第12章 輝けるもの
12.輝けるもの
7月の暦もめくられ、梅雨の雨上がりの公園で みのりは星夏を遊ばせていた。砂場でせっせと何かを作る娘の姿を見守りながら、脇にあるベンチに腰を下ろしたみのりの隣には由美姉がいた。
「いつ発つの?」
「来週」
「・・・随分と思い切ったわね」
由美姉が足を組み替えながら言った。
「こういう事は勢いが肝心だからね」
由美姉の横顔を暫く眺めてから、みのりが聞いた。
「大地君の事は・・・どうするの?」
途端に目を丸くした由美姉が みのりに顔を向ける。
「・・・何の事・・・?」
「私の目、ごまかせると思ってるの?」
「・・・・・・」
「それで、忘れられるの?」
「ちょっ・・・ちょっと待って。何で大地の事・・・。沙希ちゃん・・・知ってるの?この事」
黙って首を横に振るみのり。
「沙希ちゃんは、気が付いてない。何で結婚式に来てもらえないのかって、沙希ちゃん相当落ち込んでて・・・相談受けたの。で、ピンときちゃってね」
まだ口を開こうとしない由美姉に、みのりが体を向けた。
「いつから?初めっから?」
諦めたのか、ようやく由美姉が首を振った。
「私がこっちに来た時には・・・何とも思ってなかった。ただの男友達の一人としてしか。あいつがメキシコから戻ってきて・・・沙希ちゃんを忘れられないでいた時も、まだ気が付いてなかった。その後あいつが紹介された女の子と付き合う事になって・・・その位から なんか気持ちが変だなって・・・。前に進み始めたあいつに『良かった』って思う気持ちと、その子に気持ちを乗せていくのが嫌だなって・・・。でも、過去に区切りをつけて ようやく前向きに進み始めたあいつに、私の気持ちなんて言える訳ないよ。だから、自分の気持ちは無かった事にして あいつの幸せだけを願おうって決めたんだ。そしたらさ、今度沙希ちゃんがひょいって現れて・・・」
そこで星夏がみのりの方を振り向いて、
「ママ」
と葉っぱを一枚手渡した。覚えたての『パパ』『ママ』『バイバイ』だけでは意思の疎通は難しいが、すぐに砂場に興味を戻したところを見ると、どうやら後で使うつもりらしい。その葉っぱの根元を持ってくるくると右に左に回しながら、みのりは由美姉の話の続きを聞いた。
「沙希ちゃんが 大地に気持ちを伝えるの迷ったの、凄く分かる。私も同じだったから。でも沙希ちゃんは言う方を選んだ。・・・私に出来なかった選択をした。きっと沙希ちゃんは 私と違って育ちがいいから・・・自分の気持ちに純粋でいられるんだと思った」
そこで自分の内面を隠すかの様に、ははっと笑ってみせた。
「・・・お母さんの事・・・恨んでるんだ?」
またごまかす様にははっと笑ってから、由美姉は口を開いた。
「・・・そうなのかもね。自分の気持ちに正直になろうなんて事より、奪われた側の・・・残された側の辛さを思っちゃう・・・」
葉っぱのくるくるを無意識に続けながら、みのりが質問する。
「自分の気持ちに正直に生きた沙希ちゃんが、お母さんや・・・その相手の人と重なるの?」
「ううん。そんな風には思ってない。皆そうやって壁にぶつかりながら、戦いながら前に進んでってるのに・・・私だけ・・・止まってる。自分の気持ちと向き合うのをやめた私が・・・心機一転前に進むには、ここ何年かの影のない所に場所を移すしかないかなって」
「・・・大地君に気持ちだけでも伝えて、区切りをつけてから行けば?」
「大地は・・・多分感づいてる。あいつは・・・凄く優しいし・・・人の気持ちの奥が分かる奴だから・・・私が何で言わないのかも、理解してると思う」
星夏が砂で作ったご飯の上に、みのりに預けていた葉っぱを刺して、にっこりとこちらを向いて笑った。
「出来た!」
拍手をして娘に応えるみのりの様子を眺めながら、由美姉が言った。
「それにしても、大地があんたの義理の弟になっちゃうとはね・・・」
その言葉を聞いて、はっとするみのり。
「私からも離れてくつもり?」
由美姉は又ははっと笑ってみせた。
「心配ご無用!いずれちゃんと戻ってくるから。男ごときで人生捨てたりしないから」
その数日後大地の家に書留が届く。由美姉からの結婚祝いで、中にはメモが入っていた。
『結婚おめでとう。末永くお幸せに。礼はいらない』
たった三言だった。しかし今までの様な冷たさはなく、大地はそれに彼女らしさを感じ、思わずふっと笑ってしまうのだった。
「お祝いありがとう」
電話の向こうで、相変わらずのぶっきらぼうな由美姉がいる。
「だから『礼はいらない』って」
「あぁ、そうだったな」
いつもの二人のやりとりだった。
