92.藤原家vs南家(承)
「藤原家の者よ、ハンデをくれてやろう」
羽柴土竜はそう黒いポンチョからナイフを取り出して、孔雀の足元に投げてよこした。
刃の先端はのこぎり状になっており、その切っ先は鈍い光を放っている。
「ほう。どういう風の吹き回しだよ」
孔雀は唇の端をわずかに歪めつつも。
左足を前に出して、その凶器を左手で拾った。
ナイフは、軽かった。金属特有の重量感がまるでない。
なるほど、そういうことか。
孔雀は半身に構えて、左手を突き出すようにする。
「たとえ玩具だとしても、俺はこのナイフで人体を殺傷できるんだぜ」
彼はそう土竜ではなく、ナイフに向かって、念じるように言った。
だまし討ちのつもりかもしれないが、これで元の木阿弥だ。
大鏡の能力で、本物になった。
おもちゃのナイフを渡すなんて、ずるいことを考えたものだ。
「右手を怪我しているな、藤原家の者よ」
「はっ?」
不意の牽制に、孔雀はたじろいだ。
図星だった。
思わず、こぶしを握ってしまう。
「患部は、右手の、中指だな」
淡々と、土竜は言い当てていく。
孔雀は下唇を噛んで、耐えるしかなかった。
「納得できぬ、といった表情だな。オレの推理を聞きたいか、藤原家の者よ」
孔雀は内心で舌を鳴らしつつも、
「ああ。ぜひ聞かせてくれよ」
「うむ。まずナイフを拾うときの所作が不自然だった」
土竜はそう解説を始めた。
「ナイフを拾う際、左足を前に出したのは、おそらく無意識だろう。右利きの人間であれば、ほとんどの者がそうするからな。だが……」
孔雀は相手の弁舌を聞き流し、ふと悪知恵を働かせた。
(今ここでナイフを投げつけたら、案外簡単に倒せるのではないかな?)
「藤原家の者は右手を使わなかった。それだけじゃない」
土竜は得意げに話す。
それもそのはずだ。
相手はおもちゃのナイフを渡したと、勘違いしているのだから。
孔雀はダーツの要領で、手首だけを動かして、のこぎり刃を投擲した。
利き手ではなくても、使用するのは刃物だ。
矢のように、突き刺さるはずである。
だが。
「左手を前に突き出して半身に身構えていたが、その体勢では右手が使えない。だから怪我を疑ったのだ」
ダメージを受けたのは、土竜ではなかった。
「怪我を中指に限定できたのは、握りこぶしを作るときの様子から察しがついた。さて」
南土扇によって土竜が作り上げた、土人形だった。
それは黒い布で覆われているだけの、粗悪品だった。
「必要ない手首は折ってしまおうか」
ごきり、と。
右手首の関節が外れる音を聞いてようやく、孔雀は自分の立場を理解した。
次元が、違いすぎる!




