79.あの日④
「ふんッ! 空々しい」
トレンチコートの男は。
「吐くならもっとマシな嘘もあっただろうに」
そう、トリガーに指をかけた。
「よりにもよって、射出音の違いを主張してくれるとはな」
ぐっと、背中を丸めて。
狙いを研ぎ澄ませる。
「ウソじゃあ、ないです」
看破されてもなお、孔雀は演技を続けた。
騙ることでしか平静を維持できなかった。
「そんなに疑うなら撃ってみてくださいよ」
そう、挑発するように両手を広げて見せる。
「ただし頭ではなく――」
トントン、と。
自らの胸を叩き。
「心臓を狙ってくださいね」
「ほう、面白い!」
不動産会社の若社長は、短く唸った。
「ええ、1発でお願いしますよ。そうしないと――」
孔雀はくるっと振り返り、柿の木に正対した。
「この木と同じ目に遭わせますからね」
大鏡よ、孔雀は念じた。
“俺の拳は鉄のように固いんだ”
“柿の木は朽ちていて、中身は豆腐のようにスカスカだ”
“だから一撃で、この木に風穴を開けることが出来るんだ”
そうイメージする。
成功のイメージを固める。
「らぁ――ッ!!」
満を持して。
柿の木を、殴った。
「必殺、豆腐に鎹」
ダサい技名も、しっかりと呼称した。
「なにしてやがる」
男は散弾銃を肩から外し。
呆れたように孔雀を眺めている。
「狙撃手に背を向けやがって! なんのつもりだ」
めこぉ、と。
孔雀の拳骨が木の幹を貫く。
そして宣言通り、木の中心部にトンネルを開通させた。
「ど、どうだ」
そう誇らしげに、果樹を指さす。
今の衝撃で、孔雀の手首は炎症を起こしていたし。
拳骨においても、表面の皮膚が裂けて、うすく骨がのぞいていたが。
そんなことはおくびにも出さない。ただ、ホラを吹き続けるだけだ。
「あなたの土手っ腹にも風穴を開けてやりましょうか!」
しかしこの、孔雀の自傷行為は無駄ではなかった。
痛みと引き換えに、ひとつ、大鏡の能力を学んだのだ。
大鏡には自己暗示系の能力がない。よって、自身の身体強化は不可能である。
「ふんッ!」
男は鼻を鳴らし、トレンチコートの肩口に銃を依託した。
「なにをするかと思えば、とんだ茶番劇だったな」
そう、鮮血したたる孔雀の指先を一瞥して、照準する。
「安心しろ! すぐ楽にしてやる」
「ちゃんと狙えよ。心臓を」
念を押すように、繰り返す孔雀。
「そうしねぇと……」
飛び出す。標的目掛けて。
「ぶっ殺すぞ!」
日は暮れた。闇が満ちる。
終わりはもうすぐそこだ。