「私さ・・・ちょっくら旅に出てくるから」
「旅?!」
「ギター一本、日本縦断の旅~!」
「一人で?」
「そりゃ、こんな突拍子もない旅について来る奴なんかいないっしょ」
「大丈夫かよ。一応お前、女なんだぞ」
「・・・ありがと。一応女だって認めててくれて」
「・・・」
「ギター一本で北海道から沖縄まで、路上で歌いながら 自分の力を試してくるわ。自分の実力を試したいって気持ち、大地ならわかるでしょ。この旅で、箸にも棒にも引っ掛からなかったら、音楽の夢、きっぱり諦める」
「そっか・・・。頑張って来いよ。どうせ連絡なんてして来ないんだろうから、ネットで話題になって俺の目に届く位輝けよ」
「おう」
「・・・北海道に来る時は、さすがに連絡くれるんだろうなぁ?」
「・・・・・・」
「・・・だよな。わかった。時々お前がどこまで進んでるかを、気にしてネットで調べろって事だな?皆にも言っとくよ。あいつ淋しがり屋だから、忘れられたくないって言ってたって」
「・・・ったく・・・」
受話器の向こうから聞こえる 鼻で笑う由美姉の様子がふっと途切れる。そして大地が、そろそろ最後のはなむけの言葉を考えていると、由美姉が先に言葉を発した。
「沙希ちゃんにも・・・おめでとうって・・・」
「あぁ、伝えとく」
「心配しないでって・・・」
「あぁ」
「・・・・・・」
「由美・・・ありがとう」
「・・・な~によ、急に」
「冗談じゃなくて・・・本当に、色々ありがと。感謝してるよ」
暫く静まり返った受話器から、急に由美姉の大きな声がはみ出る。
「これでもう一生の別れみたいだなぁ」
大地は大きく息を吸って、言葉を返した。
「今までの由美を置いて、生まれ変わって帰って来い」
「・・・・・・」
「応援して、待ってるからな」
「・・・・・・」
「それでも、どうしても駄目になりそうな時一回だけ、電話掛けてきていい権利、餞別にやるよ」
受話器を離して かすかに遠くで鼻をすする音がしてから、由美姉がいつもの口調で返した。
「大スターになって帰って来て、驚かないでよね」
最近の大地と沙希の電話の内容は、もっぱら結婚式やそれにまつわる連絡事項が殆どで、今日は遠方から来る親戚の為に予約するホテルの部屋数の最終確認で大地が電話を掛けてきていた。そして一段落必要事項を終えると、沙希が思い出した様に切り出した。
「私ね、新婚旅行から帰って来て 荷物とか片付いたら、すぐ仕事探しに出ようと思ってるんだけど、いいよね?なるべく早く始めたいと思ってる」
「暫くこっちの生活に慣れて、近所に馴染んでからでもいいんじゃない?・・・それとも、いきなり親と同居だから 息抜きの場所が欲しいのかな・・・」
「違う違う!」
「あ、そういえば うちの親がさ、次探す仕事は 子供が出来たらすぐ辞められる様な・・・近所の店のパートみたいなのがいいんじゃないかって・・・」
「・・・・・・」
沙希の口数がぐっと減ってしまったのを受話器越しに気にして、大地が 見えない沙希に気を遣う。
「沙希は・・・エステ・・・考えてた・・・よね?」
「あ・・・うん。でも・・・何でもいいよ」
「市内まで出ればエステもあるだろうし、俺はそれでいいと思うんだけどさ」
「・・・・・・」
「お袋にもそう言ってみたんだけど、今から正社員で勤めちゃうと 子供が出来ても すぐ辞められないだろうって・・・」
「うん・・・」
「だけどエステなら経験もあるし、すぐに働かせてもらえるかもしれないもんな」
「だから・・・いいって。何でも」
「・・・良くない声してるよ」
「そんな事ない」
「・・・今、本当は何思ってるか、言ってよ」
「・・・・・・」
「これからもさ、親と一緒に暮らしてくと・・・色々あると思うんだけど、それ話して欲しいんだよね。これからは、二人で何でも話しながら・・・さ」
「・・・・・・」
受話器越しに、大地の小さな溜め息が聞こえる。
「強情な沙希の心を開かせるのは、至難の業だな・・・。」
その言葉を聞いて、沙希も小さい溜め息をついた。
「・・・そうじゃなくて・・・」
ようやく話し始めた沙希の次の言葉を、大地はじっと待った。
「・・・・・・お父さんもお母さんも・・・子供・・・楽しみにしていらっしゃるんだなと思って・・・」
「そりゃ・・・まぁそうだね。姉貴が昔結婚した時もさ、『元気なうちに孫抱けるかな』って楽しみにしてたし、今度は内孫だからさ。尚の事かもね」
「・・・・・・」
「・・・それが・・・?」
「申し訳ないな・・・」
「なんで?・・・子供・・・欲しくないの?」
「欲しいけど・・・きっと・・・当分無理・・・」
「・・・・・・」
