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田舎暮らしのラノベ作家はドラゴン娘と食事する

田舎暮らしのラノベ作家はドラゴン娘とラーメンを啜る

作者: 福耳 田助

ちょっと長めです。

冒頭部分は主人公の自分語りなので、読み飛ばしても問題ありません


 薪ストーブの上に載せられた大鍋が、クツクツと静かに音を立てている。

 蓋を開ければ広がるのは鶏の香りと、僅かに油が浮いた薄い黄金色のスープ。

 お玉で油を弾くようにしてスープのみを掬い取り、行儀は悪いが直接一口。


「…んー、もうちょいか、後一時間は煮たいな」


 再び蓋を締め、ストーブに薪を放り込む。


「おっと、今ので終わりか。 裏から持ってこないとな。 …にしても」


 ―――ビュゴーーー…―――


 ―――ガタガタ…―――


 ―――ゴロゴロゴロ…―――


 人の少ない静かな室内に、吹雪が窓を叩く音と、遠雷が響いて来る。


「…雪も雷も、全然止む気配がないな」


 俺は独り言ちるが、そこに恐怖や不安は無い。

 当然の話だが、何十年に一度級の猛吹雪ならともかく、高々普通の吹雪で北海道の家がどうこうなる訳がないのだ。

 …雷は分からんが、遠雷ばっかりだから大丈夫だろう。


「まぁいいさ。 仕事も終わらせてるし、出かける用事もないし」


 俺、大原公平がこの家に引っ越して来たのは一年ほど前だ。

 元々は札幌在住だったのだが、仕事が安定し収入が増えたのを機に、昔からの憧れだった一軒家での一人暮らしを始める事に決めたのが二年前。

 別に札幌で買っても良かったのだが、東京辺りに比べれば安いと言っても、それでもやはり市内で買えばそれなりの値段にはなる。

 そこで考えたのが札幌から離れた、田舎から田舎寄りの土地での物件購入。

 幸い俺の仕事は在宅で場所を選ばないし、趣味と言えばネット系・本・ゲーム、後は酒と料理ぐらいなので、それらが揃えられる環境さえあれば問題ない。


 で、見つけたのが札幌中心部から高速使って二時間ほどの土地にあるこの家だ

 所謂モダンクラシックな造りの洒落た一軒家で、生活設備も一通りそろっている。

 にも関わらず土地代含めても相場よりもかなり安く、空き家の期間がそこそこあったため手を入れる必要こそあるが、そのリフォーム代を含めても尚予算が余るほど。


 と言うのもこの家、建っている土地がかなり微妙なのだ。

 田舎、と言い切れるほど辺鄙ではなく、そこそこ発展はしている。

 少なくともコンビニすら無い、と言うほどでは無い。

 さりとて何不自由ないという事も無い。

 病院などの必要不可欠な施設はちゃんとあるが、娯楽施設の類は全く無く、遊びに行く場所と言えば郊外型の大型ショッピングセンターぐらい。

 そんな町の端っこ、隣家よりも牧場が近い位置にこの家は建っている。


 要するに田舎暮らしをしたい人間からも、都会暮らしをしたい人間からも需要の無い、中途半端な土地、という事になる。

 その所為で中古物件であるこの家は、ずっと売れ残っていた。

 俺は先の理由からそんな土地でも全く困らない訳で、内見を済ませた後即購入決定。

 売主にそれが伝えられた所、余程売れずに困っていたのか非常に感謝され、リフォーム代は買値から差っ引くとまで言ってくれた。

 おかげで見積もりよりも更に安く済み、思っていた以上に懐に余裕が残ったモノだ。


 言うのが遅れたが、俺の職業は所謂ライトノベル作家、人気はそこそこ。

 現在プロデビュー八年目、小ヒットを幾つかと中ヒットを二つ飛ばし、数年前に内一つがアニメ化。

 幸いにもアニメはそれなりの好評を頂き、それが最初に言った仕事と収入の安定につながった訳だ。

 仕事は順調、蓄えも十分、夢も叶え、まさに順風満帆。


 後は恋愛や結婚の一つも出来ればいいのであろうが、大学以来彼女いない歴八年、残念ながら現在当ては全くない。

 まぁ元々それほど結婚願望も無く、一人が苦になる性質でもないので、積極的に婚活する気も無いのだが。

 寂しい奴とか言うなよ?

