3:空想学園 横断歩道で出会った庭園学院のふたり
沈んだ気持ちを奮い起こして、朱里は不自然な沈黙を打ち破るように「学校に戻りましょう」と伝えた。遥はただ頷いただけで何も言わず、横断歩道の前まで進んだ。二人で信号が青になるのを待っていると、朱里は横断歩道の向こう側に庭園学院の制服をきた学生を見つける。
誰の目を憚ることもなく手を繋いで信号待ちをしている二人は微笑ましい。どこからみても恋人同士に見えた。庭園学院は空想学園と同じ理事長が治めている学校で、兄弟校になる。同じ系列の私学であるはずなのに、今となっては両校の類似点は少ない。
数年前までは庭園学院も同じように交際が禁じられていた。今ではそんな校則に縛られていたのが嘘のように庭園学院の生徒は楽しそうだった。
信号が青になって横断歩道を渡っていると、向こう側から庭園学院の二人がやってくる。朱里が再び視線を向けると、ふっと女の子の方と目が合った。朱里が突然の再会にあっと声を上げると、彼女も同じように声をあげて駆け寄ってくる。
「朱里、うわー、すごく久しぶりだね」
駆け寄ってきた女の子、結城朝子は嬉しそうに両手で朱里の手を取って笑う。朱里も懐かしさに駆られながら彼女の手を握って再会を喜んだ。
「本当に久しぶり、朝子。何だか懐かしい」
「うんうん」
二人で盛り上がっていると、傍らで一部始終を見守っていた男の子がつんつんと朝子のマフラーを引っ張った。信号を指差してもうすぐ赤になってしまうと教えてくれる。とりあえず横断歩道の真ん中から歩道に移動すると、朝子が彼に朱里を紹介してくれた。
「あのね、昔通っていたピアノの教室で一緒だった友達で同級生なの。天宮朱里さん」
「あの、はじめまして」
思わずぺこりと会釈すると、朝子の隣で男の子は屈託なく笑った。褐色の髪色は派手なのに嫌悪感を覚えない。男の子にしては童顔で可愛い顔をしている。色白で小柄な朝子と並んでいると、本当にお人形さんのカップルのようだった。
男の子が同じように朱里に会釈した。
「こちらこそはじめまして。えっと、朝子の――クラスメイトで吹藤風巳です」
彼氏だと主張しない様子が微笑ましくて、朱里は朝子に探りを入れた。
「朝子の彼氏だよね」
直球を投げると、一瞬にして朝子が頬を染めた。
「う、えと、――うん、そう」
「さっき仲よさそうに手を繋いでいたからすぐに判った。いいな、朝子の学校は交際禁止じゃなくて」
朱里が言い当てると、二人は顔を見合わせて恥ずかしそうに肩を竦める。それからすぐに気を取り直して、矛先をこちらに向けてきた。朱里の背後に立っている遥に目を向ける。
「朱里こそ、その人は彼氏? 先生の目を盗んでデート?」
「ち、違うよ。この人は先輩で。学校でバレンタイン祭っていう行事があって、たまたま二人でその準備のために買出しに来ているだけ」
「あっ、知ってる。空想学園のバレンタイン祭って一般公開のイベントだよね。うちの学校でも楽しみにしている子とかいるよ。映画が観られたり、学園祭みたいにお店をやっていたりするんだよね。朱里の学校ってイベントが豊富だね、楽しそう」
「でも、いつも準備が大変なんだけどね」
彼氏の詮索から話題が逸れてほっとしていると、遥を見ていた風巳が独り言のように呟いた。
「もしかして、空想学園の生徒会長さん、ですか」
「えっ」
どうして判ったのかと、朱里は咄嗟に遥を振り返った。遥も戸惑っているのか二人で顔を見合わせていると、風巳は焦ったように付け加える。
「いえ、あの、空想学園の生徒会はものすごく男前の会長と副会長がコンビを組んでいるって聞いたから。そのどっちかかなって。違っていたらごめんなさい」
朱里は他校にまでそんな噂が流れているのかと驚いたが、遥と奏の二人なら無理もないだろうと吐息をついた。風巳にその想像が間違えていないこと伝えると、彼は「やっぱり」と笑顔になる。
思いも寄らない理由で素性を言い当てられたのか、遥は苦笑しながら律儀に二人に挨拶をしていた。
朱里は遥の端整な容姿を見ながら深い溜息をつく。バレンタイン祭では他校から彼に告白する女生徒がいるのかもしれないと、憂鬱な気持ちになった。