表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バレンタイン狂想曲〜媚薬で彼の理性は完全に吹き飛んだのか?〜  作者: 長月京子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/18

11:空想庭園 うごめきだす薔薇色の水

 これと言った用件もなく、庭園学院の執行部は簡単な挨拶だけですぐに生徒会室を後にした。はるかは彼らが出て行った扉を見つめたまま、呆然と立ち尽くしてしまう。

 何気なく時計を見ると、三時を少し過ぎていた。彼らが訪れたのも三時を回ってすぐだった筈である。時間にしてみても五分も滞在していないのだ。


(いったい、何をしにきたのだろう)


 兄弟校同士、親睦を深めるという口実ならば一緒に校内を巡ってバレンタイン祭を楽しんでもよさそうなものだ。

 付け加えて、副会長の結城ゆうきあきは意味不明な助言のようなものを残して立ち去った。どんなに考えてもはるかにはさっぱり意味が判らない。こちらの副会長である白川しらかわそうを呼び寄せる間もなく、どこか逃げ去るかのような勢いで出て行った印象がある。


 腑に落ちないことだらけだったが、相手が結城晶ならば今更のような気もした。今まで彼に関わってろくな目にあったことがない。あの自分の都合の良いように物事を進めて行く強引さに、どうしても遥は取り残されてしまう。そんな適当で悪魔的な手段で結果が出せるのかと危ぶんでしまうのだ。けれど、全てが終わってみれば、いつでも彼が信じられないくらいの成果を上げて、想像以上の結果を残すのもまた事実である。


 堅実に物事を進める遥には到底及びもしない計算高さがあった。

 遥は気を取り直して、同じように傍らで呆けている朱里に目を向ける。彼らが出て行った扉を見つめたまま、心なしか頬を染めているのは見間違いではないだろう。


 そんな彼女を見た瞬間、遥はどろりとした黒い感情が動くのを自覚した。封じ込めた筈の思いが顔を覗かせる。


(まさか朱里が想いを寄せているのは……)


 最悪の筋書きを想像して、暗い感情がますますどす黒く染まる。

 考えられないことではなかったが、それを祝福する気にはどうしてもなれない。

 相手が悪すぎるのだ。


 庭園学院の副会長である結城晶。確かに彼の知名度は高い。特に交際に関わる校則改定の成り行きは、この空想学園でも伝説になりつつある。加えてあの目の覚めるような見事な容姿。女生徒が憧れるのも無理はないだろう。


 けれど、彼には公認と言っていい恋人が在る。いや、仮に恋人がいないのだとしても、それまでの素行は目を覆い、耳を塞ぎたくなるほどのひどさだったのだ。朱里の想いが通じたとしても、彼を相手に笑顔で過ごせるとは到底思えない。

 朱里の想いを踏みにじってでも、自分が強引に彼女を手に入れたほうが得策であるように思える。


(彼女が誰かに傷つけられる前に、この手で奪ってしまったほうが……)


「先輩、どうしたんですか」


 朱里のよびかけに、立ち尽くしたまま囚われていた遥がハッと我に返った。

 暗い処へ引きずられつつあった感情を取り戻す。


「あ、いや、なんでもない。彼らの用件はなんだったのだろうかと考えていただけだ」


 答えながらも、遥はすぐそこまで迫り形になろうとしていた自身の悪意に狼狽していた。


(なんだ、今の、――黒い感情は……)


 どれほど朱里の抱く恋の結末を懸念しようと、そんなふうに考えてしまう自分が信じられなかった。まるで自分ではないようなどす黒さで醜い気持ちが心を占めていた。


(バレンタイン祭の進行で、疲れているのかもしれない)


 疲れていると心が負の方向へ傾きやすくなるものだ。遥はすぐにそんなふうに結論づけて、暗い思いから気を逸らせるために口を開く。


「朱里が想いを寄せているのは、さっきの副会長――結城なのか?」


 バレンタイン祭を楽しんでいるかと聞きたかったのに、全く意図していない方向に言葉が流れ出た。自分で問いかけておきながら、その問いに愕然となる。堤防が決壊するかのように凝った何かが動き出して止まらない。意志が無視され、まるで体を乗っ取られて動かされているような感覚だった。


(私は朱里に、いったい何を聞いて――)


