91.藤原家vs南家(起)
その学校には重機類が立ち並んでいた。
校門には【改築予定】との表記がなされており。
ショベルカーの掘削部分が学び舎に風穴を開けていた。
校門から校舎へと続く前庭はブルーシートで覆われていて。
菅原道真の銅像だけが、ただ、ぽつねんとたたずんでいるだけだ。
天変地異に見舞われたグラウンドにも、その重機類は侵入していて。
地盤の調査と埋め立て工事とが進められているところであった。
「お前がうちの典嗣を誘拐した犯人か?」
孔雀はそう低い声で言った。
相手は全身を黒いマントのようなもので包んでいる。
「ふむ、藤原家のお歴々か。四鏡は用意しているか?」
黒装束の不気味な男は、質問には答えずに、そう訊いた。
声までくぐもっているせいで、余計に謎めいて感じられた。
「そんなことはどうでもいい。典嗣は無事か!」
闇に溶け込むスーツ姿で、道草は身を乗り出す。
いつも冷静に振る舞っていたせいで、すこしぎこちない挙措動作になってしまった。
「典嗣とはこれのことか……」
黒い男はそう重機の陰から1人の少年を引っ張り出した。
気を失っているのか、その少年は完全に脱力していた。
彼はその少年をぽいっと放り投げた。
あまりにも華奢な矮躯が、グラウンドの地面に叩きつけられて、すこし跳ねた。
「安心しろ。オレは闘争以外に興味はない」
そう言って黒い男は背中を向けた。
介抱の時間を与えているのだろう。
フェアといえばフェアなのだが、こうなってしまうと相手の企図がまったく見えてこない。
「どういうつもりだ!」
孔雀はそう相手の後ろ姿に向かって、怒鳴った。
道草と美沙は、典嗣の手当てをしている。
「お前の目的はいったいなんだ?」
「血沸き肉躍る闘争。それによる羽柴家のますますの繁栄だ」
孔雀は返答に窮してしまった。
なんだその、気持ち悪い回答は。
「ええと、まあ、なんだ」
それでも話を続ける孔雀。
「それなら羽柴家だけで、勝手にやっていればいいだろ!」
「河山帯礪条約」
黒い男はそう言った。
「東家と西家は、東西不可侵条約を結んでいるんだが」
その男は無防備に背中をさらしたまま、続ける。
「オレはそんな脆弱なことはしたくない。闘争のない世界など不条理だ」
ふふふ……。不気味な男は、そう不敵に笑う。
「だからオレは一時的に北家と手を組み、ヤツらを倒すことに決めたのだ」
「だったら東家と西家だけ倒せばいいじゃないか。なんで藤原家まで標的にするんだ?」
「藤原家の者は、軟弱な東家と西家に肩入れをしているそうじゃないか。ならば今のうちに反乱因子をつんでおくのも、また一興」
そう彼は振り返った。
黒いポンチョを翻して。
「オレの名前は羽柴土竜。お前はなんという名だ?」
「藤原孔雀だ」
「ふむ、あしたには忘れる名だ」
「ふざけろ」
こうして。
宵闇に2体の獣が解き放たれたのである。




