12:庭園学院 最悪のタイミングで覚悟を決めるかわいい後輩
生徒会室に取り残された朱里は、へたりとその場に座り込んでしまった。まだ顔の火照りと動悸が止まない。至近距離に迫っていた気配を頭から追い払おうとしても、ますます鮮明に思い出してしまう。
たった二学年違うだけなのに、遥があまりに大人で幼い自分が歯がゆい。高校時代の二年は時間だけでは説明できない急激な違いを生む。朱里には遥との二年の時間差が途方もないものである気がした。
髪の毛が触れ合いそうな距離で、こちらに向けられた眼差し。引き込まれそうな深い色合いの中に、色気を放つ艶が煌めいて朱里を捉えた。
(ただの冗談だったのに、一人でこんなにドキドキしているなんて……)
きっと遥は恋をしている朱里が負担を感じないように、あんな冗談を演じてくれたのだ。自分を労わってくれる遥に気を使わせない反応が出来なかったのかと自分を呪う。こんなにあからさまに反応してしまっては、遥に想いを見抜かれてしまってもおかしくない。
見抜かれてしまっても。
そう思い至り、朱里はハタと状況を振り返った。つっと一筋、胸の内を冷たいものがよぎる。
(そ、そんな、まさか、……でも)
高鳴っていた胸に不安が詰まる。
思い返すと、遥はまるで何かに戸惑っているかのように唐突に生徒会室を出て行ってしまった。逃げ出すような素振りだったと言えなくもない。いつも穏やかな遥には不似合いな振る舞い。
どう考えても彼らしくない。この上もなく不自然極まりない。
「ど、どうしよう」
思わず声に出して呟いてしまう。朱里の想いを知って遥がどれほど困るのかは想像がつく。それ以前に、こんな間抜けな方法で想いを知られたことが情けない。あまりにも哀しすぎる。どうせ気持ちを打ち明けるなら、はっきりと伝えたかった。そしてばっさりと振られてしまった方が引きずらないだろう。想いが叶わなくても、彼の可愛い後輩で在り続けたいのだ。知られてしまった以上、このまま有耶無耶にしていてはいけない気がする。遥に気を遣わせて気まずい想いを抱えたまま卒業を見送ることは絶対に避けたい。
彼が恋をする朱里を軽蔑することなく応援してくれるのなら、卒業式までに告白だけでもしようかと考えていたのだ。いつまでも気持ちを引きずってしまわないように、潔く散るほうがすっきりするのではないかと、少しずつ決意を固めていたのに。
「私の、ばか」
告白もかっこよく出来ないなんて、という想いが募る。
(もう、私のばかばか、まぬけ)
生徒会室にへたりこんだまま、朱里はまるで地団駄を踏むように握り締めた手で床をぽかぽかと殴った。ひとしきり自分の失態を嘆いたところで、朱里は気持ちを切り替える。
後悔はしたくない。
朱里は顔を上げて、すくっと立ち上がった。
(今からでも遅くない。黒沢先輩にきちんと伝えよう。それで潔く振られてから、これからも変わらず後輩だと、笑ってそう伝えておきたい)
一人取り残された生徒会室に、校内放送で行われている宣伝大会が響いている。音声だけでも白熱し、異様な盛り上がりを見せているのが判った。
朱里は賑やかなBGMに力を貰い、深呼吸をしてから心を決める。
(今日はバレンタインなんだから。神様、私に勇気をください)
祈り願いながら、朱里は遥を追いかけて生徒会室を後にした。