 友達(居たのかという突っ込みは禁止)が遊びに来て飲み明かす事もあるし、札幌の姉夫婦の所から甥姪が遊びに来ることもあるんだからな!

 決してボッチではない!


 …こほん、それにしても刺激よりも安定を喜ぶ辺り、俺も年を食ったという事だろう。

 昔まだ厨二病が抜けきってなかった頃は、転生やら召喚やらに憧れたモノだが、流石に今では現実も見えている。

 

 トラックに轢かれたって異世界転生なんかしない。


 異世界のお姫様に召喚なんかされない。


 学校や町ごと異世界に転移する事もない。

 

 実は社会の裏で謎の組織が暗躍してたりしない。


 何よりも、もし仮にこれらが現実にあったとしても、中年に片足突っ込んだアラサー中堅ラノベ作家なんぞお呼びじゃないだろう。

 凡人の俺は、何処までもこの“平凡”な現実を生きねばならないのだ。

 …差し当たってはストーブが消える前に薪持って来よう。

 今日の天気で暖房が切れるとかシャレにならん。


      ♦     ♦     ♦     ♦     ♦


「薪割り薪割り、と」


 厚手のジャンバーを着込み、台所の勝手口から直接ガレージへ入る。

 二台分の駐車スペースがある大型ガレージの半分は薪と薪割り台で埋まっており、わが愛車(中古ワンボックス)がもう半分を占めている。

 薪ストーブは手入れも薪の用意も大変だが、暖房効率はかなり良いからな、手間さえ惜しまなきゃあ安上がりだ。

 早速丸太を切り出して作った薪割り台に薪を載せ、拘って買った鉞(スイス製)を用意する。

 薪割りは思い切って振り下ろすのがコツだ。

 頭上に鉞を振りかぶり、正に振り下ろそうとした瞬間…。


 ドッガァァァァァーーーーーーン!!!


「ぬおぉっ!?」


 何だ今の!?

 てかあぶねぇ! 足ぶった切るとこだった!


「雷か…!?」


 まさかその辺に落ちたのか?


「木に火でも着いてないだろうな…」


 俺は鉞を放り…もとい丁寧に立て掛け(高かったのだ)、慌てて飛び出す。

 若干弱まってきた吹雪の中周囲を見回すと、一本の木が真っ黒に焦げて倒れているのが目に入った。


「うわっちゃぁ…」


 この付近に生えている樹木の中では一番大きかった奴だ。

 それが根元から折れてしまっている。


「直撃か…。 火は着いてないみたいだけど、これって通報とかした方が良いのかな? …ん?」


 木の根元に何か動くものが見える…?

 狐でもいたのか?

