?」
「それ以外の何がある? 本当にリュウキュウ星のためだとすれば、どうしてリュウキュウ星の周囲にはこんなに海賊が出るんだ?」
「……どういう意味だ?」
ライウと同じように愕然としていたカヤが、やっと口を開いた。
「海賊が集まれば集まるほど、リュウキュウ星はその対応をUNIONに頼まねばならなくなる。要するに金が入るってわけさ」
「ちょっと待て! そんな事にリュウキュウの力を割かれれば、流刑地の開発はもっと遅れる事になるんだぞ!」
「UNIONにとって流刑地の1つや2つはどうでもいい事だろう。そんな事よりリュウキュウ星の経済を弱体化させて惑星丸ごと支配できる事の方がメリットは大きい」
ライウは言葉を発せなくなった。今まで信じていた援助、助言、そういったものがすべて、リュウキュウ星を支配するための布石だったと南は言っているのだ。
「野心をけしかけて惑星そのものを手に入れるというのは、UNIONの定番の1つだ。……俺の故郷もそうだった」
驚きのあまり硬直している3人へ、南は静かに語った。
「俺の見たところ、リュウキュウ星は完全支配直前だ。だが今ならまだ間に合う」
「間に、合う……?」
おうむ返しするライウに、南は頷いた。
「だからこそ、ウンカイ星の皇帝は俺達をここへ寄越したんだろう。リュウキュウ星が完全にUNIONの手に落ちる前に」
「ウンカイ星の皇帝が、何故リュウキュウに?」
「推測だが、過去スイリスタルが危機に陥った時にここの樹脂に助けられたからだろう」
「樹脂?」
「あれがなければスイリスタルは滅亡していた。その事に恩を感じているんだろう。見かけに寄らず義理堅いからな、アキサメ皇帝は」
南は笑った。
「多分、力になってくれるはずだ。リュウキュウ星の立て直しに」
ライウは目を伏せた。南の言う事が真実とは限らない。もしかしたらUNIONを目の敵にしているだけなのかもしれない。だがUNIONを最初から疑う事ができていたら、少なくとも今ほどの状況にはなっていなかったかもしれない。
今の今までUNIONの事を心底信じていた。UNIONは自分達のために色々手助けをしてくれていると思っていた。なぜなら、そのために自分達はUNIONに色々協力してきたのだから。
しかし南に言われた事を否定する事ができない。現に今のリュウキュウ星はどうだ。街中にUNIONの兵士が立っている。UNIONなしには自分の惑星の治安すら守れない。まさに乗っ取られる寸前だ。思いたくはないが、利用されていただけだったのか。
ライウは1度目を閉じ、そして強い光を放って目を開けた。
「いえ」
ライウは顔を上げた。
「まずは自分達の力で何とかしてみましょう」
「ライウ!」
「最初から人に頼ってしまえば、それは今までと何ら変わらないでしょう。この惑星の大統領は俺です。俺の力で何とかしてみます」
「ライウ、何とかって、どうするつもりだよ」
「まずは経済の立て直しからです。そして治安を回復させます。そのためには流刑地の開発などやっている場合ではありませんね」
ここへ来て、ライウは初めて笑った。ニュースなどでよく見る挑戦的な笑みだった。
「残念ながら貿易船にも金を出す余裕はなさそうです。君にはウンカイ星の皇帝に土下座をしてもらう事になりますが」
「仕方ない。誠心誠意頭を下げるさ」
南も笑った。
「さぁ、帰りますよ、カヤ君、ヨシズ君。これからはもっと君達に働いてもらわねばなりません」
「任せとけ、ライウ」
そうして、来た時の張りつめた空気とは真逆に、3人は意気揚々と帰って行った。
「どうすんの? 船長。アキサメ皇帝、怒ると思うけど」
一言も発言する事ができなかった菊池が南を見上げた。
「仕方ないだろう。俺達に運ばせた事を後悔してもらうしかない」
「それにしても、いつからアキサメ皇帝の思惑に気付いてたんだい?」
こっちも発言機会がなかった宵待が尋ねると、南は笑って「ついさっきだ」と言った。
「だって他にないじゃないか。ウンカイ星とリュウキュウ星を繋ぐものなんか」
南はソファから立ち上がった。
「さ、俺達もスイリスタルへ帰るか。交渉は成立しなかったんだからな」
