81.羽柴灯火vs藤原孔雀①
頭の奥がじんとしびれる。
藤原孔雀はそれをどこか他人事のように感じ、冷たい夜風に目を細めた。
軽くなったウイスキーボトルを持つ手が熱い。
「ふぅー」
そう実りの多い果樹に向けて、白い息を吐く。
じめっとした夏の暑さは昼頃までで、日が暮れると急激に気温が下がった。
孔雀は木の幹にもたれかかって、上気した顔を上に向ける。
小さな星々が、暗い夜空をじゅうたん爆撃するように広がっていた。
ざっざっざと、流れるように疾走する足音が、遠くから聞こえてきた。
澄んだ空気は音の波を明瞭に響かせる。
孔雀はだるそうに身体を起こした。またもや警察の検問が始まるのか? そう身構える。
下方から、明かりが見えてきた。
その光は細く伸びる円筒形ではなく、ゆらゆらと揺れる炎に見えた。
対象が近付くにつれて、輪郭線がぼんやりと浮かび上がってくる。
性別は不明だが、カーブミラーの行列に対しても、意に介した様子はない。
「おい、お前はだれだッ!」
まだ幼さの残る男の声が、孔雀を捉えた。
木々の間から、葉っぱのこすれる音が鳴る。
ぼんやりとしたシルエットは、煌々と照る光源を投げ捨てて、
「俺は、羽柴灯火だッ!!!!」
そう宣言した。
もうお互いが視認できる距離にいた。
「藤原孔雀だ」
それがどうした。名乗る必要がどこにある。
そう付け加えようとした矢先、男は不気味な笑い声を上げた。
「どうした?」
「くっくっく……」
引きつるような笑い声を発し、相手は。
地面を、蹴った。
孔雀に向かって、急接近する。
なんなんだ、コイツは。
混乱する頭をフル稼働させ、迎撃態勢を取る孔雀。
彼は何者だろう――酔っ払いだろうか。暴漢だろうか。
男は重心を落とし、一気に距離を詰めてきた。
速い。獣のごときスピードだ。
「らッ――」
孔雀は体側から拳を出した。
男の顔面が唸りを上げて、それを受け止める。
ぐしゃり。
骨の折れるたしかな感触が、固めた指先に伝わった。
その衝撃が、痛みとして、再び知覚される。
折れたのは、孔雀の中指だった。
「痛ってえな」
打撃の瞬間。
男は顔面ではなく、頭部を殴らせていたのだ。
「ぶっ殺すぞ!」
指先を襲う理不尽な痛みに激高し。
孔雀は吼えた。
「やれるもんなら、やってみろよ」
しかし、男も負けてはいない。
「俺もお前を殺すつもりで来た」
そう平坦な口調が、男の口から漏れた。