 …人じゃねーだろうな


「一応確認しとくか、人じゃなくても狐とかだったら放置も可哀そうだし」


 余談だが、野生の狐にはエキノコックスという寄生虫がいるので、絶対に触ってはいけない。

 北海道では山に近い場所だと町の近く、下手をすれば町中でも狐が居たりするので要注意だ。

 …それはさておき。


「………は?」


 姿を確認した瞬間、思わず固まってしまった。

 そこにいたのは、“人”だった。

 いや、正直人かは分からんが、少なくとも大まかには人型だ。

 何故断言できないかと言えば、色々とあり得ない点が多すぎる。


 まず人種、間違いなく日本人ではない。

 染髪とは明らかに自然さが違う黄金色の髪と、日に焼けた様子など全くない白い肌。

 目を閉じているから瞳の色は分からんが顔立ちは東欧系で、二十歳は越えてないだろう

 今時外国人など珍しくもない、と言われればその通りだが、観光地でもないこの町では外国人を見る機会などまず無い。

 少なくとも俺は知らん。

 かなりの美人さんだから噂になってもおかしくないだろう。

 …ついでに言うと中々素敵なスタイルをしてらっしゃる。

 特に胸部装甲が素晴らしい…いや失礼。


 服装も可笑しい。

 何というか、ナイトドレスっぽい形状の貫頭衣とでも言おうか、とにかく背中が完全に空いているのだ。

 おまけに足元は素足にサンダル。

 サンダルといっても突っ掛けて履くタイプではなく、古代ローマ人のような、足首やふくらはぎの方まで巻き付けるようにして履くあれだ。

 言うまでも無く真冬の北海道で外を出歩く格好ではない。


 だが何よりおかしいのは…。


「角と、翼と、尻尾が生えとる…」


 そう、その女の子の体には、ドラゴンのようなそれらが付いていたのだ―――


      ♦     ♦     ♦     ♦     ♦


「参ったねおい…」


 俺は目を覚ます様子の無い女の子を抱えて家に戻って来た。

 得体の知れない存在ではあるが、流石に放置も通報も忍びない。

 取り敢えず居間の真ん中に寝かせて毛布を掛けている。


「どうすりゃいいんだ?」


 頭を抱えるが妙案は何一つ浮かばない。

 角や尻尾の有る女の子を拾った経験のある奴がいるなら、是非教えてほしい。

 そのまま悩むこと数分、なんて言えば良いのか分からんがやはり消防か警察か、と考えたところで…。


「う…ん…?」

「!」ザザッ


 目を覚ましかけているらしい女の子から、俺は思わず距離を取って身構えてしまう。

 当然だ、放っとけなくて連れてきたが、どう見ても人間ではない。

 どういう存在かは分らんが、もし人間に対して敵対的な生き物だったら―――?


「むぅ…?」


 内心ビビりながら見守っていると、やがて女の子はゆっくりと身を起こし、ぐしぐしと両目を擦る。

 両手の甲でぐしぐしする姿は子供っぽくてちょっと可愛い。

 半ば寝惚けたままの目をこちらに向け、俺と目が合うとそのまま動きを止める事数十秒。

 ていうか瞳が真っ赤なんですけど! 形もちょっと爬虫類っぽいし!

 やっぱ人間じゃねえ!


「…ここは何処じゃ? そなたは誰じゃ?」


 その瞬間俺は言い知れない感動に包まれた。

 のじゃ口調だ! のじゃロリじゃないけどのじゃ少女だ!

 まさか、のじゃ少女と話す機会が来ようとは!


「おい、どうしたのじゃ?」


 感動に打ち震える俺にのじゃ…いや、謎の少女は訝し気に声を掛けてきた。

 いかん、つい感動のあまり固まってしまった。

 少なくとも話は出来るようだし、今は取り敢えず返事を返さねば。


「…俺は大原公平、ここは俺の家だよ。 外で凄い音がしたんで見てみたら君が倒れてたんで、家に運んだんだ」

「そうなのか? 良く分からんが世話になったようじゃのう。 礼を言うぞ」


 言いながら女の子はぺこりと頭を下げる…どうやら悪い子ではなさそうだ。


「名乗り遅れたが、我は“天竜”グランディーネ、竜神山脈の頂に住まう竜族の長が娘じゃ」


 あ、やっぱドラゴンなんだ…。

 なぜ人型なのかと聞けば、本来の姿はやはり俺の想像通りの所謂ドラゴンらしい。

 しかしそれだとデカいし手は使えないしで不便なので、ある程度高位の、文明を築くような竜族は普段は人型で生活するのが普通なんだとか。


「所でここがそなたの家というのは分かったが、それは一体どこにあるのかの? どうも我の居たドルド大陸とは空気が違うようだが」


 わー、全然知らない地名が出てきた。

 しかも島とかじゃなくて大陸。

 これはやっぱあれか? あれなのか?


