序章
短編『拒絶の一滴』は、この作品の千年後のお話です。
『拒絶の一滴』を双書形式で書いてみようと思ってです。
顔を上げれば青い大空が広がり、右手側には緑深いシリン山脈がその雄大さを見せ、左手側には広大な平野が淡い緑の絨毯として広がっている。
山脈の麓には豊かな水が山から流れ出しており、水不足に困ることもない。住む人々は、臣方(しんぽう)や中央都市の人々と変わらないくらい不自由していないように思われる。
ここを治めるようにと陛下からの勅命を受けてやってきたが、いいところではないか。前任の貴族もうまくやっていたようだ。私もうまくできるだろうか。
不安はもちろん。今まで居た周方より他国に近い分、ちょっとした問題が戦争になりかねん。他国に攻め入られないように、問題は極力潰したい。対処できるならば対処もしよう。
我が誓いを胸に地方運営に励んでいた。その結果が、今の我が家につながっていくのだ。
だがしかし、我が地方運営に対する結果を述べる前に、一つだけ声高々と、そして平民たちのような言葉づかいで叫ばせてほしい。
「誰があんなもん予測できるか!? 儂ちょう頑張った!! なのにネテレーのバカが後から対応のまずさとは、などとぬかしおって!
グチグチうるさいから陛下のお許しを得て、ネテレーに代行させたら、最悪の結末だ!
蜘蛛の糸、一本残ったから戦争を回避できたからよかったものを!
まぁ、あの一件以来、陛下もネテレー一派の貴族の意見は、ほぼ聞く価値なしと判断されたようだがな。
ざまぁみろ!!」
書斎で初代の手記を流し読みしていた青年は、あまりにも熱のこもった、もはや絶叫ともいえる独白に苦笑を浮かべていた。
「聞いていた初代様の人物像とは思えないほどの、なんというか、怒声が時代を超えて聞こえてきそうだ。キームなら、初代様と気が合いそうな方だったのかもしれないな」
青年はメイドの一人に、お茶をガゼポに準備するように伝え、初代シルワイヤ伯爵の手記を持って先に移動する。程よいそよ風と明るい陽気が差し込むガゼポは、読み物をするにはちょうど良い環境だった。メイドの掃除も行き届いているようで、汚れらしい汚れは見当たらなかった。
中から風景を眺めていると、メイドたちによってお茶菓子の準備がなされていた。
青年は初代の手記を組んだ足に乗せ、読み始める。
初代の手記は、先ほど書斎で読んだ地方領主拝命以降からの部分であり、領地運営における様々なトラブルを記していた。
そのトラブルの数自体は少ないものの、それぞれの対応に月単位、長ければ解決策なしとして生涯対応し続けたものもある。
今回は、その生涯対応し続けた『ある少年』についての詳細が書かれている手記であり、現シルワイヤ伯爵家でさえ無視できないトラブルである。
世紀を超えたトラブルの発生時の対応および、その後の経過は必修事項である。
「こういう歴史的な事象に対する対応は、キームが上手なんだがな……。本当にキームは初代様と何らかの縁があるのかもしれないな」
青年はポツリと一言こぼし、初代シルワイヤ伯爵との対話に没頭し始めた。