5.アビスからの逃走
俺は生き埋めにしたゴブリン達の方を見た。
かろうじてまだ生きてはいるが、窒息死寸前で口をあうあうさせている。
どう見ても今の叫び声は別口だ。
マップに目を向けると、近場のゴブリン達が一斉に移動を始めていた。
これはチャンスだと思ったが、何故ゴブリン達が騒いだのか少し気になった。
なので、生き埋めにしたゴブリン達にトドメを刺し、遠方から少しだけ覗いて見ることにした。
自分でも危険だとは思うが、放置しておく方が危険な気がして仕方がなかった。
俺は手近な木に登り、ゴブリン達の姿を目視で捜した。
場所自体はマップで確認出来るのだが、トラブルの内容までは把握出来ない。
だから、全てを目視する必要があった。
うん?
そうして緑色の人型を捜していると、森のざわめきが聞こえてきた。
どうやらかなり激しく争っているようだ。
俺はゴブリン達の相手を遠目に見た。
銀色の丸い球体状の胴体に、蜘蛛のような細い八本の脚。
大きさは5mくらいで、あまり生物には見えない。
マップでステータス情報を確認すると、次のように表示された。
【アビスウォーカー】
Level:存在せず
HP:25000/25000
MP:存在せず
GP:3000
[生命力吸収][生命力変換][防御障壁][再生][分裂][■■■■■]
【異世界から次元を越えてやって来た鉱物生命体。あらゆる生命体を捕食し、成長し続ける危険種】
嫌な予感が当たった!!
なんだよ次元を越えて来た鉱物生命体って!?
それになんだよHPが二万五千って!
こっちは進化してもHPは三桁だぞ!
俺は相手と自分のあまりの差に、覗いたことを強く後悔した。
はっきり言って、俺はあいつと戦っても絶対に勝てない。
というか、なんで生まれた日にこんな化け物に出会うんだよ!
俺はゲーム開始時に、ラスボスに出会ってしまったように感じた。
ハンターホークに続く、第二の命の危機だ。
俺は直ぐさま逃走を決断。
ゴブリン達にあの化け物のことを任せ、全速力で両者から距離をとる。
わき目も振らずにえっちらおっちら。マップでモンスターのいないルートを確認しつつ、なんとか距離を稼げるように頑張る。
後ろは決して振り返らない。
振り返ったら、後ろにアビスウォーカーが居そうで怖いからだ。
うん?
そうしてしばらくの間全力移動していると、前方に何かがいた。
・・・いや、現実逃避は止めよう。
前方にいるのは、さっきの化け物のお仲間だ。
【アビスポーン:タイプゴブリン】
Level:存在せず
HP:320/320
MP:20/20
GP:20
[仲間を呼ぶ][こん棒][生命力吸収][生命力変換]
[■■■■■]
【アビスコアに寄生されたゴブリンの成れの果て。アビスの最下級兵士で、生命力を集めるのが役目】
ステータス情報はこれで、見た目は基本的にゴブリンのまま。ただしゴブリンの額には、さっき見たアビスウォーカーの胴体のような銀色の球体が嵌まっている。
おそらくアビスコアというのは、ゴブリンの脳に直接寄生しているのだろう。
とりあえずは逃走あるのみ。
アビスウォーカーよりは倒せる可能性があるが、仲間を呼ばれると厄介だ。
さっさと逃げるに限る。
俺は右側の頭でアビスポーンの様子を見つつ、進路を変更して移動を再開した。
ゾクッ!
そうして少し移動した直後、全身に悪寒が走った。
右側の頭の視線をズラすと、アビスポーンとばっかり目が合った。
慌てて視線を逸らす。
ガンッ!!
そしてまた全速力を出そうとした直後、何かに横殴りされて吹き飛ばされた。
痛っ!?
ダメージとしては軽く小突かれた程度だが、突然のことに目が白黒した。
なんとか身体を起こし、視線をさ迷わせる。
げっ!
すぐ傍にアビスポーンが立っていた。
どうやら向こうに気を捕られている間に、接近を許してしまったようだ。
ゴブゥゥゥ!!!
