87.羽柴灯火vs藤原孔雀⑦
「いつからだよ……」
孔雀は肩を小刻みに揺らしながら、叫んだ。
「いつから俺をはめるプランを練っていたんだ!」
その全身は、すすでうす汚れていた。
孔雀は鋭い眼光を、対戦相手に投げかける。
「知るかよ、そんなこと」
灯火はそう鼻を鳴らして女子大生を見やった。
どうやらこの作戦を発案したのは、彼ではないらしい。
「お前なあ、説明が雑すぎるんだよ。あばら家の中に躍り込んで火ィつければ爆発するからって、なんの説明にもなってねえぞ!」
「うるさいわねえ! 時間がなかったんだから仕方ないでしょ。敗走してきたくせに偉そうなこと言わないでよ」
そう女子大生――羽柴虚空は。
よく手入れされたロングヘアに手を添えて反駁する。
「風探知で戦況をうかがって、あんたが下山してくるのをずっと待ってたんだからね」
「ああ、はいはい。そうですか……」
「みじめに逃げ帰ってきて、馬鹿みたい。あのときの大言壮語はなんだったの?」
今度は藤原美沙が毒づいた。
その目には軽蔑の色が宿っている。
「なんだとこの野郎。お前とはいずれ決着をつけてやるからな」
「あんまり言ってると、閻魔様に舌を抜かれちゃうよ」
「お前こそな。あんまり調子に乗ってると俺様にド肝を抜かれちまうぞ」
「大山鳴動してねずみ一匹。なんて結果にならないことを祈ってるわ」
「ふん。なにを言ってるのかわからねえけど腹は立つな!」
「おい、話を聞け!」
孔雀はいらいらと腕を振り回した。
羽柴灯火はいったい何者だ。助けに来たのは仲間じゃないのか。
そんな疑問を抱きつつ、訊く。
「この作戦を考えたのは、だれなんだ?」
「ワシじゃよ」
即、返答があった。
白内障の老人だった。
白い目をした彼は、アゴひげをなでながら、
「あばら家があることは事前の調べでわかっていたからのう。それを活用させてもらったわい」
「粉塵爆発か……」
「そうじゃ」
「えげつねぇじいさんだ」
「まだまだ若い者には負けんよ」
「なあなあ、ふんじん爆発ってなんだ?」
灯火が話に割って入った。
それもかなりきわどいタイミングで。
「あのねえ……」
空気を読みなさいよ。そうため息をこぼす虚空。
「まあまあ、ここは俺が」
そう助け舟を入れたのは、孔雀と同じくらいの年齢をした青年だった。
短く刈られたくせっ毛の茶髪に。
攻撃的に釣り上がった目元が特徴だ。
「いいか、灯火。粉塵爆発って言うのはな」
富士宮正二は、噛んで含めるように説明を始める。
「可燃性の粉塵が空気中に漂っている状態で、発火源を近付けると、爆発的に燃焼するんだが、この現象のことを言うんだ。ガソリンが気化したところに火を近づけるのをイメージしてもらうとわかりやすいだろうか。これは主に室内で起こりやすく、『酸素、粉塵、火』この3つの要素が条件となるんだ」
「おいおい、理屈はどーでもいいんだよ」
孔雀はそう言って、床に溜まっている白い粉を蹴り飛ばした。
白く濁ったその視界に、実父の姿をとらえ、ねめつける。
「俺をどうするつもりだよ。俺は帰らねーぞ」
彼はそう歯をむき出して、再び床板を踏み鳴らした。




