97.羽柴家vs北家(承)
舳艫は水栓をひねってシャワーヘッドから水を垂らした。
怜悧で蒼白な顔立ちが、その残虐性に拍車を掛けているようだった。
「凍結」
そうしたたる液体を、一瞬で凝固させる。
シャワーの先端を槍状にとがらせ、それを正二に向けた。
「単純だが水棒槍と名付けよう」
正二はヘビににらまれたカエルのように萎縮し。
その場から動けないでいた。
視界の端には、育ての祖父の姿があった。
串刺しにされた、百舌のはやにえの姿が。
ちり、と。
心臓のあたりに、焦げるような熱さを感じた。
「さて」
そう舳艫はシャワーのノズルを切断した。
配管部分から、放水砲がぶっ放される。
「凍結」
水の矢は、太い氷のかたまりになって。
正二の胸元を強襲した。
「熱暴走」
「おい!」
突っ立ったままの正二を見て、灯火は加勢に入ろうとした。
そして、やめた。
彼から感じる熱量が、ケタ違いだったのだ。
虚空も空気を読んだのか、邪魔はしなかった。
じゅわっ。
瞬間、正二に触れた氷柱が気化した。
彼はこれほどの熱量を発していたのだ。
膨大な内的エネルギーである。
「殺す殺す、ぶっ殺す!」
殺意の炎が心臓をあぶり。
煮えたぎった血液が、正二の全身を燃やしていた。
その異常な熱気にやられ。
先程まで凍結していたガラス戸やアルミのサッシが、変形していた。
「なにをそんなに熱くなっている」
ひたひたと傍若無人に迫ってくる怪物に向かって。
舳艫は整った眉根を中央に寄せた。
「すこしは頭を冷やせ」
そう水浸しのタイルに手をつく。
「氷筍」
地面から円錐状の氷柱が生成される。
それが、正二に飛びかかった。
「邪魔」
だが、怒り狂う正二には届かない。
彼が手をかざしただけで、それは消滅した。
次いで、富士宮正一を屠った円錐状の氷柱も溶けた。
よりどころを失った遺体は、胴体に風穴を開けたまま、ぐったりと倒れ込んだ。
「殺す殺す、ぶっ殺す!」
血走った眼球を輝かせ、正二は歩く。
「雨後の氷筍」
さすがの舳艫も焦ったか。
おびただしい量の氷筍を生成し、またもや攻撃した。
だが、本懐を遂げる前にすべての氷筍は気化してしまう。
「無駄無駄無駄ァ!!!!」
そう調子づいた正二は吠える。
霧が、彼を包んだ。
「過冷却」
舳艫は浴槽に向かって、手のひらをかざした。
そして備品のシャンプーやボディソープの中身を、床にまき散らす。
カランの蛇口もひねって、それをよく撹拌させていった。
またもやタイルがびしょ濡れになる。
六角形に設置されたシャワー台をぐるりと1周し。
ぬるぬる滑る液体が、床に十分浸透した段階で。
舳艫は奇襲を仕掛けた。
水棒槍を構え。
助走をつけて、相手の背後から一気に突き刺しにいったのだ。
「無駄ァ!!!!」
正二は血眼で叫んだ。
じゅわっと蒸発する水棒槍。
それを読んでいたように舳艫はゴムホースをつかみ。
シャワーヘッドをムチのように打ちつけた。
そして。
相手のバランスが崩れたところを、一気に突き飛ばした。
正二はタイルがぬるぬるしているのも手伝って、浴槽へと転がり落ちた。
水風呂は落下地点を中心に、音を鳴らして凍っていった。




