10:庭園学院 仕掛け完了、薔薇色の水
あっという間に目的を果たすと、長居は無用だと言わんばかりに結城晶は空想学園の生徒会室を後にした。校舎を出て華やかな賑わいを見せている中庭へ降りると、まどかが校舎の最上階中央にある生徒会室の窓を仰ぎながら、不安そうな顔をする。
「本当に、大丈夫なのかしら」
「なるようになるだろ」
自分でも無責任な発言だと思うが、黒沢遥をかばって自らが執行部顧問の餌食になる気は毛頭ない。幸い差し入れとしてココアが登場した為、遥のそれに薔薇色の水を仕込むのは簡単だった。遥には気の毒だが、ここは耐えてもらうしかないだろう。
「朱里はきっとあの生徒会長さんのこと好きなんだろうな。見ていてすぐに判ったけど、生徒会長さんはどうなんだろう。両思いだったらいいのにな」
朝子は薔薇色の水の真の恐ろしさに気付いていないらしい。何の深刻さも感じられない様子で希望を語っている。晶は同情するように溜息をついた。
「好きな女がいたら最悪だろうな。――たしかに、せめて両思いであることを祈る」
「もとを正せばここの校長先生が悪いんだよね。博士の逆鱗に触れるようなことを言ってしまったからさ」
深刻さを理解しているのか、風巳も生徒会室のほうを見上げて顔を曇らせている。
「だけど、さすがに晶も彼に同情しているんだね。色々と今後に起きるだろうことを遠まわしに伝えていたよね」
「まぁな」
好きな女がいるなら気をつけろ。
異変に気付いたら、そのまま三時間耐えるしかない。
遥にはそんなふうに示唆しておいた。それは脈絡のない台詞でしかなく、本人は意味を把握していなかったが、薔薇色の水が動き出したら嫌でも判るだろう。
後は幸運を祈るしかない。
祈るしかないのだが。
晶はふっと生徒会室の窓を仰ぐ。
アルバートの開発に失敗は在り得ない。常に目的を達成するだろう。
けれど。
「もしかすると、あいつは奇跡を起こすかもしれないな」
圧倒的な自制心が全てを凌駕する。そんな可能性も捨てきれない。
期待と希望を込めて奇跡が起きることを願う晶の隣で、風巳が校門付近で配布していたバレンタイン祭の冊子を眺めている。何かを確認すると腕時計を見てから、声を小さくして言った。
「午後六時に生徒会長の終わりの挨拶がある」
晶も時刻を確かめた。現在は三時十五分。
「今から三時間だろ。だとすると、黒沢はその時まだ身に起きた異変から解放されていないな」
「そうなるよね」
風巳が気の毒そうに肩を竦めた。もしかすると悲惨な結末が待っているのかもしれないが、ここまで仕掛けておいて見届けずに帰るのも無責任な気がする。事情を知っているのは自分達しかいないのだから、せめて影から見守るべきだと思えた。ひたすら心苦しい。
「ともかく、黒沢の挨拶まではこの行事を楽しませてもらおう」
後悔しようが良心の呵責があろうが、既に事態は取り返しのつかない処まで来ているのだ。祈る以外成す術がない。
晶は視線を賑やかな中庭へ戻すと、まどかの肩を叩いて潔くバレンタイン祭を楽しもうと促した。




