会話とは
そして一週間、男は蛇と口を利かなかった。もちろん蛇も男と口を利かなかった。そして蛇が溜息まじりで言った。
「お前は一体何なんだ、ずっと動き回っていたかと思えば、今度は凄まじく喋りだし、喋ったかと思えば今度はだんまり。いつ喋るのか待ってたらもう七回も日が沈んじまった」
「別にもう自分の正体もわかったし喋ることもない」
「お前…お前みたいなやつがいるから、最近の若い奴はって言われるんだよ!いいかお前、会話っていうのは大事なんだ。確かにお前の言う通り、会話がなくても明日は来るさ。でもよ、それだとなんか寂しいだろ」
「寂しいのか、そうなのか、そんなもんなのか。…ところで会話とはどうやってするんだ」
蛇は驚きに満ちた顔をした。そして急に優しい顔になった。
「…お前…親がいねーのか、まあそうだわな、ここじゃいつ死ぬかわからねえ。お前にいろいろ教える前に死んじまったか」
「確かに親がいない、自分には親がいない、だったらなぜ私はここに…」
男がぶつぶつと独り言を言い出した。
「おい!お前そのぶつぶつモードやめろ、お前はそれに入ると異様に長い」
男はふてくされたように
「…やめた」
と言った。
「よし偉いよくできたな。…それでなんだっけか、会話だな会話。えー会話はどうやってするんだってーと、まあこれも会話といやあ会話だが…説明になると難しいな。…うんまあ困ってるやつがいれば、大丈夫かって声をかけてやる。怒ってるやつがいれば、どうしたんだよって話を聞いてやる。そして泣いてるやつがいれば、何も言わずに寄り添ってやる」
「最後のは会話ではないのではないか」
「うるせーお前バカ!会話ってもんは全部が全部言葉で成立するもんじゃねーんだよ、はっきりいってな会話ってのは、相手が自分と話してどんだけ気分よくなってくれるかなんだよ」
「それでは自分の気分はどうすればいいんだ」
「皆にそういうことができるようになったら、おのずと自分が困ってるときは誰かが声をかけてくれるさ。大丈夫かってな」
「そうなるとどうなるんだ」
「まあこう言っちゃあなんだが、素直にうれしいってもんだ」
「うれしいのはいいことだな」
「だろ!うれしくて不愉快になる奴なんて俺は見たことがねえ」
そう言って蛇が月を見上げた。
人間はこういう感じの表情をを(すこしうざめ)などと言っていた気がする。