7:庭園学院 マッドサイエンティストの罠、薔薇色の水
「大袈裟に何かを企んでいるワケではありませんが、ただ、そうですね。――先方の仰っている品性のない生徒会長とは間違いなく晶のことでしょう。ミス早川が現れるまでのあなたの素行の悪さは有名でしたからね。そのおかげで、これまでの実績が全く認められず、それどころか無能扱いをされて、挙句に現在会長を努めるミス早川の品性まで疑われています」
「博士、まるで俺に憤れと言わんばかりの話運びになっていますが。残念ながら俺は別に他校の校長にどう思われようと痛くも痒くもありません。誰にまどかの品性を疑われようと、俺が真実を知っていればそれでいい」
「――煽り甲斐のない性格ですね」
「博士の趣向に付き合わされるのを避けたいだけです」
晶は興味がないと言い切るが、まどかは本音を口走ってしまう。
「あたしは晶のことを悪く言われるのは嫌だわ。晶がしてきたことは、それなりに評価されていい筈よ」
熱を込めて語ると、アルバートがにこやかに賛同した。
「私もそう思います、ミス早川。執行部の顧問を努める私にとって、あなた達は大切な生徒です。正当な評価がされていないのは哀しいですし、悪意のある発言は見逃せません」
まどかの隣で、晶が深い溜息をつくのが判った。
「博士、一体何を企んでいるんですか」
まどかも改めてアルバートに視線を向けた。学院指定の白衣を纏っていても、滲み出る知的さは一介の保健医とは異なっている。彼の本性を包み隠すまでには至らない。
執行部の顧問教師であり、保健医でもあるアルバートが、なぜ「博士」と呼ばれているのか。それはこの学院での職務が彼にとって副業のようなものだからである。
天才マッドサイエンティスト。それがアルバートの別名と言ってもいいかもしれない。彼は名の知れた組織に所属している研究者なのだ。携わる分野も多岐にわたり、一部では歩く奇跡とまで言われている。どうやら晶の才能に興味を持っているようで、この学院に籍を置いている理由もその辺りに根拠がありそうだった。
詳しいことはまどかにも判らない。
アルバートは優雅な微笑みを浮かべて思惑を暴露した。
「企むというほど大袈裟なことではありません。ただ、そこまで品行方正だというなら試してみようと思っただけなのですよ」
「試すって?」
まどかが尋ねると、彼は白衣の胸から小さな瓶を取り出した。中身は赤味がかった液体で満たされている。晶がものすごく嫌そうな顔をして、その小瓶を眺めている。
「博士、それは一体何ですか」
「私が発明した薔薇色の水です」
アルバートはコトリと机の上に小瓶を置いた。
「これを服用すれば、どんな理性も欲望に呑まれて跡形もなく失われてしまいます。空想学園の生徒会長には、バレンタイン祭の当日にこれを服用して頂きましょう」
「そんなタチの悪い媚薬を――、ですか」
晶のうんざりとした口調に対して、アルバートは不似合いなほど優雅に笑う。
「この薔薇色の水の素晴らしい処は、自分の心を捉えている者にしか効力を発揮しないという点です。好きな女性でもいれば面白いでしょうね。晴れてバレンタイン祭に恋が実るかもしれません」
朝子は「すごい」と無邪気に目を輝かせて、さらに能天気な発言を続ける。
「もし生徒会長がバレンタイン際に告白なんてしたら、空想学園の交際も解禁になるかもしれないね。博士、効き目はどのくらいあるんですか。強力ですか」
「効用はきっちり三時間。これは原液ですから、この小瓶一つで簡単に理性は吹き飛びます。もしこれで理性を繋ぎとめていられるのならば、奇跡と言っていいでしょうね」
「うわー」と感嘆する朝子とは裏腹に、さすがにまどかは心配になってくる。
「だけど、アルバート博士。それって大変な問題にならないかしら」
「私達が心配する必要はありません。空想学園の生徒会長は品行方正で優秀な生徒なのですから、絶対に問題など起こさないでしょう」
アルバートは皮肉を込めて無責任なことを言う。もはや誰にも止めることは不可能だろう。標的として狙われた空想学園の生徒会長を哀れむことしか出来ない。まどかは思わず胸の前で手を組み合わせて生徒会長の幸運を願ってしまう。
何か成す術はないかと晶を見ると、彼はお手上げだというように首を振った。
「バレンタイン祭が楽しみです」
いつもの柔らかな発音で、アルバートが呟いた。