今度は大地が黙ってしまう。
「私はいいんだけど・・・」
「・・・・・・ごめん」
ボソッと大地の口からこぼれ落ちた三文字が、二人の間に深く沈んだ。
「大地が謝る事じゃない。元々は私が・・・」
すると、即座に大地がその言葉を遮った。
「そういうの やめよう。そういう、どっちの責任みたいな・・・」
「大地の その優しさが余計にいけないのかな。もっと・・・何て言うか・・・私の事を思うままに罵って、ぶちまけてみたら?大地は私を許したんじゃなくて・・・自分の感情に蓋をしただけなんじゃないかな・・・。だから・・・きっかけさえあれば、いつでもそのマグマが吹き出しそうになる・・・」
「沙希にはそう見えるって事か・・・」
「・・・今度・・・もし そういう感情が湧き起こった時は、止めないで そのまま吐き出して。お願い・・・」
大地が覚悟を決めた様に頷くと、また一つ思い出した。
「そうだ。披露宴でさ、川崎のバンド連中に一曲お願いしてたでしょ?そしたらあいつ等『新郎新婦の二人にキスさせよう』って話で盛り上がってるらしいんだけど・・・大丈夫?」
「・・・・・・」
「また沙希・・・震えちゃうかなと思って・・・。親が固いから、そういうのまずいって言って、断ろっか?」
「・・・大地は・・・平気なの?」
「・・・皆もいるし・・・多分大丈夫」
沙希はふっと苦笑いをする。
「皆もいるし・・・か」
「いや・・・何て言うか・・・。それに一瞬でしょ?一瞬」
沙希は更に溜め息の様な苦笑いをこぼす。
「・・・ひどい言い方・・・」
慌てて言葉を足す大地。
「いや、そういう悪い意味じゃないよ。何て言ったらいいか・・・」
「いいよ、大丈夫」
「違うって。沙希 絶対誤解してる」
必死の大地と、力のない沙希の言葉のキャッチボールが続く。
「こういう事、曖昧にしておきたくない」
「・・・・・・」
その時、大地の携帯電話が鳴っている音が、受話器を通して沙希の耳に届く。
「電話・・・」
「・・・仕事の電話 入っちゃった・・・」
「出て、そっち。私、本当に大丈夫だから」
そう一方的に言って、沙希は電話をブチッと切った。
もういよいよ結婚式を二週間後に控えた頃、神林と馴染みの炉端焼き屋で飲んでいた。もうなかなかこうして飲む事も無くなると、神林の方から沙希を呼び出していた。
「どう?マリッジブルーになってる?」
少し考えてから、沙希が言った。
「そりゃ何も分からない所での生活が始まるから 考えたら不安になるけど・・・。あんまり考えない様にしてる、余計な事は」
にっこり笑って神林が、一口ビールを飲んだ。
「俺も・・・彼女にプロポーズしたんだ」
「えぇ!そうなの?おめでとう!・・・だよね?」
無言で親指を立てて見せる神林が、一番のどや顔を沙希に向けた。
「何年になるっけ?」
「4年」
「結婚を決めたポイントって・・・何かあるの?」
「う~ん・・・強いて言うなら・・・この子は何があっても俺を裏切らないだろうなっていう・・・信頼というか・・・安心感、かな」
沙希の胸の奥が、少し痛んだ。
「男の人は、そういう所を見てるんだ・・・」
「きっと沙希の彼氏だって、そう思ってるよ」
沙希は笑顔が少し引きつるのを自分でも感じ、とっさに目をそらすとビールに口をつけた。
「ねぇ、もし彼女が浮気したって分かったら・・・男の人は、どう?」
箸で揚げ出し豆腐をつまんで口へ運ぼうとしていた神林の手が止まる。そして沙希の顔を見て、一瞬止まった。
「随分・・・急だな」
「あっ・・・ごめん。結婚が決まったって人に、相応しくない話題だったね」
「いや・・・そんな事は別にいいけど・・・」
沙希がもう一口ビールをごくりと飲んで、話題がどちらへ進むかを待っていると、神林が豆腐を飲み込んでから言った。
「男の浮気より、女の浮気の方が・・・許されにくい風潮にあるのは確かかもな」
相槌のない沙希をちらっと見てから、神林は続けた。
「まぁ仕方ないか・・・とは いかないな。それを許せるかどうか・・・俺も自信ないな。・・・ま、もし許すとしたら・・・それ以外の部分の彼女を 自分が必要としてるか・・・かな。だけど、一度崩れた信頼関係を取り戻すのは・・・なかなかだろうな。相手を100%信じられないで苦しむのに耐えかねたら、破局かな・・・」
「だよね・・・」
もう一度神林は 沙希の顔を見てから続けた。
「そいつとは こんな事したのか?とか、そいつの前では こんな顔も見せたんじゃないかって思ったら、嫉妬の鬼と化すだろうし・・・変な話だけど、そいつとの思い出や経験を俺が上塗りしてやるって、きちがいの様に相手を求めるか・・・彼女には触れられなくなるか・・・どっちかかな」
