29.老女の過去6
さらに月日は流れてゆく。
テレササイドは、順調に戦力を増強させていた。
生体兵器の魔物。子供達は大人となり、新たな子供達も数を増やしている。
そして、テレサの研究区画の住人達は、テレサの研究成果と巫女の力でパワーアップしていた。
長い年月を研鑽した結果、テレサはヘルから与えられた力を十全に使えるようになっていた。
その使えるようになった力の内に、魂の潜在能力を引き出すというものがあった。
テレサはこの力を使い、魔物達や住人達の潜在能力を次々に覚醒させていった。
覚醒させられた者達は、全ステータスの向上、前世で持っていた通常スキルの一部獲得、通常スキルの獲得率向上等など、様々な恩恵を受けた。中には、前世の種族の特殊能力や特性を発現させる者まで現れ、わりと人間を逸脱した子供達もちらほらいるようになった。
当然テレサとニクスの子供達も覚醒しており、神獣の能力で空を飛び、魂を浄化する炎を吐く子供までいた。
普通なら奇異の目で見られそうなものだが、テレサの研究区画に外の常識が適用されないことや、前世が魔物だった子供達もわりと混じっており、退かれる程目立つことはなかった。
一方、あれに感染しているプロジェクトメンバー及び被験者達はというと、大量の死者を出しつつ、こちらも研究を進展させていた。
母体を使った実験を繰り返し、その結果魔力が強い個体が被験者に相応しいことなどが判明した。
そのことが判明した彼らは、当然より魔力の強い被験者を求めた。
彼らは魔力の高い被験者達を交配させ、より魔力の高い赤子を生み出さんとした。
魔力はある程度遺伝するものの為、これについてはなんの問題も無く新たな被験者達を生み出していった。
そして、その生み出した被験者達をさらに交配させ、より魔力の高い個体を生み出していくわけだ。
ちなみにこの世界、魔法は普通に存在している。
俺はスキルばかり獲得していたので、この世界は魔法が存在しない世界なのかと最近思っていた。
SP交換には魔法があったが、俺以外にはどうかは不明だったからだ。が、テレサの記憶の中に、普通に魔法使いという人種がいた。
この世界の魔法使いという人種は、王族や貴族の支配階級がその大半が占めている。
極稀に平民の魔法使いもいるが、血筋を遡っていくと、その人物は基本的に王族や貴族の血をひいている。
つまりはそういうことである。
平民にも魔力持ちはいるわけだが、魔法を扱える程の保有量はない。
この事実からして、両者はまったく別の生物だと言えるかもしれない。
さて、そうなると魔力の高い個体とは、必然的に王族や貴族と近い血筋ということになる。
ならばどうするか?
答えは簡単である。
他国の王族や貴族をさらい、テレサ達の国の王族貴族には、胤を蒔いてもらえば良いという結論になる。
彼らもこの国の上層部も、感染によってすでに倫理感が狂っているので、この試みはすぐに実行された。
それにより、また新たな戦火が上がることとなった。
ただし、今回は以前の戦争のような一方的なものにはならなかった。
なぜなら、テレサ達の国の周囲にあった小国はすでに全て無くなっており、現在隣接している国は全て大国だったからだ。
それに加え、テレサ達の国からの侵略に備え、周囲の大国達はかなり前から戦争の準備をしていたのだ。
前のように簡単にいくわけがなかった。
それは長い戦争の幕開け。
また愚かな歴史がこの世界に刻まれたというわけだ。
今回の戦争は数年では終わらず、数年の休戦を間に何度か挟みつつ、ゆうに二十年近くも続くこととなった。
テレサ達の国が狂って数十年。
テレサ達の国は、今では危険な巨大帝国にまで成長していた。
このダンジョンに封印されている魔物や生体兵器達には及ばないまでも、数多くの人体実験で数多の成果を生み出した。
今では軍のほぼ全てが、生体強化兵士と奴隷部隊で占められている。
その戦力は、間違いなく人間種の間では突出している。
さらには大国との戦争で確保した被験者達を用い、さらなる技術も得ている。
過去には届いていなくても、その脅威は計りしれない。
