85.羽柴灯火vs藤原孔雀⑤
「なあ、知ってるか」
とぐろを巻くようにしてアスファルトに突っ伏す孔雀。
彼は羽柴灯火に対し、二枚舌をちらつかせた。
「鏡の前でポジティブな言葉を投げかけると、それが投影されて自分に返ってくるんだぜ」
「それがどうした」
灯火はそう殺人者の頭を踏みつけた。
力の加減しだいでは、頭蓋骨など簡単に割れてしまうかもしれない。
「合わせ鏡にすると、その効果はより早くなる。三面鏡の前で同じことをすると、3倍のスピードで効果が現れるらしい」
そのプレッシャーも多分にあってか、孔雀の説明は要領を得ない。
もともと気の長いほうではない灯火はイライラし。
ふん、と指先の力を強めた。
「わかった、わかった。結論を話す」
あわてて身体をばたつかせ、孔雀は言った。
「つまり俺に対する攻撃は、全部お前にも跳ね返ってくるんだよ」
そう不利な体勢から弁明する。
「だからお前のおはこである炎熱だけは、俺には通用しなかった」
言っていることは支離滅裂だが。
「たとえお前の技がお前に跳ね返ったって、蛙の面に水だろうからな」
それでも虚言に気付けない者は存在する。
羽柴灯火だ。
「攻撃が跳ね返ってくるだと!?」
「ああ、そうだ」
頭の上にのしかかる圧力が弱まるのを敏感に察して。
藤原孔雀は起き上がった。
彼は後頭部の汚れを手で払いながら、
「なあ、腹部に焼けるような痛みを感じないか?」
そう騙りを働く。
「言われてみれば……」
羽柴灯火は大した自覚症状もないまま。
へそのあたりに手のひらを持って行った。
と、次の瞬間。
「っぎゃあああ!!!!」
絶叫した。
麻酔が切れた患者のように、なんの前触れもなく。
「さあ、ここからどう戦う?」
そう拳を固めて、孔雀は腕を振り上げる。
「ちくしょう! どうすればいい……」
そう臍を固めて、灯火は歯を食いしばる。
内またになった両足が痙攣を始めていた。
ばきぃ。
孔雀の拳骨が、灯火のほお骨をとらえた。
しかし、灯火は反撃をしない。否――出来ない。
下腹部を襲う、強烈な刺激が。
それすらも許してくれなかった。
ばきぃ。
ごきぃ、と。
孔雀は一気呵成に畳みかける。
対戦相手の顔面が、風船のようにふくれていく。
「これでとどめだ」
そう足を引いて。
旋回するように、孔雀は蹴った。
しかし、当たらない。
羽柴灯火が背を向けて、逃走したからである。
「逃がすかよ」
孔雀はそう狩猟者のごとき、どう猛な笑みを浮かべた。