「…ここは日本という島国の、北海道という土地だ」

「ニホン? ホッカイドー? 聞いた覚えが…いや待てよ?」


 形の良い唇に指を当てて、何やら考え込むグランディーネ。

 美人は何やっても絵になるね。


「…思い出したぞ。 昔異界から召喚された勇者の故郷が、確かニホンとか言ったはずじゃ」


 俺が軽く現実逃避している間に、記憶を掘り起こしたらしい彼女は、


「という事は…」


 決定的な事を口にした。  


「ここはまさか、異界か?」


 俺ももう現実は見えている。


 トラックに轢かれたって異世界転生なんかしない。


 異世界のお姫様に召喚なんかされない。


 学校や町ごと異世界に転移する事もない。

 

 実は社会の裏で謎の組織が暗躍してたりしない。


 何よりも、もし仮にこれらが現実にあったとしても、中年に片足突っ込んだアラサー中堅ラノベ作家なんぞお呼びじゃないだろう。


 だが、向こうから来る場合はあるようだ―――


      ♦     ♦     ♦     ♦     ♦


「じゃあ心当たりは無いのか?」

「うむ」

「帰る方法も?」

「全く分からん」


 ミルクと砂糖たっぷりの甘いコーヒーを飲む――ブラックはお気に召さなかったらしい―――彼女と向かい合う。

 お互いの知識―――俺のは漫画ラノベ知識だが―――の擦り合わせの結果、やはりこれは異世界転移だろうという事で見解は一致した。

 しかし彼女には全く心当たりは無いという。

 見聞の旅の途中、野営をして気付けばこの状況だったらしい。


「ヒントも何も無いんじゃあなぁ…」


 きゅるる…


「ん?」


 頭を悩ます俺の耳に、何やら可愛らしい音が聞こえてくる。

 音の発生源に目をやると、仄かに頬を染めるグランディーネの姿が。


「…腹減ってんの?」

「…うむ」


 恥ずかし気に顔を俯けながら、消え入りそうな声で返事をする。


「恥ずかしい話じゃが、丸一日ロクに食べていないのじゃ。 地図が古かったのか、補給の当てにしていた村が廃村になっていた上、狩りをしようにも獲物も全く出ず…」


 寝る前に最後に残った保存食の堅パンを齧ったのが最後だと言う。

 そりゃ腹も減るか。


「それに先程から何やら良い匂いが…」

「匂い? っ鍋!」


 やべえ忘れてた!

 慌ててストーブに載せっぱなしになっていた鍋を覗き込むが、多少煮詰まった感はあるものの、焦げたり沸騰し過ぎたりはしていない。

 というかストーブの火が消えかかっている。

 そういやそもそも薪を取りに行ったんだった。


(クーク)のスープか。 旨そうじゃの…」


 俺の肩口から顔を出し鍋を覗き込んでくるグランディーネ。

 真横に美人の顔があるのもあれだが、背中になんかすごい柔らかい感触が!


「…この国じゃニワトリって言うんだが、そっちにも同じような鳥がいるのか?」


 それは結構重要な情報の気がする。

 背中の感触を務めて無視しながら尋ねる。

 

「うむ、 “クーク”といって、農村などで飼われている家畜じゃ。 普段は卵を産ませて年を取ったら潰して肉にするのじゃが、年寄りの肉だからとても固い。 それでも庶民にとってはごちそうじゃ。 王侯貴族や金持ちの為に食肉用として育てられているものもあるが、こっちは高級品じゃな」

「うーん、同じ種類の生き物なのかな?」

「全く同じかは分らんが、少なくとも匂いは同じじゃな」


 話しつつもグランディーネの目線は鍋に向けられたまま動かない。

 ていうか涎、涎!