一方テレサ達の方は、技術的なものは頭打ちとなっていた。
さすがに人道的な方法をとり続けると、戦力増強案などはすぐに尽きてしまう。
技術の洗練によって、効率の向上やコストの軽減は出来ているが、強化率は完全な個体任せ。
まあ、魂のポテンシャルを引き出したり、前世の能力を継承させているのだから、それも当たり前だが。
それでも戦力増強がなされていないわけではない。
相変わらずベビーラッシュは普通に続いているし、戦争で発生した孤児の一部を引き取っているからだ。
今ではテレサの研究区画も拡大し、ダンジョンの階層を三階層分占有している。
また魔力が低かったり、無かったりする子供達は、向こう側が不用品扱いで押し付けてくるのだ。
おかげで若い戦力は、テレサ達の国で最大となっている。
そして運が良いのか悪いのか、その不用品扱いされた子供達の中には、ニクスと同じ前世が神獣なのが何人か混じっていた。
当然テレサの能力で神獣としての能力を覚醒させた。けれど予想外なことに、何故か記憶まで覚醒し、テレサの側。というか、管理神であるヘルの勢力と合流した。
そして彼ら、彼女らは、何の因果か全員がテレサの子供達と婚姻を結んだ。
そこから数年もすると、神獣の能力を継承したテレサの孫達が、幾人も誕生した。
ニクスの能力持ちに、他の神獣の能力持ち。極稀にだが、双方の能力を持った子供も生まれた。
人間型の神獣が大量発生している状況だ。
これはあれか、魂の管理神であるヘルが、二千年前の戦いで死んだ神獣達の魂を、この時代。あるいは、テレサの下に送り込んでいるのだろうか?
・・・まあ、それは本人に会った時に聞いてみよう。
ひょっとすると、彼女の方の仕込みかもしれないし。
いや、この施設を発見した時に何も言わなかったんだから、やっぱりヘルの仕業か。
テレサの孫達の成長も見ていくと、ようやくテレサのことが気になった理由に行き着いた。
現在戦闘中の子供二人、両方ともテレサの孫達だ。
けれどなんで、テレサの孫達に首輪や手枷足枷がついているんだ?
今見ている記憶の中には、そんなのつけてい無いのに?
テレサのここ最近の記憶を覗いて見る。
それで理由がわかった。
とうとうプロジェクトメンバー達のアレの感染濃度が、テレサ達の神力による正常化出来る範囲を上回ったようだ。
数年前に彼らはテレサの研究区画を襲撃し、テレサが保護していた者達をさらっていった。
テレサやニクス達、神獣達も応戦したが、向こうはいつの間にか封印していた二千前の魔物達や、生体兵器達の力を手にしていた。
地道に挑戦を繰り返し、未踏空間にあるかつての研究資料やサンプルなどを回収していたようだ。
完成された技術を獲得し、それを元にかつて神獣や管理神達にあだなした者達を、この時代に甦らせたようだ。
さすがにこれはテレサ達も苦戦は免れないな。
さて、それでテレサの孫達がああなっている理由だが、二千前の戦いで使われたやり方が原因のようだ。
管理神側の戦力である神獣、巫女、勇者などを半殺しにして捕獲。
そのまま生体兵器の材料にする。
元が管理神側の存在であるその生体兵器達は、管理神達の力に強い耐性を持つことになる。ついでに元々のスペックもかなり高い。
さらには管理神が直接加護を与える程の者を材料にすることにより、管理神達に対する人質兼肉盾にすることも出来たようだ。
はっきり言ってゲスで最低最悪だ。
そんな歴史があり、この施設にはかつて生体兵器の材料にされた神獣達の細胞などが保管されていた。
彼らはそれをテレサ達からさらった孫達に使用した。
あの二人を見た時に彼女が言っていたとおり、神獣の細胞はヒューマン達には荷が重かった。
神獣の細胞を移植された者達の内、神獣の因子を持っていたテレサの孫達以外は全員死亡した。
彼女はありえないと言っていたが、そのとおりだった。
それで生き残ったテレサの孫達は、首輪を嵌められて今に到っている。
…情報の収集はここまでで良いだろう。では早速介入を始めよう。
悪を滅ぼし、テレサ達を助かる為の介入を。