そこまで言って、神林が沙希の顔色を窺った。
「これって・・・実話?」
嘘をつくのをためらわれ、沙希が一瞬たじろいだ隙間に 神林が背を丸くして小声で言った。
「祥子が引っ掻き回したっていうあの男との事・・・バレたの?」
「・・・・・・っていうか・・・話した」
「自分から?!」
こくりと頷いたのか、首をうなだれたのか分からない様な仕草をする沙希。
「・・・どうして また・・・」
「・・・だよね・・・」
「・・・ま、らしいっちゃぁ、らしいけど・・・」
枝豆をつまんでみる沙希。
「それ知った上で結婚を選んでくれたんだから、愛されてるって事なんじゃないの?それに・・・知らない相手だっていう所は救われてるよな。ほら、顔とか知ってたら、やっぱ嫉妬や怒りも強くなるっていうかさ」
「・・・・・・」
「慰めになんないか・・・」
取り皿に枝豆をそのまま置く沙希。
「バッタリ・・・」
「・・・えぇ?!」
信じられないと言った表情で、開いた口が塞がらない神林。
「・・・で、どっち系?俺がさっき言った・・・気が狂った様に激しくなるか・・・距離を置かれるか・・・」
「・・・後者」
「・・・大丈夫?結婚式まで、もう日が無いよ」
「彼も努力してくれてるんだけど、体が・・・拒絶反応を起こすのか・・・頭が暴走するのか・・・ダメみたい・・・。でも、私は待つしかないから・・・」
う~んと頭を抱える神林。
「男って・・・結構デリケートな生き物だからな・・・」
おしぼりで手を拭いて、そのついでにテーブルについたグラスの水滴を拭く神林。
「ってか、俺 逆に彼氏の事、尊敬するわ。凄いと思う」
枝豆をぱくりと口へ運ぶ神林。
「当分はしょうがないよ。沙希には悪いけど・・・一緒の布団に寝るのも、暫くは無理だと思っといた方がいいよ。ほら、昔っからさ、世界中に一夫多妻制はあるけど、逆はないだろ?男女差別じゃないけど、そんだけ男ってのは所有欲が強くて、その逆をされたら本能が受け付けないのかも。ま、言い方変えれば、それを簡単に許せたら 男じゃなくなるっていうか・・・」
以前に『やった事は必ず返ってくる』と言っていた由美姉の言葉が、沙希の頭の中をぐるぐる回った。あの時は、同じ目に自分が遭うという意味に思っていたが、軽率に他人を受け入れた自分が、一番愛して欲しい相手に受け入れてもらえないという現実がある事に、今更深いため息をついた。
「何が辛いって・・・もう変えようのない過去が 彼を苦しめてて、それに対して私は何も出来ないのが申し訳なくて・・・」
ジョッキに残った僅かなビールを飲み干すと、神林が言った。
「人が一瞬一瞬選択しながら生きてるのは 点だけど、その点が今の点に繋がってて、現在の点が未来の点まで繋がってる。点の様だけど、線なんだよな。過去の点の連続が今を作り、今の点の連続が未来を作り上げるんだから、思い描く未来からかけ離れた点を残さない様にすれば、遅くてもそこへは辿り着けるんじゃないかな。近道より・・・いい事もあるよ」
そこで神林がウーロンハイを注文する。
「やっぱり越えられなかったって・・・離婚になる事もあるかなぁ・・・?」
また沙希の顔を見て、神林の動きが止まる。そして少し考えてから口が動き出す。
「俺もまだ結婚未経験者だから何とも言えないけど・・・お互いに、周りと比べなければ大丈夫なんじゃない?」
ゆっくりとその言葉を飲み込みながら、沙希はもう一つ聞いた。
「子供が出来ないと・・・やっぱ・・・親や親戚からの風当たりも強くなるよね・・・」
「な~んだぁ。やっぱ色々心配してんじゃんか。『考えない様にしてる』なんて言ってたくせに」
「だって・・・」
そこへ運ばれてきたウーロンハイを一口飲んでから言った。
「子供は天からの授かり物。夫婦が上手くいってようが そうでなかろうが、授かる時には授かる。授からない時は授からない」
先日大地に仕事の電話が入ったのをきっかけに、ガチャンと半ば一方的に電話を切ってから、沙希は大地からの着信を取らずにいた。あの日、仕事の電話を終えてすぐに 大地が沙希へ電話を掛けたが、いっこうに出ないままで、あれから3日間沙希は大地を拒み続けていた。そして今日、大地から何度目か分からない着信に ようやく沙希が出たのだった。
「怒ってもいいけどさ、電話に出ないとか やめてくれよ」
「・・・・・・」
「あの時は・・・傷つけてごめん。俺の言い方が無神経で・・・本当にごめん」
「・・・・・・」
「・・・結婚式まで、ずっと怒ってるつもり?」
「・・・怒ってない」
「じゃ・・・何?なんで俺を避けてるの?」
