31.激突
ズンッ!
声が宣言した直後、地面のあちこちが隆起し始めました。
「これはゴーレム?」
それはやがて人の形となり、無数の土巨人達がその姿を現しました。
『行け!』
そして声の主が命じた途端、出現したゴーレム達は凄い早さで先生に向かって駆け出して行きます。
その移動速度は、はっきり言って異常の一言です。
少なくても、私が知っているゴーレムが出せる早さではありませんでした。
「来るか!」
先生は腕周りを人間のものから変化させ、ゴーレム達を迎え撃ちます。
『愚かな』
「ぐっ!」
先生は、一体目のゴーレムの拳を受け止めることに成功しました。
しかし、先生の身体はだんだんと地面にめり込んでいっています。
どうやらこの施設の遺産で強化された先生よりも、あのゴーレムの方が強いみたいです。
『たった一体の攻撃も受け止め切れないか。なら、さっさと終われ!』
「がはっ!」
声の主が命じると、一体目のゴーレムの攻撃を受け止めている先生を、二体目のゴーレムが殴り飛ばしました。
先生は鞠のように地面をバウンドして、それなりの距離を飛ばされていきました。
「すごい!」
私は先生の強さを知っているだけに、その光景に驚かずにはいられませんでした。
「ぐっ、馬鹿な。何故私がこうもやすやすと」
先生はふらつきながらも、苦々しい表情で起き上がりました。
『それは当然だろう』
「何?」
「え?」
『お前は現在進行形で俺の毒に冒されている上、クレイゴーレム達は逆に俺の能力で強化されている。差が著しくないのなら、クレイゴーレム達が圧倒するに決まっている』
「毒、だと。……まさかこの霧の正体は!」
『そう、今言った俺の毒だ。もっとも、この霧の効果は毒だけではないがな』
「何!ぐっ」
声の主と先生が会話をしていると、突然先生が胸を押さえて苦しみだしました。
『他の効果も効いてきたようだな。なかなか良い免疫能力をしている』
声の主は、皮肉げにそう言いました。
「免疫能力?あの霧の他の効果というのはいったい?」
先生が苦しみ悶えるなか、私は研究者としての性か、紫色の霧の効果に強い興味を持ちました。
『知りたいのか?』
「出来れば」
声の主に尋ねられた私は、ついついそう答えてしまいました。
『良いだろう、教えてやる。俺のこの【霧】は、通常スキルの[毒生成][薬生成][瘴気][生気]の四つの効果を併せ持っている』
「四つの効果。特殊能力?」
私が知っているカテゴリーでは、複数の効果を持っているのは特殊能力のはず。
『そうだ。この【霧】は俺の特殊能力の一つで生み出している。もっとも、この特殊能力の効果はこれだけではないがな』
「今の効果だけではないのですか?」
『違う。だがその説明は、自己紹介の時に回す。今はあいつに与えている効果についてだけ説明する』
「わかりました」
本当は一気に知りたかったが、それでも疑問を解消出来ることを、私は内心で喜んだ。
『先程まであいつに与えていたのは、[毒生成]で生み出した弱毒』
「弱毒。弱い毒?あれで弱かったというの!?」
先生達の身体は、はた目では爛れて見えた。
とてもではないけど、あれが弱い毒の結果だとは、私には思えなかった。
『弱いぞ。本来の毒性なら、普通に即死するレベルだからな。あれぐらいなら、弱い方だ』
「そう、なのですか」
信じられなかったが、声の感じでは嘘ではなさそうでした。
『そして今奴を蝕んでいるのは、[薬生成]で生み出した混合薬だ』
「混合薬?どんな薬効なのです?」
『それは「私を舐めるなあぁぁ!!」』
説明しようとしている声の主の言葉に被せるように、苦しんでいた先生が大きな声を上げた。
「先生!」
私が慌てて先生の方を見ると、先生の身体のあちこちがボコボコと隆起しだしていて、先生の形が人型を逸脱しようとしているところだった。
