8.南家の刺客
灯火のいるグラウンドはコの字型に柵が設けられている。
柵の周りは道路になっているが、そこにだれかがいる気配はない。
怪しいとすれば、グラウンドの入口だ。
――校門を抜けてすぐにある中庭と、正面玄関の間がグラウンドの入口になっている。
そこにいる見知らぬ青年が、扇を片手に灯火を見物していた。
「まさか――」
なにかを言い終える前に、灯火は走りだしていた。
謎の青年に向かって突っ込んでいく。
体育教師がいろいろと叫んでいるが、気にしていられる余裕もない。
「あんた、何者だ?」
灯火は黒のポンチョ姿をしている謎の青年に訊いた。
「東家の者よ、扇は持っているか?」
無視された。
代わりに、ポンチョの男は質問した。
扇を持っているか、と。
「俺が東家だと知ってるってことは、あんたも俺と同じ羽柴家か?」
「質問にだけ答えろ! 扇は持っているのか?」
低くくぐもった声で、ポンチョの男は言った。怒っているのか、青年の口調は荒々しい。
「教室に置いてきた。取りに戻ろうか?」
「その必要ない。それとも素手喧嘩では不安か?」
「いいや、大好物だ。じゃあさっそく殴っていいか?」
「そんなに焦るなよ。お友達が見てる前だぞ」
「関係ないね。いい加減殴っていいか?」
「東家の者よ、すこし待っていろ。馬を駆除してくる」
「馬? 俺のクラスメイトを馬鹿って言いたいのか?」
「ふっ」
ポンチョの男は一瞬だけ笑んで。
横なぎに扇を振った。
するとグラウンドの一面が陥没した。
――否。
陥没どころではなかった。
それはたちまちに拡大していき、グラウンド全土を覆い隠すくらいに地面がえぐれて、とてつもなく巨大なクレーターになったのだ。
それが、教師や生徒を問わず――まるで蟻地獄のようにして。
彼らを飲み込んでしまったのである。
深度がどの程度あるのかは、穴の周囲を囲むようにして隆起した盛り土が物語っている。
目測で五メートル、いや十メートルくらいはあった。
「テメー、なんのつもりだ?」
「馬を檻に閉じ込めただけだ。野次馬という名の馬をな」
「なにが馬だ。全然うまくねーんだよ!」
長方形のグラウンドに楕円形の穴、そして盛り土がある。
地形としてはかなり戦いづらいが、ポンチョ姿の青年はどこでやりあうつもりなのだろうか。
そして、本当に素手喧嘩で挑んでくるのだろうか。