 狼狽を態度に出さないように努めながら、遥はどうやって話の流れを変えようかと朱里を見た。予想外のことを言われたと云わんばかりの顔で、彼女がこちらを見つめている。


「ち、違います。庭園学院の副会長さんとは、今日初めて会いました。私、――私が好きな人は、もっと身近というか……、いえ、私から見れば雲の上の人ですけど、でも、その……」


 言葉を詰まらせながら、朱里は頬をみるみる赤く染める。戸惑ったまま俯き加減に視線を逸らした。今にも泣き出しそうな仕草だった。遥は胸の内を占めていく醜い暗さを、辛うじてやり過ごす。「悪かった」と一言詫びた。


「君を応援するが、詮索する気はない」


 遥が何とか笑ってみせようと努めると、朱里は俯いたまま震える声で問いかけてきた。


「黒沢先輩は、――好きな人、いないんですか」


 まるで搾り出すかのような声を聞いた瞬間、遥の中で何かがぐらりと傾く。傾いたところから止め処なく暗い欲望が溢れ出て、胸のうちへと零れた。どくどくと辺りを染めて、激情に似た衝動を描いて行く。


「もし――いる、と言ったら? 君は私を軽蔑するのか?」


 一歩朱里へと踏み出すと、彼女が顔を上げる。驚いたようにこちらを見上げる瞳は、変わらず真っ直ぐだった。悪意にも似た欲望が、遥の意識を占めていく。


 澄んだ世界。純心で歪みのない光景。

 朱里の中にある真っ白な世界に踏み込んで、消えない痣を刻み付ければどうなるのだろう。

 汚して穢して、無垢な世界を蹂躙すれば、最後には自分だけが残っているのではないか。揺らぐ心の底から込み上げる、非情な手段。悪意が背中を押すように囁く。


――何を善人ぶる必要があるのか。偽善者。欲望のままに在れ。


 心が熱を帯びたように、意識が揺らめく。暗い声が正気を遠ざけていく。どこかで誰かが叫んでいた。やめろと。あれは自分の声。遠い。

 揺らめく感覚に意識を取られて、聞き取ろうとすることが億劫になる。欲望の雑音ノイズ。阻まれて何も聞こえない。

 熱い。心が焼け付いて真っ黒に染まる。


「生徒会長が学園の風紀を乱す。それを許せないと思うか?」


 ゆっくりと壁際に朱里を追い詰めて、遥は逃げ道を封じるように壁に両手をついた。触れることが容易い距離で彼女を見下ろし、さらに問いかけた。


「ここで私が君に触れたら、――どうする?」

「せ、先輩?」


 うろたえる朱里にかまわず、遥が手を伸ばす。指先が白い頬に触れると、彼女が怯えるように身を竦ませた。

 直後。


――♪キンコンカンコーン♪


 校内のスピーカーから大音響が轟いた。


「――っ」


 耳をつんざく音量が、遥の内に在った悪意の沼から正気の片鱗を引き上げる。壁際に追い詰めていた朱里から飛びのくような勢いで、遥が数歩後退した。

 校内のスピーカーからは、ガタガタと物音が響き音声が入る。


――失礼しました。音量に不備があったことをお詫びいたします。さて、こちらは放送部です。これからバレンタイン祭の催しついて、恒例の宣伝大会を繰り広げたいと思います。各クラス、各部の企画した催しについて熱く宣伝して頂きますので、興味を抱いた企画にはぜひ足を運んでください。まず、はじめに宣伝するのは……――


 校内放送をBGMのように聞きながら、遥は顔を真っ赤に染めて震えている朱里に詫びた。


「ごめん、冗談だ。少し度がすぎた」


 そう言葉にする間にも、朱里を見ている自分の内部が黒く濁っていくのが判る。このままでは何か取り返しのつかないことが起きるという危機感があった。何かがおかしい。朱里の近くにいてはいけない。そんな危惧さえも、ドロリと頭をもたげる暗い闇に呑み込まれていく。心に刻まれた朱里への想いを中心にして、目を背けたくなるほどの醜い欲望が渦を巻く。


(ここにいては、駄目だ。朱里を傷つけてしまう)


 遥は踵を返して生徒会室の扉に手をかけた。立ち尽くす朱里に背中を向けたまま「校内の様子を見てくる」と言い残してその場から立ち去る。

 全てが欲望に奪われる前に、出来るだけ遠ざかろう。

 遥は猛烈な勢いで廊下を走り抜け、身を躍らせるようにひらりと階段を跳び下りる。生徒会室のある校舎を出ると、そのまま中庭へ紛れ込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