「・・・避けてない。だから電話に出たじゃない」
大地はふっと溜め息を吐いてから、言葉を探した。
「・・・じゃ、どうすればいいの?どうして欲しいの?明らかに不機嫌でしょ?」
「・・・・・・」
「この間の披露宴の件は、断っといたから。安心して」
「・・・安心してって・・・何?自分が一番ほっとしてるんでしょ?」
「・・・何だよ・・・その言い方・・・」
大地は、さっきよりも深い溜め息をついた。そして暫く沈黙が走る。沙希も部屋に積まれた引越しの荷物を眺めながら 大きく息を吸い込んで、『あのさ』と口が言いかけたところで、大地が一歩早くスタートを切った。
「今日は・・・もうやめとくわ。ごめん、切る。また今度掛ける」
大地が先に切った電話からは通話が途絶えた事を知らせるプープープーという音が、沙希の耳に悲しく響いていた。それを遠くに聞きながら 沙希は、なかなか素直になれず 終始不機嫌な態度をとってしまった自分を悔やんでいた。耳から電話を離すと沙希は、自分は一体何に不満なんだろうと自問自答していた。先日の電話での大地のちょっとした言い回しに腹を立てているのか・・・。過去の過ちを根に持ち、距離を縮められずにいる大地に苛立っているのか・・・。それとも・・・。それとも、いずれ昔の様に大地に愛してもらえるかどうかが不安で、未来を信じられないでいる弱い自分に怒っているのか・・・?どれも合っている様な、またどれも違っている様な気がする。式を間近に控え、変な電話の終わり方が二度も続き、沙希は携帯を手に取るが、大地に掛ける勇気は出なかった。
大地が先日の電話の最後に『また今度掛ける』と言った『今度』とは 一体いつのつもりなのか、沙希はじりじりとした気持ちを抱えながら 大地からの電話を毎日秘かに待っていた。大地の気持ちの整理がついたら掛けてくるつもりなのだろうと思うと、まだ掛けて来ないのは この間すねた沙希に対して穏やかでない感情を抱いているからに違いないと思うと、とてもとても自分から電話をかける気持ちにはなれなかった。しかし、もしかしたら このまま式の日まで話をする事無く当日を迎えてしまうのかと思うと、それもまた避けたい未来の一つであった。すると、先日神林が言ってくれた話を思い出す。
『思い描く未来から掛け離れた点を残さない様にすれば、遅くてもそこへは辿り着ける』
今の自分の足元の点は、明らかに理想とする未来とは違う方向を向いて進んでいた。沙希は部屋の窓を開け 夜空を眺めてみる。細い三日月の周りには薄っすら雲が掛かっていた。欠けてきた月なのか、満ちていく月なのか・・・そういえば最近はめっきり空を眺めなくなっていた事に気づく。この前空をゆっくり眺めたのは、小樽の露天風呂に 大地と二人 気分転換に寄った後の夜だったような気がする。あの日まさかの青葉との鉢合わせにも、大地は精一杯の包容力で『もう忘れよう』と言ってくれた。『大地が私を受け入れてくれる日が来るまで待つ』なんて言っておきながら、もう自分は 大地を見えない針でせっついている。・・・・・・そんな事をぼんやりと考えている沙希だった。
時を同じくしてその晩、大地も部屋の窓から三日月を眺めていた。パソコンデスクの前の窓を開け放ち、椅子の背もたれに寄り掛かって腰掛けると、ちょうど視線の先には月がぼんやりと姿を現していた。
そこへ戸をノックして母親が顔を覗かせた。
「遅くにごめんよ。まだ起きてたかい?」
椅子ごと振り返る大地。
「芽衣子の部屋の押し入れだけども、あんた達の布団二組入れたら 河野さんの荷物 たいして入らないべ?したら やっぱ、タンスでも一つ買った方がいいんでないかい?」
「んん・・・荷物が来てから、また考えるよ。ありがと」
「そうかい・・・?あっ、布団は新しいの準備したっけ、心配しなくっていいよって言ってくれたかい?」
「あ・・・いや、まだ・・・」
「なして?早く言ってあげないんだべ。それとも あれかい?自分の慣れた布団のがいいんだべか?」
「そんな事ないと思うよ・・・。新しく準備してくれたって聞いたら、きっと喜ぶよ」
すると、途端に母の顔は嬉しそうにほぐれた。
用件が済んで部屋を出て行こうとする母が、もう一度振り返った。
「いきなし同居なんて、河野さんがっかりしてるかねぇ・・・。父ちゃんは私の心配して こったら事になったけんど、私は別に父ちゃんと二人だって平気だぁ。したっけ・・・」
「沙希は一つも嫌だなんて思ってないよ。むしろ、親孝行させてもらいたいって言ってるよ・・・」
少し安心した表情を見せて、母が言った。