「…食べるか?」


 しかしいざ尋ねるとグランディーネはハッとした様子で離れ…ああ、もうちょっとくっ付いて…いや違う、そうじゃない。


「い、いや、有難い提案じゃが、そこまで世話になる訳には…」


 きゅるるるる…


「…」

「…」


 気まずい沈黙が…。


「…もう夕食時だし、自分の分も作るついでだからから気にするな。 一人分も二人分も大して変わりゃしない」

「…馳走になる」

「まぁ実はこのスープがメインて訳じゃないんだけどな」

「こんなに手の掛かってそうなスープが、メインでは無いのか?」


 グランディーネは驚いているが、言うほど手間は掛かってない。

 下拵えした材料を鍋に放り込んだ後、ストーブに載せて時々あくを掬って放置しただけ。

 薪ストーブは煮込み料理には大変便利である。


「このスープはあくまで材料の一つ。 メインには麺を使う」

「麺? 麵料理にこんなに沢山のスープを使うのか?」


 不思議そうな様子から察するに、恐らく彼女の世界の麵料理はこちらで言う所のパスタのような、スープに浸すのではなくソースや具と絡めて食べる類の物なのだろう。

 ひょっとしたらスープを使う物もあるのかもしれないが、少なくともグランディーネは知らないらしい。


「ああ、“ラーメン”ていう料理だ」


      ♦     ♦     ♦     ♦     ♦


 という訳で場所は変わって台所。

 テーブルの上に、冷蔵庫からも材料を出して並べていく。


 まず丸鶏を一日煮込んで作った鶏スープ。

 この丸鶏は近くの農家で潰した廃鶏を安く譲ってもらったものだ。

 年を取った鶏は肉は固すぎて食えないが、煮込むと良い味の出汁が出る。


 続いては煮豚。

 これも同じ農家で、枝肉を割安で譲ってもらえた。

 煮豚は三日前に仕込み、それからずっと汁に漬けたまま冷蔵庫で寝かせてある。

 そうすると芯まで味が染みるのだ。


 半熟煮卵。

 煮豚の煮汁を薄めて作った漬け汁にスライス生姜を加え、ゆるめの半熟卵を一晩漬けてある。

 漬ける前に楊枝や竹串で穴を開けてやると短時間で黄身にまで味が染み込み、同時に余分な水分が抜けて半透明のゼリーのような黄身に仕上がる。


 長葱。

 農協の直売所で買ってから外の雪に埋けておいた葱。

 雪に野菜を埋めると保存が効くし、栄養や甘みが増す。

 ただし野菜の種類によっては、余りに低温で冷やすと変質して駄目になる物もあるので注意が必要だ。


 最後に麺。

 これだけは市販品だが、他の商品と比べるとかなり高い長期熟成麵を選んでいる。

 この麺は確りと小麦の味が感じられてとても美味しい。


 使う材料を全て用意し終えたら、まず麺茹で用のお湯を沸かす。

 このお湯は後で丼を温めるのにも使うので多めに沸かしておく。

 この間に具の用意だ。

 と言っても煮卵はそのままで良いので葱と煮豚を切るぐらいしかする事は無い。


「さて作るか」

「我はどうすれば良い?」

「この葱を刻んでくれ。 明日も使うんでその一本は全部刻んじゃって良いから」

「分かった」


 この場にグランディーネが居るのは本人の希望だ。

 只御馳走になるのも申し訳ないから手伝わせて欲しい、と。

 大してする事は無いと言ったのだが、本人の気が済まないようなので手伝って貰う事にした。

 お嬢様らしいので不安はあったが、多少ぎこちなさはあるものの出来ない訳では無いようなので大丈夫だろう。

 俺は俺で煮豚を切っている。

 モモ肉の煮豚なので非常に薄切りだ。

 肩ロースやバラ肉なら厚切りでも美味いが、モモ肉は薄切りの方が美味い。


「ふぅ、全部切れたぞ」

「ああ、じゃあタッパー…その容器に入れてくれ。 最後に上から散らすんだ」

「分かった。 …」


 返事を返し手を動かしながらも、グランディーネの目線が俺の手元の肉に釘付けになっている。

 や、やりずらい!


