88.羽柴灯火vs藤原孔雀⑧
「だって、根本的に間違っているだろうが!」
孔雀はそうもろい木戸を蹴飛ばした。
腐食のすすんだ木板は簡単に蝶つがいがはずれて。
なすすべなく外側へと吹っ飛ばされる。
「だれだよ、コイツら。だれだよ、羽柴灯火」
「ん、羽柴灯火は俺だけど?」
そう言って手を挙げる灯火を、虚空は黙っていさめた。
「他力本願すぎるだろうが、親父!」
孔雀は、しわひとつない上品なスーツを身に着けた、実の父親を一瞥する。
「なんで息子をひとり連れて帰るだけなのに、こんな大捕物を演じなきゃならねえんだよ!」
隙のない格好をした彼は、むっつりと口を閉ざしたままだった。
その清潔な肩口に、粉の雪が降り積もる。
「よくある家庭内の内輪もめだろ。なんで関係ないやつまで巻き込んでいるんだよ」
ふつふつと怒りがこみ上げてきたのか、孔雀は無傷な左手で、父親の胸ぐらをつかんだ。
「おい、なんとか言ってみろよ!」
「家庭を……守るためだ」
息苦しそうに、道草は言葉を紡いだ。
「ここ三十面鏡峠で、この山の地主と不動産会社の若社長が、死体となって発見された。近隣住民の聞き込みによって、有力な容疑者候補にはお前の名前が挙がっている。もちろんマスメディアは公開していないが、ネットが主流の現代ではそうもいかないらしい」
孔雀はみるみる血の気を失くしていき、ぱっと手を放した。
「これでも私は父親だ。最後まで息子を信じるつもりだよ。もしもお前が凶行に手を染めたのだとしても、正当防衛であると信じたい」
道草はネクタイをキュッと直しながら、
「だが、お前を告発する文書、脅迫する文書、しまいには殺害を予告する文書が、それこそ枚挙にいとまなく家に送られてくるんだ。もしも家族水入らずで帰宅しようものなら、被害者遺族や今回の事件をよく思わない者によって家庭を壊されかねない。だから……」
そう道草は一同を振り返って、驚くべき提案を持ちかけた。
「君たちのだれでもいい。誘拐と称して、我々をかくまってくれないか? 呉越同舟というやつだ。たがいに確執はあるかもしれないが、私たちには打倒北家という共通の目標がある。どうかお願いできないだろうか」
「ふん、犯罪者をかくまうなど言語道断じゃよ」
「私もそれには賛同しかねるわね」
「俺も絶対に嫌だ!」
そう全員が言下に否定したところで、この事件は風雲急を告げることになる。
保険屋の携帯電話がバイブレーションしたのだ。
黒の衣服に身を包んだ彼は、大声で叫び声を上げた。
「典嗣が何者かにさらわれた!?」
通信機器を耳に当てながら、保険屋はしばらく硬直して動けなくなってしまった。送話口から漏れる声音は、N総合病院のオペレーターが必死に謝罪する言葉だけであった。