「ほんとに優しい娘さんなんだべなぁ・・・。あっ、もうすぐ嫁になるのに『娘さん』っちゅうのもおかしいなぁ。今までみてぇに『河野さん』って言う訳にもいかねぇし・・・。やっぱ『沙希さん』かねぇ?それとも『沙希ちゃん』の方がいいかい?」
大地が初めて 少し笑いながら返事をした。
「どっちだっていいよ」
その後部屋を出て行く母の後ろ姿が、やけにいそいそと見えた。そして大地は もう一度窓の外の月を見て、決心した様に電話を手に取った。
「もしもし・・・」
沙希の携帯が 小樽の大地からの回線を繋げた。
「イラついたまま切って、何日もそのまんまにしてごめん」
「私こそ・・・ごめんなさい」
沙希も 思い描く未来の点に近付ける様にと、素直に謝った。
「色々考えたんだけどさ・・・。この前沙希、『過去の色んな事に対して湧き起こった感情を我慢しないで吐き出して』って言ってくれたよね?」
沙希の心臓が、静かに脈拍数を上げていった。
「この前行った温泉でさ・・・あの時は本当に全部ひっくるめて沙希を愛そうって思ったんだけど・・・やっぱ あれから時々思い出しちゃってさ」
沙希の頭の中では 神林の『相手の顔見ちゃったら嫉妬や怒りも強くなる』という言葉が、再生されていた。
「あん時は、何が何だか分かんなくて必死だったから気付かなかったけど、後で冷静になって考えると・・・いくつか疑問・・・っていうか 出てきて」
沙希は唾をごくりと呑み込んだ。
「いや、色々知りたい訳じゃないんだ。むしろ・・・知りたくない。だから一から十まで聞こうとも思わない」
受話器の向こうから相槌の一つも聞こえてこない事に、大地は少し空気を緩めた。
「前置きが長いよな。ごめん」
上がりきった脈拍を抱えた沙希の耳には、大地がゆっくりと息を吐き出すのが聞こえる。
「あの時・・・彼のお母さんとも顔見知りだったよね?・・・それって・・・親に紹介されたりする程・・・深いつき合いだったんじゃないかって・・・。沙希は当時・・・俺じゃなくて、あの彼と将来を考えてたんじゃないかって・・・」
「・・・・・・」
「俺はさ勝手に、沙希が淋しさに負けて その時だけ傍にいてくれる他の人になびいちゃったんだって・・・ほんと勝手に思い込んでたし・・・。ちゃんと聞かなかったのが悪いんだけど・・・」
「・・・体だけ裏切ったのか、心まで裏切ってたのか・・・そういう事でしょ?」
沙希の声は震えていた。
「こんな話、やっぱり電話でするべきじゃなかったね」
「・・・いいよ、大丈夫」
暫く無言の時が流れる。大地は再び椅子の背もたれに寄り掛かりながら、月を眺めた。そして沙希もまた、隠れてしまいそうな月を何となく見上げて 大地の返事を待った。
「結局、俺の腹が決まってないって事なんだ。本当の事を聞いた上で、それを受け止めて消化できる器が自分にはないって、どっかで思ってるんだ。沙希を許してない訳でもないし、むしろ以前よりも大切に思う気持ちは深くなってると思うのに・・・」
沙希は深呼吸を深く一回した。
「さっきの答え聞いたら、私の事許せなくなるかも・・・」
「・・・どういう意味?」
「体だけ裏切ったって聞いたら、私を見る目が変わると思う。でも、心まで裏切ってたって聞いた方が 傷付くでしょ?・・・はっきりと聞いてないから、私を許してるつもりになってるんだと思う・・・」
「・・・・・・」
「聞く?・・・聞かない?」
大地は椅子の向きをくるりと変えて、窓に背を向けた。
「こんな事話したって、お互いを傷付け合うだけじゃないのかな。それとも、俺が事実と向き合うのを避けてるのかな・・・」
「・・・わからない。分からないけど・・・こういう話、なんで今なんだろうって・・・。するなら、もっと早くしておくべきだったんじゃないかって・・・」
沙希は雲に姿を隠した月を諦め、ベッドに腰を下ろした。
「大地は・・・このまま式を迎えても、笑顔でいられる?」
「沙希こそどうなんだよ?」
「私は・・・大地が平気なら、平気」
「俺だって、沙希が大丈夫なら・・・俺は平気」
沙希がふっと笑うと、大地もつられてふっと笑った。
「じゃ、式終えて 婚姻届出しに行って、その晩 また話そう」
「夫婦になって初めて迎える夜に・・・おっきな爆弾仕掛けてあるみたいだね・・・」
「それはそれで、記念すべき初夫婦喧嘩になるかも。婚姻届出した後なら、お互い向き合うしかなくなる」
大地のその言葉に、二人はまたふっと笑った。
沙希の結婚式の一週間後には、両親のカナダ移住が決まっていた。沙希は遅ればせながら自立する時が迫っている事を実感していた。両親の引越しの荷造りが進むと 段々に家の中が物淋しくなってはいたが、母は実に落ち着いた様子で、娘の結婚も自分達の引越しも控えているとは思えない程だった。
