80.あの日⑤
凶弾が、孔雀の衣服を貫いた。
ぎゃっという短い悲鳴。
どさっと重たい物の倒れる音を、男はたしかに聞いた。
「ふんッ!」
銃口から流れる火薬の臭いを嗅いで。
男は静かに銃を下ろす。
その鋭い眼光は、黒々としたシルエットを映し出していた。
「口ほどにもない」
そう大きく嘆息し、散弾銃を肩に担ぎ直す。
負い革がきつく、二の腕に巻きついた。
その強烈な締め付けに、手の甲が白く冷たくなるのを感じた。
「ちっ!」
男は思わず舌打ちをし、表情を曇らせる。
台尻から伝わる発砲の衝撃が、まだ肩口に残っていた。
獣を狩るときには味わえなかった衝撃だ。
男は気持ち悪いものを振り払うようにして、大仰に身体を揺らした。
血なまぐさいリアルな質感が、まだ人差し指に残っているが。
色彩のない宵闇は、それすらも覆い隠そうとしていた。
物体の輪郭はすべて影となり。
このままなにもかもが溶けて消えてしまいそうだった。
「待てよ」
餓狼の如き獰猛な獣の気配が背中をぶっ刺した。
男はあわててスリングをつかむが。
亡者のように絡みついたそれは、容易には肩から外れない。
「ひっ!」
小さく漏れた悲鳴が、のど元を引っ掻いて出てきた。
怖くて、振り返ることもままならない。
男は自分の矮小さに辟易した。
頭の中で、獲物のイメージが巨大化していく。
やつは拳骨ひとつで、果樹に太い穴を開けたのだ。とんでもなく強いはずだ。
そいつがまだ、生きていた!
尻込みをすればするほどに、散弾銃がすぐに使えないもどかしさが、恐怖となって襲いかかってきた。
同時に、野獣の臭いも近付いてくる。
「おい、こっち向けよ」
人間の姿を模した影が、底知れぬ低音を発した。
「ひいっ!」
足元に奇妙な浮遊感が生じ。
男は膝からくずおれた。
「許して」
地面に頭をこすりつけて、懇願する。
枯れた土壌のにおいだけが。
陰影だらけの土地に色を与えてくれた。
「お前さあ……」
焦げた衣服を背中に羽織い、
「俺を射殺しようとしただろ」
色のない怪物は言葉をつむいだ。
「丸めて投げた俺の服に、風穴開けてくれたよな」
「ひい、い」
ズボンがこんもりと膨らみ、ペニスが窮屈になった。
勃起ではない。失禁だった。
「どうするつもりだよ」
「ごめんな、さい」
アンモニア臭が立ち込める。
男は思い切り鼻をすすった。
尿も色彩の一部として認識できた。
「寸劇は楽しめたか」
「ゆるして、くださ」
「許すかよ」
茫洋とした魔物は、男から言葉を奪った。
「おねが」
「もういい」
夜の帝王は、散弾銃を物凄い力でひったくり、
「死ね」と呟いた。
宵闇にひとつ橙色が浮かび上がり。
レイトショーは終演を迎えた。