「せやな。また気張って足りない分稼がな」
「だね。そのためにはまずゴハン……って、あー!」
菊池はダイニングのテーブルを見て叫んだ。
「ロールキャベツ! あんなに作ったのに1個もない!」
「お前らが長々としゃべってる間に食っちまったよ」
柊と北斗は、空の皿をテーブルに放り出して満足そうな顔をしていた。
「と、言う訳だ。すまない」
南はアキサメへ頭を下げた。
「リュウキュウ星は今、貿易船なんかに金を出している余裕はないんだそうだ」
「まぁ、そうだろうね」
たいしてがっかりした様子もなく、アキサメはライウからの書簡をテーブルへ置いた。
「そうだろうねって……わかってたのか?」
「これでも1惑星の皇帝だからね。惑星の動かし方はよくわかってるよ」
アキサメは笑った。『にっこり』と『にやり』の中間のような笑みだった。
「リュウキュウ星があのままオボロヅキ星の開発に力を注ぎ続ければ、どうしてもUNIONに頼らざるを得なくなるだろう。そうして気付いた時にはすべてをUNIONに奪われているってところだろうな」
「わかってて俺達を行かせたって事か」
南はやっぱりなという表情で深々とソファに背を預けた。その両側にはオロチのクルー達が雁首を並べて座っている。アキサメの後ろには、リンドウ軍事司令官が屹立していた。
「もちろんだよ。君達なら上手くやってくれると思ってた」
「上手くやるって」
笹鳴がメガネを押し上げてアキサメを見た。
「ライウの目を覚まさせ、UNIONの侵略を防ぐって事か?」
「それが第一目的」
「第一? っちゅー事は第二があるんかい」
怪訝そうな顔をする笹鳴に、アキサメは今度こそにやりと笑った。
「当たり前だろう。資本主義である我がウンカイがタダで他惑星を救おうとするなんて、俺をそんなお人好しだと思ってたのかい?」
南が絶句しているのを見て、アキサメは楽しそうに笑った。
「嬉しいね。でも残念ながら違う。俺達は君達のような正義の味方ではないからね」
俺達かて正義の味方ちゃうわ、という笹鳴の言葉を受け止めて、アキサメは笑みを隠すためにカップに口を付けた。
「では聞かせてくれ。第二目的というのは何だったんだ?」
アキサメはカップを置き、南と視線を合わせた。
「それは君達だよ、オロチの諸君」
きょとんとする南にアキサメはまた笑った。
「ヒミコは量産を目的としている、というのは前にも言ったね」
「ああ、覚えているが……」
「スイリスタル3惑星の協力の下に出来たものだからね。もちろん大々的に宣伝するつもりだった」
「はぁ……。はぁ!?」
「気付いた?」
驚愕の表情を作る南に、アキサメはイタズラっぽい視線を向けた。
「今や貿易船を駆る人間の中でオロチを知らない者などいないと言っても過言ではない。そのオロチが限界まで性能を使い切った船だ……というコピーを付ければ、下手な宣伝費をかけるより効果的だよ」
「ちょ、ちょっと待て。俺達の航海データを一般に公開するつもりか?」
「何か問題でも?」
アキサメはにっこりと笑った。
「最初からデータを収集すると言う事は伝えていたはずだ。君もそれを了承しただろう」
「確かに了承したが、それはあくまでリュウキュウ星にだけだと思っていたから」
「そんな事、俺は一言も言ってないよ。ねぇリンドウ?」
首を巡らせてアキサメがリンドウを見れば、リンドウは複雑な顔で「うむ」と頷いた。
「……俺としては、そのようにお前達を騙すような方法などとらんでもいいのではと進言したのだが……」
「騙してなんかないじゃない」
アキサメは笑みを崩さなかった。
「いくら俺でも50隻の戦闘艦プラス100機の戦闘機との戦闘……なんていうとっておきのおまけデータまで付けてくれるとは思ってなかったけどね」
「まさか、あれも公開するつもりか?」
「もちろん。ただし菊池君とクラゲ君が参加した部分についてはヒミコの性能ではないからね。ちゃんと修正させてもらう」
南の隣では、菊池とクラゲが口をぱかんと開けたまま呆然としていた。
「どう? 北斗君、柊君。君達は自分のデータを公開されるのはイヤかい?」