ある晩 母が沙希の部屋をノックした。
「明日荷物出すんでしょ?出来た?」
「うん・・・。大した物持っていかないから。お布団も むこうで新しいの準備して下さったって言うし、服とか本とか・・・たかが知れてる量だから。お姉さんの使ってたお部屋を夫婦で使わせてもらえるみたいなの。だから小さいけどタンスもあるし、足りなかったら その時買い足そうって」
「そう。有り難いわね」
そう言って、母はにっこりと微笑んだ。
「それより、こっちに机もベッドも置いていって・・・本当にいいのかな?」
「星夏が大きくなったら使ってもらえばいいんだから」
「だって、随分先の話じゃない」
母は沙希の机の淵にある小さな傷を触りながら言った。
「あっという間よ・・・」
開け放った窓から 夏の夜風がカーテンを揺らしながら舞い込んで、感慨深げな母の頬を撫でた。そして母はそこから夜空を見上げた。
「人生なんてあっという間。子供の成長もあっという間だし、結婚生活もあっという間。だから、辛くて悩んでる時も 過ぎてしまえばあっという間」
沙希の耳に母の言葉が止まる。母の横顔を見上げる沙希に、母は窓から少し身を乗り出す様にして空を見上げながら 言った。
「夫婦は太陽と月みたいでないとね」
すぐには理解できない その言葉に、沙希が母の次の言葉を待つ。
「いっつも してもらうばっかりじゃ、駄目よ」
そして母は、沙希に手招きをした。窓の外を並んで見上げると、母が月を指さした。
「月は・・・どうして輝いて見えるか、知ってる?」
「・・・・・・」
「太陽の輝きを受けて、明るく見えるの」
「そっか・・・。そういえば、月はただの惑星だもんね・・・」
「・・・彼が沈んでる時は、あんたが照らす役になるのよ」
「お母さん・・・」
「沙希には 何の嫁入り道具の準備もしなかったから、せめてこれ位ね。持って行きなさい」
沙希の瞳からは涙がじわりじわりと溢れ出し、頬を伝い落ちた。そんな沙希を母は優しく抱きしめた。
「彼となら、きっと上手くやっていけるから」
沙希は母にしがみついた。
母は沙希の背中をなだめる様にトントンと叩いた。
「何があっても、あんたを幸せに出来るのは大地君だけだし、彼を幸せに出来るのも沙希だけなのよ」
母の手はいつの間にか、沙希の背中をさすっていた。
「今がどうしても辛い時は、三歩先を見なさい。それでも辛い時は一年後。それも駄目なら・・・空を見なさい。希望も答えも、全部自然の中にあるから」
その言葉を聞いて、以前京子が『自然に足りない物は無い。足りないのは全部自分の心』と言ったのを思い出した。
カラッと晴れて抜ける様な青空の恵みを頂いた7月の大安吉日。結婚式当日の朝早く、羽田からの便に乗る為に沙希はバタバタと家の中を走り回っていた。
同じ便で北海道に向かう両親は、準備を済ませて玄関で靴を履いていた。
「お父さん達の飛行機のチケット、渡したっけ?私が持ってたっけ?」
「『一緒に行くから、持っておくね』って、あんたこの前言ってたじゃない」
「えぇ?どこ入れたっけ・・・」
「落ち着いて探しなさい」
半ば呆れ顔の父。
沙希が生まれ育った家を出たのは、実に慌ただしく思い出に浸る余裕もなく、それでも無事に予定の便に乗り、いざ北海道の地へと飛び立った。
飛行機の中でようやく落ち着いた頃、沙希が隣に並んで座る両親に改まって顔を向けた。
「こんなとこで、何なんだけど・・・」
「どうしたの?」
「・・・朝出る時、挨拶出来なかったから・・・」
改めて沙希は背筋を伸ばす。
「お父さん、お母さん、今まで・・・ありがとうございました」
にっこり笑う母の横で、父の眉間にしわが寄る。
「まったくお前は・・・。こんな所で挨拶する奴があるか」
「ごめんなさい・・・。朝・・・バタバタしちゃって・・・」
「昨日の晩だって、いくらでも言おうと思えば時間があっただろう。何でお前はいっつもそう・・・」
母が父の膝に手を乗せて、言葉にブレーキを掛けた。幾つも言いたい小言を父はぐっと呑み込んで、一言だけ言った。
「仕切りの悪さが、お前の最大の欠点だ」
沙希の想像していた、ドラマのワンシーンみたいな親子の挨拶には程遠い状況と、巣立っていく娘に入れた最後の一喝が、沙希のダメージを大きくした。俯く沙希の手をそっと握る母。すると父がもう一言 付け加えた。
「それ以外は・・・なかなかいい子に育ったと思う」
まさかの父からの言葉に驚いた沙希は、顔を上げて父を見ると、腕組みをして目を瞑り 少し倒したシートに寄り掛かった。隣の母はクスッと笑って、沙希の手をもう一度握った。