俺が状況を理解した直後、アビスポーンは雄叫びを上げた。
凄まじく嫌な感じがした。
内心冷や汗が止まらない。
今の雄叫びはおそらく・・・。
俺がマップに目をやると、案の定近くにいるアビスポーン達が集結を始めていた。
やはり先程の雄叫びの正体は、通常スキルの[仲間を呼ぶ]だったようだ。
どうにかまた逃げたいところだが、今回はすでに発見されている為、それも難しい。
少なくとも一戦は交えなくてはならない。
もう負けフラグが立っているが、せめて終わりまでは足掻く。
そして、終わる時は速やかに楽になりたいものだ。
内心諦め気味だが、これも人生ということで割り切る。
ギョロ
視線をとりあえずは目の前の個体に固定する。
今ある自分の手札でアビスポーン達に有効そうなのは、[冷気]と[重力]の二つ。
凍らせるか沈められれば、なんとか逃走のチャンスを作れるはずだ。
俺は[冷気]を三重起動し、現在生み出せる最低温の冷気を身に纏った。
【寒冷耐性のLevelが2に上がりました】
【冷気のLevelが2に上がりました】
その直後、そんなメッセージが表示され、さっきよりもさらに強い冷気が発生させられた。
今では周囲の植物に霜が降り、ものによってはカチカチに凍り付いている。
どうやら氷属性を持っているおかげか、[冷気]の威力とLevelの上昇速度がかなり上がっているみたいだ。
俺はその冷気を収束させ、目の前にいるアビスポーンに向かわせた。
白い靄がアビスポーンに押し寄せ、触れた箇所を白く染め上げていく。
ゴブ?ゴブゥゥゥ!!
ものの数分で氷の像が一つ出来上がった。
しかし、メッセージが表示されないところをみるに、まだ凍死までいっていないようだ。
だがこれで、アビスポーンに[冷気]が通用することはわかった。
俺は逃走を開始した。
それからしばらくの間、行く手を阻むように次々とアビスポーン達が現れたが、片っ端から凍らせていった。
が、やはり凍結させただけではアビスポーン達を倒すことは出来ず、経験値などは一切手に入らなかった。
その上逃走を優先している為、[吸血]による回復も出来ず、HP・MPを消費し続けている。
だんだんと疲労が蓄積してきて、フラフラしてきた。
もうそろそろ逃げ切らないと、MP切れで気絶した後にアビスポーン達に美味しく頂かれてしまいそうだ。
一応、対策はとっておくか。
俺は移動しつつ、もしもの場合に対する保険をかけた。
おっ!もうすぐで抜けられそうだ!
あれからさらに氷像を増やしつつ進み、ようやくアビスポーン達の反応が疎らになってきた。
ガンッ!!
そう思って油断したのが悪かった。
またアビスポーンの接近を許してしまい、こん棒で殴り飛ばされた。
ガンッ!ガンッ!
しかも今度は複数のアビスポーン達に接近されており、どこぞのボールのように何度もこん棒で殴り飛ばされた。
あっちに吹っ飛ばされ、こっちに吹っ飛ばされ、視界がくるくると回った。
【空中適応を獲得しました】
【空間適応を獲得しました】
【打撃耐性のLevelが2になりました】
途中、そんなメッセージも一緒に宙を舞っていたが、それどころではなかった。
もうにっちもさっちも行かなくなってしまったので、なりふり構わず行動することにした。
まずは自分を対象に[重力]を三重起動でかけ、飛ばされる勢いのままに射線上でこん棒を構えていたアビスポーンを押し潰す。
【重力のLevelが2に上がりました】
ついでその押し潰したアビスポーンに頭の一つを噛み付かせ、[吸血]を発動。
HPとMPを回復させながら、[冷気]を二重起動で発動。
今回は、アビスポーン達が完全に凍死するまで冷気を維持し続けた。
【アビスポーン三体を倒しました】
そして、そんなメッセージを見たのを最後に、MP切れを起こした俺は気絶した。