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聖国の聖歌隊

作者: 三化月

 俺はプレイテリアで一番の歌い手。教会に所属する聖歌隊の一人。他の男と大して見た目は変わらないのに、人々は、観衆は俺の事をこう呼ぶんだ、人工天使カストラートと。

 去勢され、教会の威光を広く広める為だけに作られた玩具に天使の名を冠させるなどと恐れ多い。教会に属する者の衰退は、同じ場所の人間だからこそ分かるものだ。


 最初に王都に来た時、俺は幼く、自分がどんな境遇に居るのかを理解していなかった。今になって思えば、俺は親に売られたのだ。だからと言って悲観することも無い。よくあることだ。俺だって他の子を陥れ、自らを優秀だと装った。それも時間稼ぎにしかならないとは思わなかったが、その当時は生きることに必死だった。子供なりの身の守り方だったのだ。

 馬車の車輪が地面から跳ね上がり、振動がもろに腰を打った。それが何度も、何度も繰り返されていた。どうしてここに居るのか最初は分からなかった。俺は村の中で一番歌が上手かったし、頭も良かった。売られる理由はいくら考えても分からなかった。

 その利点が自分を殺したのだ。歌が上手かったというだけで売られた。


 馬車は他の村も回っているようだった。似たような村を何度も見た。同じ様な境遇の人間を何度も見た。

 休憩以外に馬車が停まった時には仲間が増えた。誰も彼もが歌が上手く、整った容姿をしていた。だから、彼らからすれば俺も整った容姿をしていたのではないだろうか。今改めて鏡を見てみれば、それなりに見れる顔つきをしている。でなければここまで生きられていなかっただろう。


 まだ太陽が出ている内に馬車が停まった。休憩には早い時間だ。私だけでなく、他の子たちも不思議がった。荷台は布で覆われていたから、外の状況は分からない。ただ、人が大勢居るというのだけは周囲の喧騒で分かった。

 顔を見せた商人は俺たちに外に出るように促した。俺は重たい鎖を鳴らして意思表示をしたつもりだったが、彼が俺を見ることは無かった。仕方なく分銅を引き摺って外に出た俺は驚いた。そこにあったのは大きな壁。プレイテリア首都の城壁がここまで大きく、視界にとらえきれないものだとは思ってもいなかったのだ。

 所詮は片田舎の男の子、世界を知らなかった。


 俺達は大きな屋敷に運ばれた。途中で死んだ者も多く、ここまで残ったのは四人ここまでだけ。

 彼等とは今でも付き合いがある。俺も、彼等も、これ以上なく運が良かった。神に愛されていると言っても過言ではない。


 屋敷の階段を上った先にあったのは埃が詰まった部屋で、そこで案内は止まった。階段なんて上った事が無かった俺は何度もつまづき、そのたびに背中を突かれた。

 布が敷かれた机に四肢を縛られた俺は男根を捨てることとなる。捨てさせられたと言うべきか。いや、何をどうしても運命は決まっていただろうから考えるのは無駄だな。俺はなるべくして天使となった。神に選ばれたと、そう思っておこう。

 冷たい鉄の感触。大きな鋏が噛み合わさる、空気を切る音に俺の頭はようやく物事を理解した。

 切られる。切られる。切られる…――。

 叫んだところで何も変わりはしない。縄が更にきつく四肢を締め上げるのは自分が暴れるからだ。熱い中をかき分けて進む、冷たい刃物。俺はただ叫んだ。この世の不幸を呪った。親を呪った。神を呪った。全てを呪った。


 四人の中で最初に目が覚めたのは俺だった。精索と睾丸を取りだされたと分かったのは随分と後だ。あの時はただ生きることに必死だった。鈍痛が酷かった。

 それからしばらく、俺達四人は歌の練習を課された。商人はあれから姿を見せず、歌が上手い女が俺達に付いた。彼女は泣き女をしているようで、町を歩いていたときに彼女の姿を見ることが出来た。綺麗な声で泣いているので彼女はよく目立つ。俺たちの中で次第に彼女はバンシィと呼ばれはじめた。

 バンシィは出来ない子に厳しく、出来た子には寛容だった。それが仕事だったのだろう。


 成長しても声は変わらなかった。やたらと長身になったり、女性に近い肉付きになったりと男にしては異形だったが、それでも成長は成長だ。それに、歌も上手くなった。

 酒場に舞台、歌が絡めば俺たち四人は何でもやった。食事は最低限しか支給されない。それでも、一般的な人工天使カストラートに比べて幸せだという事も理解できていた。ある日見てしまった。ゴミ捨て場に転がり、手を繋ぎ合って死んでいたカストラート二人を。

 争わずに済んでいる俺は十二分に幸せだという事を胸に刻み込んだ。


 名前が売れた俺たちは教会の聖歌隊に入った。だがこれは仕組まれた流れだったように思う。でも、真実を知ることは一生ないのだろう。俺たちはただの道具。人工天使カストラートは作られた天使。男なのに女の声を出す、男尊女卑の世界に現れた為政者の便利な道具。

 口答えしてはならない。結婚してはならない。恋愛をしてはならない。社会的地位を手に入れ、バンシィからの呪縛を振りほどいたかと思えば、そこにはどうにもならない枷があった。

 人形だ。劇場で歌う人形なのだ。自由はあって、ない。


 俺たちは今日も歌う。今日は祝すべき日だ。現王が即位した日だ。

 女の様に透き通ったこの声は神の元に届いているのだろうか……。なあ、お前たちはどう思う?

 隣に立つ仲間たちに視線を向けてみるが、彼らは何も気付かずに歌を歌っていた。俺もまた讃美歌に目を落とす。

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