厳かな緊張感の中で、木村家 河野家の結婚式が滞りなく執り行われ、紋付袴姿の大地と白無垢姿の沙希を囲んで、親戚一同の記念撮影まで終えると、二人は ほんの少しだけ緊張を緩めた。披露宴に集まったそれぞれの友人知人が会場を埋めると、一段と華やかで賑わしくなる。この日の為にアメリカから帰国した京子も その中にいた。昨年5月に結婚した中学時代の同級生ゆかりは、マタニティドレスを着て、以前より少し落ち着いた笑顔になっていた。神林は、自分の結婚式の参考にするからと、あちこちと興味深げに見て回っていた。そして横を通り過ぎたタイミングで、そっと声を掛けてきた。
「彼なら大丈夫。・・・頑張れよ」
今までの内容を知っている神林が、今日初めて大地を見て、男の目線で彼を見て大丈夫と言ってくれた事は、沙希の心の中の勇気を大きくした。そして大地の川崎のバンド仲間達が一曲演奏する前に、大きなスライドの画面いっぱいに、長髪にウェスタンブーツ時代の大地の写真が映し出され、大きな盛り上がりとなった。
最後に 口下手の大地の父親が、ガチガチに緊張する中 なんとか挨拶を終え、披露宴もお開きとなった。
重たくて窮屈な衣装から解放された沙希がほっと一息つく間も無く、大地と市役所に婚姻届を提出しに行った。休日の為時間外窓口にあっけなく出した帰り、二人は二次会会場に向かう為 駅に向かっていた。
「とうとう夫婦になっちゃったね・・・」
「うん・・・。でも・・・まだ、実感ない・・・」
「俺も・・・」
二人は顔を見合わせて笑った。
「当たり前か!」
そして、歩く速度は変わらないまま、大地の方からそっと沙希の手を握った。
「良かった・・・今日沙希、笑ってて」
「大地も・・・笑顔でいてくれて、ありがとう」
「でも、まだ油断できないよ。この後の二次会、これが難関だな」
「どうして?」
「絶対『キスしろ』って言われる・・・」
沙希は大地に満面の笑みを向けた。
「もう心配するの、やめよう。その時はその時。もし・・・駄目そうな時は、合図くれたら 私が言い訳考えるから」
大地は少々驚いた顔を沙希に向けた。
「・・・どんな言い訳?」
「う~ん・・・」
沙希はしばし空を仰ぎ見てから、明るく言った。
「事務所通して下さいって」
思いつきの言い訳の出来を確かめる様に、沙希が大地の顔を確認する。暫く大地が沙希の顔を眺めてから、ゆっくりと言った。
「ありがと」
にっこり笑顔で返事の代わりにする沙希を、再び大地はしげしげと見つめた。時々道行く人にぶつかりそうになる大地を、沙希が繋いだ手を手綱代わりにし、かろうじてすり抜けて通っていた。
「危ないよ、前見て歩かないと。・・・どうしたの?」
「・・・いや・・・」
「何よぉ」
「・・・今・・・素直にキスしたいって思った・・・」
沙希は周りをキョロキョロ見回すと、慌てて口に指を当てて『しー』のゼスチャーをしてみせる。
「やだ、こんなとこで。周りに聞こえるよ」
「沙希が『何』って聞いたんだろ?」
「そうだけど・・・そんな事急に言われても・・・」
「じゃ、いつ?」
「・・・そんなの、わかんないよ・・・」
沙希は段々小声になる。どんどん俯いて、口の中でもぞもぞと言葉を小出しにする沙希とは対照的に、大地は少しそんな様子を面白がっている風だった。
「じゃ、夜、ホテルに戻ってから・・・しよ」
沙希が思わず立ち止まって 大地の顔を見上げると、隣でにやにやと笑う大地がこちらを見て言った。
「あ、今沙希 ちょっとエッチな事考えたでしょ?」
「考えてない!」
口を尖らせて 手をほどくと、再び前にズンズンと歩き始める。それを笑いながら大地が大股で後を追うと、沙希の歩調に合わせながら肩を抱き寄せた。
「いいじゃん、夫婦なんだから」
「もう・・・人の事からかって・・・」
二人の弾ける様な笑い声が 北海道の夏の風に優しく包まれながら、爽やかに吹き抜けていった。
沈みかけた夕日が西の空を赤々と染め、東の空には薄っすらと白い月が現れていた。これからの二人を見守る様に・・・・・・。
(完)
これまで、大地と沙希の成長を見守り 最後まで読んで下さった事、心より感謝申し上げます
これからの二人の生活を皆さんの心の中でご自由に広げて頂けましたら、きっとこの『輝けるもの』が世界にたった一つのあなたの物語になる事と思います。
また、率直な感想やご意見を是非お聞かせ頂きたく思います。今後の作品作りの上に参考にさせて頂きます。
長い間お付き合い下さいまして、どうもありがとうございました。
またの出会いを楽しみにしております。。。