北斗と柊は、2人同時に「ふん」と鼻を鳴らした。
「公開でもなんでもすればいいんじゃないの?」
「そうそう。どうせ見たって真似できっこねぇからな」
2人がふんぞり返ってそう言い切ったのを見て、アキサメは声を上げて笑った。
「君達ならきっとそう言ってくれると思ってたよ」
「しかし……」
言いよどむ南にアキサメは人差し指を立ててみせた。
「フェイクフィルタの足りない分をチャラにしてあげるって条件を出したんだからね。それくらいしてもらわないと割に合わないよ」
「え? 船を買ってもらえなかったのに、その話は通してもらっていいのか?」
「当たり前だろう。さっきも言ったけど、リュウキュウ星がヒミコを買わないだろう事は予想してたからね。その上で君達に『船を売り込んで来い』なんて、そんなひどい事は俺は言わないよ」
南はそこではっとしたように顔を上げた。
「じゃあ、もしかして今回の事は、ウンカイ星だけじゃなくセイラン星やヒムロ星も知っていたのか?」
「もちろん。スイリスタル3惑星で開発した船だって言っただろう?」
南はがっくりと肩を落とした。ウンカイ星にだけ不足分の肩代わりをしてもらう事に罪悪感を抱いていたというのに。言われてみればリュウキュウ星ではウンカイ星だけではなくスイリスタル3惑星の造船所が自分達をバックアップしてくれた。つまりはそういう事だったのだろう。
「そんなにがっかりしないで。悪い条件じゃないだろう?」
「まぁ……ならどうして最初からそう言ってくれなかったんだ?」
「なら逆に聞くけど、全部を伝えていたら君達は全力でヒミコを飛ばしてくれたかい?」
南は唸った。確かに宣伝費代わりに船を飛ばしてくれと言われたら、誰でも飛ばせるように無難なデータを取る事に集中しただろう。
「ヒミコはオロチに劣る船だ。それでもここまでできるという証明が、俺は欲しかったんだ。お陰でヒミコは発売前からロングセラー確実だよ。これで大儲けだ」
そりゃよかったな、という笹鳴の力ないつぶやきが、アキサメの足下に落ちて砕けた。
「船長! フェイクフィルタが完成したって!」
クラグを抱えた菊池が部屋に飛び込んで来たのに気付き、南はパソコンのモニタから顔を上げた。
「そうか。さっきアキサメ皇帝から連絡があって、オロチのコーティングも完了したそうだ」
「じゃあ、船長」
「ああ」
南は笑った。
「これでようやく、イザヨイ星にフェイクフィルタを運べる」
オロチのクルー達はそれぞれに顔を見合わせて笑った。
「いよいよやな」
「そうだね」
クルー達は今までの長い道のりを思った。エルフの村をありのままの姿で存続させたい。ただそれだけのために何度命を賭けるハメに陥った事か。
「よし」
呟いた南へ、クルー全員の視線が集まった。
「3日後にイザヨイ星へ発つ」
「よっしゃ! そうと決まれば」
「ココアエアナッツを山ほど買いだめする、でしょ?」
北斗に茶々を入れられ、柊は分かりやすく顔をしかめた。
「分けてやらねぇからな」
「いらないよ」
「俺も色々集めとかんとあかんな」
「俺も食材をたくさん買わないと」
「手伝うよ、菊池」
「きゅう!」
はしゃぐオロチクルー達の後ろで、南がさっきまで見ていたモニタが省エネ機能でふっと暗くなった。
『リュウキュウ、オボロヅキ星着手断念。
遠い利益より目前の命を選んだリュウキュウ大統領のライウ・スコールはこう語る。
「何より大切なものに気付かせてくれたのは、外から来た異邦人達でした。
彼らに再び会える日に胸を張っていられるよう、彼らが来た時にいい惑星になったと言われるよう、自分達の力でもう1度美しい惑星としてのリュウキュウを再生させたいと思います。
そして、我がリュウキュウの国民達には、ここが故郷だと胸を張れるよう、宇宙一素晴らしい惑星だと言ってもらえるよう、粉骨砕身、臨むつもりです。」
ライウ大統領の言う『異邦人達』とは、先日我が惑星を訪れた、宇宙一有名な自由貿易船のクルー達の事だろう。
再び彼らがこのリュウキュウに来星する日が、今から待ち遠しい。』
その電子ニュースは、広く宇宙中に届けられた。