82.羽柴灯火vs藤原孔雀②
"殺すつもりで来た"だと?
視界がくらみ、意識が暗転しそうになる。
孔雀の荒い息遣いがうっとうしいのだろうか。
羽柴灯火は彼の真向かいへと、飛びずさった。
脳のシグナルが、大音量でアラームを鳴らしている。
「藤原孔雀。お前、家に帰ったほうがいいぜ」
灯火はそう頭に手を当てた。
目を固くつむり、険しい表情を見せる。
そこが痛むのだろうか。
彼は髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き乱した。
「親御さんも心配してるはずだ」
「心配だと?」
孔雀はハンッと小さく吐き捨てる。
「くだらねえ……」
ぼそりと唇を動かした。
「はっ?」
「くだらねえって、そう言ってんだよ!」
歯をむき出して、絶叫する。
そのことについてはいつも考えていたのだ。
赤の他人にとやかく言われる筋合いはない。
「くだらねえじゃねえよ。心配してくれる家族がいるだけマシだろーが!」
どこの馬の骨ともわからないやつが、なぜかそう熱弁し始めた。
"心配してくれる家族がいるだけマシ"ってことは、親に勘当でもされたのだろうか。
こちらはそれどころではないというのに。
「お前には関係ねーだろ。だれだよ、お前は」
「俺は羽柴灯火だ」
「話しにならねえよ」
冷笑し。
孔雀はそっと、骨折した指に熱い息を吹きかけた。「帰れ」
「帰らねえ」
「なんで」
「頼まれたんだよ。お前の親父に」
その言葉を理解するのに、数秒、かかった。
「はああっ!?」
生唾が気管に入ったのか。
うがいをしているような、濁った声になった。
「ふざけんなよ」
そう羽柴灯火に詰め寄る。
「なんで今更。俺になんの用だよ!」
「知るかよ。会って話せ」
「会って話すもクソも」
そう灯火の厚い胸板をつかんで、揺さぶった。
「会いたくねえんだよ!」
「だったら……」
灯火は下を向いた。ようやくあきらめたようだ。
ふう、と。孔雀は手を離す。
「力づくでも連れ帰るまでだ!」
灯火は死角から裏拳を放った。
斜め上に向かう直線軌道。
拳骨が、空を裂いた。
空振り。
孔雀は無意識のうちに、身を引いていたのだ。
その眼前を、拳で固めたハンマーが横切った。
「ふッ!」
腰を捻る。遅れて拳がついてくる。
左ストレート。
骨折をしていない、利き腕じゃないほうでの拳打。
それが灯火の腹部に、深く、喰い込んだ。
「ゲエッ」
カエルのように、鳴いて。
灯火は片膝をついた。
鍛えてはいても、がら空きの。
それも脱力状態の腹筋は。
もろく、簡単に打ち抜かれてしまった。