「…美味そうな肉じゃの。 何の肉じゃ?」

「これは豚っていう家畜の肉だよ」

「ブタ?」

「豚ってのは…、ああそうだ」


 俺は一度包丁を置き、居間から一冊の冊子を持って来る。


「ほら、これが豚だ」


 俺が持ってきたのは農協が毎月近隣に配っている広報誌。

 お得な直売会の情報なんかが載っていて結構便利なのだ。

 そこに件の肉を分けてくれた農家が載っていて、豚の写真もあるのでそれを見せる。

 こうして見ると豚って中々可愛いよな。

 まぁその可愛いのの肉をこれから食う訳だけど。


「おお、豚というのは“ピグ”の事じゃったか!」

「…これも向こうにいたのか?」

「うむ、この絵を見る限り姿形は全く同じじゃな」

「…そうか。 “人間”もそうだし、鶏といい豚といい、案外近い世界なのかもな」


 言いつつ、俺はグランディーネに切ったばかりの煮豚を一枚差し出す。


「味見してみるか?」

「(ごく)…い、いやそのような行儀の悪い事は!」


 そう言いながらも目は釘付けである。


「味見だよ味見。 作り始めてからなんだけど、この世界の食べ物がグランディーネの口に合うか分かんないからな。 スープをいい匂いって言ってたから味覚もそう違わないとは思うが、どうせなら美味い物を食って欲しいし」

「そ、そうか! そういう事なら一つ頂こう!」


 薄いが大振りな肉を嬉しそうに受け取り、そのまま半分ほどを噛みちぎるようにして口に入れる。


 もぎゅもぎゅ…くわっ!


「うおっ!?」


 いきなりカッと目を見開かれ、ちょっとびっくりした。

 無言のまま残る半分を口に入れ咀嚼。

 ど、どうだったんだ?

 何も言わないけど、食べてるからには不味いという事は無かったんだと思うが…。


「…まい」

「ん?」

「美味い! 美味いぞコーヘー!」

「お、おお、そうか」

「ピグの肉は何度も食べた事はあるが、こんなに美味いピグ料理は初めてじゃ! コーヘーは宮廷料理人なのか!?」

「い、いや俺の仕事は作家だよ。 料理は只の趣味だ。 プロの料理人ならもっと美味く作るさ」

「これでも途轍もなく美味いのに、本職の料理人はこれ以上じゃと言うのか…! 異界の料理人は凄いのじゃな…」


 大袈裟と思わなくもないが、絶賛されて悪い気はしない。


「…もう一切れ食う?」

「食べるぞ!」


 ついもう一枚差し出してしまう。

 嬉しそうに肉を頬張る姿は何だかほっこりするね。


「コーヘー、湯が沸いとるぞ?」

「と、いかん」


 二枚目を食べ終わり、名残惜しそうに指に付いている煮汁を舐めるグランディーネに言われ、急いで残りの煮豚を切り終え、スープの仕上げにかかる。

 ラーメン屋ならばスープとタレを別々に作って直前で合わせる訳だが、素人料理なのでここはスープに直接味付けをしてしまう。

 ガーゼで出汁ガラを濾したスープに煮豚の煮汁を加え、塩で味を調整。

 更に隠し味として市販の鰻のタレを少々。

 市販のタレやソース類というのは旨味の宝庫だ。

 隠し味として上手く使うと料理のコクと深みが増す。

 他には天丼のタレや焼き鳥のタレもお薦めである。


 スープに向き合う俺の後ろでこっそり三枚目を摘み食いするグランディーネに気付かない振りをしつつ、一口味見。


「…うん、こんなもんか」


 これで具もスープも準備オーケー。

 さぁ、いよいよ麺に取り掛かろうか!


