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2:空想学園 かわいい後輩の片想い

 まるでデートみたいだと、朱里あかりは一人で有頂天になりながらはるかの隣を歩いていた。目的の電飾も無事に手に入れることが出来て、遥とバレンタイン祭の成功を願いながら帰途につく。日が暮れかけていても大通りは人混みで賑やかだった。街中がバレンタインに色めき立っていて、眺めているだけでうきうきするほど華やかだ。


 生徒会の一員となってからは事あるごとに慌しいが、こんなふうに遥と二人きりになれるのは、おつりが出るほどの特典だと思える。


「バレンタインにお祭り騒ぎをするのはうちの学校くらいかと思っていましたけど、世間も負けないくらい盛り上がっていますね」


 朱里と遥が通り過ぎて行く店先には、チョコレートが綺麗に陳列されている。見慣れない制服を着た女の子達が楽しそうに品定めをしていた。男女交際が禁止されている空想学園では、バレンタイン祭の贈り物も様々でチョコレートだけに限定されていない。


 贈り物に込められる気持ちも恋心ではなく、表向きは日頃の感謝の気持ちや、尊敬している気持ちを形にするだけということになっている。決して女の子の恋の告白など在り得ない筈なのだが、うまく教師の目を誤魔化しつつ、その日に想いを伝える女子生徒は多い。朱里の級友にもバレンタイン祭にそのような意気込みを抱いている者が多かった。


 朱里はバレンタインで賑わっている街並みを眺めながら、空想学園も男女交際が解禁にならないかと考えてしまう。そうすれば、自分も勇気を振り絞って遥に告白するに違いない。


――想いを伝える。


 これまでにも、朱里は何度も遥に告白することを考えたことがあった。彼が卒業する日に、思い切って伝えるのも一つの方法だろう。


――けれど。


 朱里の思考はそこで立ち止まる。男女交際を禁じている学院の風紀がある限り、在校生の朱里がそんな行動を起こすことはできない。責任感の強い遥に軽率な真似はできない。したくない。軽蔑されるのではないかと思えて恐くなってしまうのだ。


「朱里……?」


 立ち止まったまま賑やかな店先を眺めていると、遥の気遣うような声に呼ばれる。朱里がハッとして慌てて歩き出すと、遥が行く手を阻むように目の前に立った。


「とても羨ましそうに彼女達を眺めていた」


 遥は賑わう店頭を見てから、朱里を振り返った。


「誰か想いを伝えたい相手でもいるのか」

「えっ?」


 ギクリと身動きしてしまうと、遥はからかうようにふわりと笑う。朱里は冗談だったのかと肩の力を抜いたが、さりげなく問いかけてみた。


「先輩、もし私が誰かに告白したら、私のことを軽蔑しますか。学院の風紀を乱すから、軽率な真似だと思いますか」


 何気なく聞こうとしたのに、思わず声に力が入ってしまう。不自然な緊張感を生んでしまい、朱里は咄嗟に俯いてしまった。


「あの、……もしも、の話です」

「――普通の女の子なら、それが当たり前だろうな。生徒会に巻き込んだせいで、私は朱里の謳歌すべき学園生活を制限してしまったのかもしれない」


「そ、そんなことないです。もしもの話で、……それに、うちの学校自体が交際を禁じていますから、恋ができないのは先輩のせいじゃありません」

「だけど、君は何かを頼まれると断れない。性格がとても素直だ。だから生徒会にいる限り模範的な存在でいなければならないと考えているんじゃないか?」


「それはまるまる先輩のことです。そんなに格好良くて成績も良いし優しいし、なのに今まで浮いた噂の一つもないんですから。先輩こそ生徒会に縛られています。本当にイベントがある度に、ものすごくこき使われているし……」


 朱里が訴えると、遥が小さく笑った。


「それは大きな誤解だな。私は生徒会の権利を都合よく利用させてもらっているし」

「黒沢先輩が?」


 そんな腹黒い台詞を遥の口から聞くことになるとは思わず、朱里は目を丸くしてしまう。遥はそんな朱里の顔を見ながら自嘲的に笑った。


「きっと私は朱里が思っているような善人じゃない」

「いいえ、先輩よりも計算高くて悪知恵の働く人は、それこそ五万といますよ。生徒会に入ってからずっと先輩を見てきた私が言うんだから間違いありません」


 朱里が心の底から力説すると、遥はありがとうと言いたげに目を細めた。


「朱里、もし――」


 遠くを見るように道路の向こう側へ伸びている横断歩道を見ながら、遥が続ける。


「もし君が誰かに想いを寄せてそれを叶えようとしても、私は君を軽蔑したりはしない」


 朱里はうまく言葉が出てこなくて、ただ遥の綺麗な横顔を眺めてしまう。遥は少しだけ首を傾けて朱里を振り返ると、困ったように笑った。


「生徒会という肩書きに縛られることなく、学園生活を楽しむといい。私が味方できる時間は短いかもしれないが応援する」


 遥の気遣いが痛いほど判ったが、朱里はどうしようもなく心が沈んでいくのを感じた。彼にとって朱里は可愛い後輩でしかないのだ。それを嫌と言うほど突きつけられた気分だった。

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