17:空想学園 フィナーレとタイムリミット
朱里の叫びを聞いた途端、遥の内で渦巻いていた闇が四散した。囚われていた醜い欲望が嘘のように掻き消える。鮮明で美しい世界が戻ってきた。
遥は仕掛けられていたモノのタイムリミットが来たのだと感じたが、今心を占めている感動はそれだけが理由ではないだろう。
中庭で誰の目を憚ることもなく、朱里が泣きながら叫んだ。
力の限り。
――大好きです。
遥はまっすぐにこちらを見つめたまま涙を零す朱里に歩み寄る。
結局、欲望の闇に抗いきれず朱里に暗い感情をぶつけてしまった。けれど、遥は手に入れることが出来た。ずっと望んでいた朱里の想いを。
「朱里」
彼女の前に立って呼びかけると、細い腕がしがみついてくる。朱里は遥の胸を借りるようにして泣き出してしまった。中庭は突然の告白劇に静まり返っている。
壇上では副会長の奏が挨拶を止めてこちらを見守っていた。遥はどのようにこの事態に収拾をつけるべきかと模索する。奏が面白そうな笑みを浮かべたまま視線で何か示すので、遥は朱里を支えたままそちらを振り返った。
あんぐりと口を開けたままの校長の隣で、生徒会顧問の東吾がにやにやと笑っていた。その隣には見慣れない外国人と庭園学院の執行部が並んで、やはりこちらに注目している。
遥は顧問である東吾が頷くのを見て、この場を切り抜ける方法があらかじめ仕組まれていることを理解する。
(――そういうことか)
庭園学院に倣って校則の改革を望む東吾と、頑なにこれまでの校則を守ろうとする校長。
特に庭園学院を大きく変えた男女交際の解禁については東吾も注目していた。遥の率いる生徒会でも取り上げようと奔走していたようだが、いつも最終決定権を持つ校長の一言で阻止されていたのだ。
学園の裏舞台を知っている遥は、内心苦笑する。よくもここまで強引なやり方を考え付いたものだ。成功すれば学園は改革へ。失敗しても別に学園は何も変わらない。
生徒会長の自分を生贄として差し出し、まずは生徒達に示してみようということだろう。
朱里を巻き添えにしていることに怒りを禁じえないが、ここまで舞台が整っている以上は仕方がない。
遥は生徒達の注目を一身に浴びたまま、大切なものを抱くように更に朱里を引き寄せた。
静まり返った中庭には、マイクがなくても遥の声がよく通る。
「ありがとう、朱里。私も同じ想いだ。誰よりも君を大切に思っている」
朱里が涙に濡れた顔を上げた。
「先輩」
泣きながら笑っているのがこの上もなく愛しい。だからこそ、朱里のためにもこれからの戦いは避けてはとおれない。
「――ただ、君のためにも、この想いを認めてもらうためにも、やらなければならないことがある」
その台詞で朱里はようやく状況に気付いたらしい。ハッと我に返ると、こちらが可笑しくなるほど顔色を変えた。
「せ、先輩。わたし……」
おろおろとうろたえる朱里に大丈夫だと笑って見せて、遥が宣言した。
「生徒会長として私は卒業までに校則の改革に臨む。この学園で校則に阻まれ、私達のように擦れ違って傷つく生徒がなくなるように」
遥が壇上に立っている奏を見た。奏はしっかりと頷くとマイクを通してそれに続く演説を始めた。
やはり初めから全てが仕組まれていたのか、中庭の大型スクリーンが賑やかな映像で盛り上げてくれる。
一部始終を見守っていた生徒達も、バレンタイン祭のフィナーレに相応しくどっとお祭り騒ぎになった。
「頑張れ生徒会」だとか、「おめでとう」だとか応援のこもった声援をはじめ、「実は俺達も付き合ってまーす」「私達も付き合ってるよ」などの暴露、そして「この色男」「おまえら卒業できるのかよ」「ちくしょう」などと散々な野次も飛び交っているが、騒ぎは圧倒的に祝福に満ちていた。
けたたましい騒ぎになった中庭で、朱里が顔色を蒼くしている。
「黒沢先輩。私、何だかとんでもないことをしてしまって……、先輩の立場が悪くなったりしませんか」
遥は落ち込む朱里の肩を抱き寄せた。
「とんでもないことをしたのは私だよ。朱里、さっきは悪かった」
強引に唇を奪ってしまったことを詫びると、途端に蒼ざめていた朱里の頬が沸騰したかのように真っ赤に染まる。恥ずかしさの余り身動きしなくなった朱里を引き寄せて、遥はもう一度、そっと唇を重ねた。
バレンタイン祭は大変な盛り上がりを見せて、余韻を残したまま無事に閉幕した。