「あちち…」


 先に鍋のお湯を丼に注ぎ、それから麺を投入、キッチンタイマーを一分三十秒でセット。

 麺用の湯切り笊は無いので普通の笊を用意。

 それから綺麗な布巾をグランディーネに渡す。

 …口の端にタレ付いてるぞ。


「グランディーネ、丼のお湯を捨ててからその布巾で拭いてくれ」

「? この湯には何の意味があったんじゃ?」

「単に丼を温めただけだよ。 食べてる間少しでも冷めづらくするためだな」

「成程のう、細かい事にも気を使うんじゃなぁ…」


 なんか変な所で感心されとる。

 まぁ日本人の食に対する情熱は変態的なレベルだしな…。

 それはさておき、用意された丼に作り置きの鶏油(チーユ)を落とす。

 すると固まっていた油が丼の熱で見る見る溶けて、何とも言えない良い香りが広がる。

 その匂いを嗅いだだけでグランディーネは何とも幸せそうな顔だ。


 ピピピ ピピピ ピピピ―――


 丁度のタイミングで麺が茹で上がり、急いで笊に上げ手早く湯切り。

 片手で湯切りをしつつ、もう片手で丼にスープを注ぐ。

 丼に麺を投入しスープの中で軽くほぐしてから具材をトッピング。

 因みにメンマはあまり好きじゃないので載せない。

 店で載ってる分には食べるけどね。

 俺の分はチャーシュー三枚、グランディーネの分は五枚載せてやる。

 更に煮卵を載せ、葱を散らして…


「完成!」

「おお~!」


 自家製鶏ガラ醤油ラーメン出来上がり!


      ♦     ♦     ♦     ♦     ♦


 居間に場所を変え、二つのラーメン丼を挟みちゃぶ台に向かい合わせで座る。


「箸…これは使えるか? 駄目ならフォークでも出すが」

「問題無い。 向こうにも同じような食器があるからの、昔手慰みに覚えたわ」

「ん、じゃあ、頂きます」

「む? イタダキマス」


 一瞬不思議そうな顔をしたが、直ぐに食前の挨拶だと分かったのだろう、同じ様に手を合わせる。

 さて、先ずはスープを一口。

 油の多いタイプのラーメンならレンゲを使うのも良いが、やはりここは丼から直にいきたい。


 ズズ…


「うん、美味い」

「美味いのう、(クーク)の旨味が一杯じゃ」


 俺に倣い丼に口を付けたグランディーネも、実に幸せそうな顔をしている。

 次は麺を、と、その前に…。


「グランディーネ、この料理は食べ方に独特の作法があるんだ」

「作法とな?」

「麺を食べる時は口で吸い込むように、音を立てて啜り込んで食べる」


 昨今では外国人の増加に合わせて音を立てるのを禁止にしている店というのもあるらしいが、知った事か。

 麺類は啜って食べるのが日本人の正義(ジャスティス)

 何で後から来た連中に合わせて長年の文化をやめにゃあならんのだ。

 嫌ならラーメン屋なんぞ行くな!

 とは言え自分は啜らずに食べるというのは本人の勝手。

 要は人の食べ方にまで口を出すなという事だ。


 案の定、グランディーネは眉を顰めて嫌そうな顔をしている。


「…行儀が悪くないか?」

「あくまで麺類だけだよ。 基本的にはこの国でも食事の時、余計な音を立てるのは行儀が悪いとされている」

「むう…」

「グランディーネの食べたいように食べれば良いよ。 ただ俺は啜って食べるから、そこは目を瞑ってくれ」

「…いや、作法があるなら従おう。 土地の作法は守らねばな」


 そんな大層なモノでもないんだけど、まぁいいか。


「では改めて…」


 箸で麺を持ち上げ、汁ごと一気に啜り込む!


