104.報告
「聖女様」
ルーチェはエルフ達の街に戻り、それから僅かな時間でお目当てのリュミエールを見つけた。
聖女リュミエールは、街の中心にある集会場に、勇者アーク達とともにいた。
「ルーチェ姉様、何かご用ですか?」
「はい。聖女様達にご報告があって参りました」
「報告ですか?定時連絡の時間はまだですし、何か緊急事態ですか?」
そう思い至ったリュミエールは、緊張した面持ちでルーチェに問い掛けた。
「ある意味では…」
「ある意味では?つまり、緊急事態と言えるかどうか微妙だと?」
「はい。緊急性はまだ薄いと思われますが、かなり重要なご報告です」
「……わかりました。報告をお願いします」
リュミエールは真剣な様子のルーチェの顔を確認し、今ここで報告を聞くことにした。
「はっ!それではご報告申し上げます。つい先程私は、ライトと共に森の中で《ヒュドラ》のメンバーと遭遇いたしました」
「「「「!!?」」」」
ルーチェのこの報告には、リュミエールだけではなく、アーク達も揃って驚きを見せた。そしてその直後、リュミエール達の頭の中では一週間前のダンタリオンとの戦いが再生され、リュミエール達の顔を青くさせた。
「ル、ルーチェ姉様!そ、それはもしや!」
「いえ、ダンタリオン殿ではありません」
怯えた様子のリュミエールの予想を、ルーチェは察して否定した。
「そ、そうですか」
ルーチェの否定で、リュミエール達はひとまず胸を撫で下ろした。
「ですが、ダンタリオン殿ではありませんでしたが、ダンタリオン殿に勝るとも劣らない力を持った相手でした」
「「「「!!」」」」
だが、次のルーチェの言葉で、リュミエール達は再び緊急することとなった。
「第一の頭、《顕現》のアストラルと名乗っておりました。本人いわく、私達と接触したのは幻だったそうですが、それでもかなりの威圧感を私は感じました。それから本体の強さを想定すると、どう考えても今言った予想になります」
「「「「………」」」」
少しの間、重たい沈黙がその場を満たした。
「報告を続けます。ここ最近この近辺で目撃されていた神出鬼没の仮面の人物ですが、どうやらそれが彼だったようです。本人からの証言もありましたので、間違いはないかと思われます」
「「「「!!」」」」
「そして、今まで姿を見せていた理由ですが、どうやら聖女様達をおびき寄せる為だったようです」
「「「「!!」」」」
リュミエール達は、何度目になるかわからない驚きに包まれた。
「…私、達をですか?」
「はい。ですが…」
「ですが?」
「メインターゲットは聖女様のようです」
「私!」
「はい。アストラルから聞いた言葉と、貴女へと預かった伝言を今から復唱いたします。かまいませんか?」
「……わかり、ました。伝言を聞かせてください、ルーチェ姉様」
「わかりました。それではお伝えします。まず最初は、私がアストラルの話しで気になった部分です。
『俺達の目的は管理神達の解放。ドワーフとエルフは、自分達が起こした行動の結果、この世界から滅びる』、と」
「…古き神々の復活に、ドワーフとエルフの滅亡宣言、ですか」
「はい。付け加えますと、今回復活する古き神々は、四柱とのことです」
「「「「四柱!?」」」」
リュミエール達の脳内に、絶望の二文字が浮かんだ。
一週間前に自分達が戦ったダンタリオンは、二柱の古き神々の権能で自分達を一蹴した。
おそらくそれと同格の神々が、四柱も復活する。そして、その神々がダンタリオン達に合流する。
これで希望を見出だせるわけがなかった。
「心中、お察しいたします。ですが問題は、後半の部分です」
ルーチェはリュミエール達の内心を察しつつも、より重要な部分を指摘した。
「自分達の行動の結果。つまり、今回の戦争のせいで両者は滅亡する、と?」
「直近の両種族の行動から考えますと、それが妥当なところだと思われます。ただ…」
「ただ?」
「今は戦時中ですので、極秘りに何らかの決戦兵器。または、決戦魔法の類いが研究・用意されている可能性はあります」
「たしかに、両種族の戦争は今まで何度となく繰り返されてきました。こたびの戦争を最後にする為に、エルフ族が私達にも秘密にしている切り札がある可能性は否定出来ません。そしてそれは、ドワーフ族にも言えることでしょう」
「はい。ですので、私達の方で情報収集をした方が良いと思われます。敵であるドワーフ族のこと。そして、味方であるエルフ族のことも…」
「そうですね。わかりました。本国の方に、調査を依頼しておきます」
「はっ!」
リュミエールはそう言うと、このことを誰にどこまで報告しておくのか、考えを巡らせはじめた。
「次に、アストラルから聖女様への伝言をお伝えします」
「わかりました」
ルーチェはリュミエールが考え終わるのを待ち、そして次の伝言を伝える為にリュミエールに声をかけた。
「伝言の内容は次のようになっております。『因果は応報し、業は形を顕す。自分達の行ってきた禁忌のツケが、お前達に滅びをもたらすのだと』、いじょうです」
「…………」
アストラルからの伝言を聞いたリュミエールは、顔色を真っ青に変え、今にも失神してしまいそうな様子を周囲に見せた。
「…その様子ですと、少なくとも心当たりはあるようですね」
「………」
「リュミエール?」
「………」
確信を持ったルーチェや、心配した様子のアーク達にリュミエールは何も答えようとはしなかった。
いや、あるいは出来ないのかもしれない。
リュミエールは何かを口に出そうとしているが、その度に喉を押さえて声を出せずにいるのだから。
「…規制がかかっているのですね」
「………」
こくり。
リュミエールの様子から事情を察したルーチェは、そう確認した。
そうすると、リュミエールは肯定の頷きをした。
「規制が入っているということは、アストラルが言っている禁忌というのは、聖女様個人のものではなく、光神聖教会自体が起こしたもののようですね」
こくり。
またリュミエールは頷いた。
「光神聖教会全体が関わっているいじょう、あまり詮索しない方が良さそうですね。少なくとも、リュミエールには答えようがないことでしょう」
こくり。
「なら、話しは相手側に向けましょう。アストラルやダンタリオン殿。《ヒュドラ》は光神聖教会の秘事をどうやって知ったのか?また、何が起こると考えているのでしょう?」
ルーチェはリュミエールから視線を外し、アーク達全員に自分の疑問を伝えた。
「リュミエール。これらについては答えられますか?」
「申し訳ありませんルーチェ姉様。私にはどちらもわかりません。ただ…」
「「「「ただ?」」」」
ルーチェ達の視線がリュミエールに集まった。
「私はここ一週間、ダンタリオンの言葉の真実を。古き神々について調査をしました。その結果、いくつかわかったことがあります」
「それはどんなことですか?」
「それは…」
ルーチェに聞かれたリュミエールは、アーク達にも聞かせるように、自分が知ったことを語りはじめた。




