男は生涯で一番大きな声を上げた
男は子供のリスに手を引かれて歩いていた。
「…わ、私はどのように見える」
男が子供のリスに手を引かれながら言った。
「え?どうみえるって、なんで?」
「う、うぬう…」
「なんで?」
「み、皆に聞いているんだ。私がどう見えているかについて…」
「なんできいてるの?」
男は困っていた。本人は気づいていないが、目からは涙を流していた。
男は涙を流した。
「うるさい!とにかく俺は何なんだ!」
「お兄さんはぼくとおなじリスじゃない。ぼくよりお兄さんだけど」
男は唖然とした。
「…またか」
何なんだ、私は一体何なんだ。私は何の生物なんだ。蛇なのか、キツネなのか、リスなのか。…わからない。なにもかも…
「お兄さんってぼくよりバカなの?」
男は混乱しながらも
「バカではない」
とはっきりした口調で返した。
「ここがぼくのすみかだよ」
その住処というものは見た感じ、木に軽く穴があいてあるだけのもので、こんなもので大丈夫なのかと心配になった。
「…こ、ここか」
「そうだよ」
そう言って子リスは中へ入っていった。男も苦い顔をしながら入った。
「…うお!中はなかなか広いではないか!」
「そうでしょ」
中は予想よりもはるかに広く、男はよたよた歩き、何か心地よさそうなものを見つけ腰を下ろした。
「これはなんだ!ふかふかではないか!」
男が興奮気味に言う。
「ふかふかでしょ」
「ここもよく見れば何となくだが、あの洞窟に似てなくもないな」
「でしょでしょ」
「決めた!私は、ここに、住む!」
「やった、やった」
子リスはぴょんぴょん飛び跳ねている。
「なんだ?うれしいのかお前?」
「うん、うれしい」
「そうかそうか、うれしいのはいいことだ」
男も嬉しくなった。すると子リスが
「じゃあきねんにこのおいしいのいっしょに食べよ?」
男は木の実を受け取った。
「食、べる?」
そういえば私は今まで何も口にしたことがなかった。私は食べなくても生きていける。食べるという感覚を知らなかった。
「いらないの?」
子リスが泣きそうな目でこちらを見てくる。
「食べないの?」
男はすっと立ち上がり
「…食べよう」
と言った、顔の眉間にはしわが寄っている。
「うん食べよう」
子リスが踊って食べ始めた。
男はそれを見てたどたどし、木の実をじっと見た後にやけになって一口で食べた。
「…こ、これは!」
男は目が点になった。
口に入れた瞬間はなんだこいつ、なんだこの行事は、いい加減にしたまえ!と思ったが、それをかじった瞬間に、その果肉?というのだろうか、それがぱあっと広がり、そしてほのかな酸味?というのだろうか、それとこれは甘味?というのだろうか、それらが交わり、最高に美味しい。
「どう?どう?」
子リスがキラキラした目で言う。
「これが美味いというやつか!」
男は生涯で一番大きな声を上げた。
「よろこんでもらえてうれしいよ」
子リスはぴょんぴょん跳ねている。
「もっと持って来い、もっと!」
「いいよ、いいよ」
子リスが木の実を山のように持ってきた。
「これが俗にいう天国ってやつか」
すると子リスが急におとなしい声で
「ちがうよ、天国っていうのは、死んじゃったものしかいけないんだ」
と言った。すると男は木の実を見てよだれを垂らしながら
「何を言ってる。天国も、そして地獄というのも、生きてるときにみるもんだ。天国も地獄も生きてるときの特権だ。まあ地獄というのはあじわいたくないが」
そう言って男は木の実をすごい勢いで食べだした。
「だったら…」
子リスがぼそっと呟いた。
「ん?なんだって?」
男が木の実の汁を飛び散らしながら言う。
「ううん、なんでもない」
子リスが答えた。急に覇気がなくなったように思えた。