 ズルルルルッ!


 (あっつ)い! だがこれが良い!


 ズルルッ、ズルルルルッ! ズズ、ゴク…


「ぷはぁー…」


 そのまま二度三度麺を啜り、汁を飲んで一息。

 うん、いい出来だ。


「コーヘー!」

「お、おお、どうした?」

「物凄く美味いぞ!」

「…そりゃあ良かった」

「この麺! モチモチで、小麦の旨味が濃くて美味い! 肉も温まるとさっきとはまた違う味わいだの! このネギとか言うハーブもスープにピッタリじゃ!」


 そう言われると俺も嬉しくなる。

 俺は一人で好きに食う食事も好きだが、人と一緒の食事も嫌いじゃない。

 自分の作った料理を、こんなにも美味そうに食べてくれるのなら尚更。


 ハフハフッ、ズルズルル…「む?」


 しかし美味い美味いと食べていたのが、突然ピタッと箸を止めた。


「? どうした?」

「コーヘー、この卵、中身がまだ生じゃぞ?」


 ああ成程、半熟卵か。


「この国の卵は生でも食べられるように育てられてるんだよ。 美味いから食べてみな」


 うん、美味い、このトロトロ具合が良いんだよな。

 そう言って目の前で食べて見せると驚いた表情を浮かべる。

 この世界でも生卵を食べるのは日本人だけだからな。

 外国で生卵を食べたら命に係わるので絶対にしてはいけない。

 俺が食べているのを見て平気だと判断したのか、恐る恐る半分に割った半熟卵を口に入れる。


「…美味い!」


 またも心の底からの笑顔。

 ほんとこっちが嬉しくなるぐらい良い顔するなぁ。


 ズル、ズルル…


 そこから先は無言。

 向かい合ったまま只管麺とスープを啜り、合間に具を摘まむ。

 一杯のラーメンはあっという間に食べ終わり…。


 ゴク…ゴク…ゴク…「「ぷはぁーーー!」」


 二人揃ってスープまで飲み干し綺麗に完食。

 塩分脂肪分? 知らん。

 しかし普段ならこの歳にもなると一杯で十分満足なんだが、今日は何だか物足りない気がする。

 お代わりを作ろうか迷っていると、ふと、物足りなさそうなグランディーネの顔が目に入る。


「…俺はお代わりするけど、グランディーネはどうする?」

「食べる!」

「はいよ」

「あ、コーヘー!」

「どうした、大盛りにするか?」

「それは是非…違う! でも大盛りは頼む」

「了解。で、どうした?」

「ディーネじゃ」

「…?」

「我の事はディーネで良い。 親しい者はそう呼ぶ」

「…良いのか?」

「勿論じゃ。 一緒に料理をして、一緒にらーめんを食べた仲じゃからの!」


 そう言ってニパッと笑う彼女に、不覚にもドキリとしてしまう。


「じゃ、じゃあディーネ、直ぐ作るから待ってろよ」

「うむ!」


 誤魔化す様に急いで台所に向かうと、手早く二杯目を作る。

 さっきのお湯がまだ熱かったので、あっという間だ。


「出来たぞ」

「おお! 待ってたぞ!」


 嬉しそうにいそいそ二杯目を食べる彼女の顔を見ていると、やはりこっちも嬉しくなってくる。

 しかし今の俺たちの、と言うかディーネの状況を考えれば、呑気に食べている場合では無いのかもしれない。

 考えるべき事は山の様にある。


 どうしてこっちへ来てしまったのか。

 帰ることは出来るのか。

 もし帰れなければこれからどうするのか。


 解決すべき問題と疑問は山積みだ。

 だが…、


「美味いのうコーヘー!」

「…ああ、美味いな」


 今は取り敢えず、ラーメンが美味い。






連載作、“異世界交流学園の臨時講師”もよろしくお願いします。

http://ncode.syosetu.com/n1946dm/

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