『元気なことだ』
声の主は呆れたような感じだったが、私はそれどころではなかった。
『止めておけ。その必要は無い』
先生が何をしようとしているのか知っている私は、急いで先生の妨害をしようとした。
しかし、行動を起こす前に声の主にそれを制止された。
というか、声の主から制止された途端、私は動けなくなってしまった。
「身体が動かない!?」
『しばらくじっとしていろ。どうせすぐに終わる』
私が混乱している中、声の主はそう断言した。
「すぐに終わるだと!私を舐めるのもたいがいにしろぉぉ!!」
「あぁ」
私達がそんなやり取りをしているうちに、先生の変化が全て終わってしまった。
今そこにいる先生の姿は、まさに怪物。いえ、悪魔だった。
サイズは大型の魔物であるドラゴン並。
姿は、ねじくれた二本の角を持った山羊の頭に、筋肉質な人の上半身。毛深い二足歩行型の獣の下半身。臀部から伸びた細長く、先の尖った鏃型の尾。背より広がる一対の蝙蝠の羽根。
その姿は、物語に登場する悪魔そのものでした。
『デーモン、か。わざわざ的を大きくして、馬鹿な奴だな』
「えっ?」『何だと!』
私が先生の姿に恐怖を覚えていると、声の主は蔑んだように言った。
これには先生も私も驚いたが、すぐに意味がわかることになった。
『ぐうっ!』
紫色の霧が密集し、先程よりも早く先生の体表を爛れさせていく。
いえ、あれはもう爛れているなんてものではない。
あの霧は、先生の身体を溶かしにかかっている。
『俺の能力は、【霧】を媒体にしている。当然、接触面積が大きければ大きい程、一度に与えられる量も効果も多くなる。巨大化なんて、俺にとってはただ組しやすくなったにすぎない』
彼の言っている言葉は、本当だろうと思いました。
現に、先生は先程よりも強く霧に蝕まれているのですから。
『それにだな。別に俺の能力は、【霧】を出すだけじゃないんだよ!』
「『?』」
「婆ちゃん、アレ!!」
「『アレ?………!!』」
声の主が何を言いたいのかわからない私と先生に、傍に居た孫のフレイオンの声が届いた。
私達がフレイオンを見ると、ニクスやフレイオン達は、揃って何処かを見ていた。
私と先生は、揃って夫達の視線を追いました。
そしてすぐに驚愕することになります。
夫達の視線の先にあったのは、巨大な紫色の塊。この階層の天井を埋め尽くす何か。
何故かシンパシーを感じる反面、その圧倒的な物量に、声もありません。
『何なのだ、アレは………』
『落ちろ』
『!?』
私同様茫然としている先生に、声の主が新たな言葉を送りました。
すると、悪魔化した先生の巨体が浮き上がり、頭上の塊目掛けて凄いスピードで上って行く。
『この!』
先生は蝙蝠の羽根を懸命に動かし、なんとか空中に留まろうと頑張っているようです。
しかし、それでは上昇速度を完全には殺せていません。先生は、確実に天井に近づいて行きました。
『とっとと沈め』
声の主の焦れたような言葉が、私の口からもれました。
すると今度は、地面から紫色の雨が天井に向かって降り始めました。
はっきり言って、妙な光景が目の前で展開されています。
生まれてから六十近く生きてきましたが、こんな光景は今まで見たことがありません。
上に降り注ぐ紫色の雨。空中で踊る悪魔。悪魔を飲み込もうとする紫色の何か。
いろいろと常識を疑う光景です。
『ぐうっ!』
私達の見守る中、雨はだんだんと激しさをましていきます。やがて雨はすぐに滝とみまごう程の激流となり、先生を飲み込んでいきました。先生の巨体は紫色の水の中に消えました。
そしてその行き着く先は、おそらくですが先程声の主が言っていたように、あの紫色の何かの中でしょう。
私と夫達は、しばらくの間成り行きを見守りました。




