98.羽柴家vs北家(転)
足場の悪いタイルを走る音が聞こえた。
しかし舳艫は振り向くことが出来ない。
それもそのはずである。
あの強敵はまだ、完全には凍っていなかったのだから。
獣のように疾駆する人影は。
その不健康そうな顔面をぶん殴った。
「次の相手は俺だ。あのときはよくも……」
「やかましい!」
そう北家の末裔は、口元を押さえた。
赤い血が一筋、アゴを伝っている。
「お前など眼中にない、とっとと失せろ」
「そうかい。だったら」
"悪戯薄霧"と、灯火は薄い霧を出現させた。
これによってお互いに視界が悪くなった。
「やはりお前では物足りない」
北家の刺客は、おのれの指の皮を食い破り、出血させた。
「水棒爪」
と、指からしたたる鮮血を凍らせる。
「針小棒大」
そう針のように小さい水棒爪を、棒のように大きくする。
「まずは退路を断つか。"雨後の氷筍"」
舳艫はそう何本もの剣山を出現させた。
素っ頓狂な声を上げて、攻撃を避ける灯火。
とりあえず、入り口をふさぐことには成功した。
「なすすべもないか。東家のクズめ」
そう鋭利な爪を振りかざす舳艫。
「やっぱりお前って強いんだな」
そう燃える鉄拳を繰り出す灯火。
「水棒爪」
「燃焼型猛打掌」
冷気と熱気が、交錯する。
「がっ。はあ!」
そう胸を押さえたのは、灯火だった。
彼はざっくりと、一太刀浴びてしまったのだ。
「焼暴弾」
振り向きざまに発射した火炎の球体は。
「水棒爪」
相手の攻撃によって相殺された。
「ぬるいぬるい。実にぬるま湯だな、羽柴灯火」
北家の末裔は両手を天に掲げた。
「やはりお前はあの河川敷で死ぬべきだった」
彼は、あおる。
「ここはちょうど白河夜船の航路になっている。お前も船旅に出てみたらどうだ」
灯火の潜在能力を知っているから。
だからそれすらも捻じ伏せて勝ちたいのだ。
「そういえば」
そう前置きをして。
「お前には河川敷以外でも借りがあったよな」
ゆらり。
少年は陽炎のように揺れた。
「俺の親父、羽柴炎暑を殺したのはお前か!?」
「いいや違う俺は何もしていない」舳艫はそう言い放つ。「むしろお前の両親が俺の親父を殺したものだと思っていたがな」
灼熱地獄の熱気と、絶対零度の冷気が、衝突した。
「ふざけるのも大概にしろよ!」
「それはこちらのセリフだ」
「ぶっ殺すぞ!」
「俺も同意見だ」
その2人を中心にして、乱気流が生じる。
「瞋恚の炎」
「永久凍土」




