78.あの日③
「その散弾銃って、もう、弾切れですよね?」
藤原孔雀はそう言い放つ。
「なのになんでそんなものを、ぼくに向けているんですか?」
そして、畳みかけるように、
「そんなことをして、なんの意味があるんですか?」
問う。
思考する暇を与えずに。
思考する間を奪い取る。
「はぁ?」
トレンチコートの男は、そういぶかしむ表情で孔雀をにらむ。
「いきなりなんだ。はったりか?」
「これがはったりに見えますか? 確信ですよ。さきの会話でぼくは、確信したんですよ」
不敵に笑う孔雀。
不動産の若社長は首をかしげることしか出来ない。
「わかりませんか? 音、ですよ」
孔雀は両手を耳に当てて、
「あなたは威嚇射撃に1発、殺害には3発、それぞれ弾を使ったとおっしゃいましたよね。それで思い出したんですよ。わずかにですが、最後の発砲のときだけ、射出音が違っていたことに」
しくじりましたねぇ、と。
意地悪そうに目を細める。
「それはあなたが、1番よくわかっていることなんじゃないですか?」
孔雀はそう“カマ”をかけた。
「アフォーダンス? なんだそりゃ、そんなダンスが流行っているのか?」
家出をする前のことである。
孔雀は実妹の藤原美沙にそう訊いた。
目の前には“大鏡”が置いてある。仏壇の隣――座布団の上に。
「違うよ、お兄ちゃん」
美沙はおかしそうに笑う。
「これはJ・J・ギブソンが作った造語なんだけどさー」
そう知覚心理学者が唱えた理論を説明し始める。
「えんぴつを見たら、ふつうの人は書く物だと判断するでしょう。
そこには、えんぴつ=書く物だというアフォーダンスが伴っているのよ」
「はあ……」
さっぱりわからん。
そう嘆息する孔雀。
「イスを見たら座ろうと思う。その知覚行動には、アフォーダンスが伴うのよ」
「頭痛がする。要点だけまとめてくれよ」
「もしもある人が、えんぴつ=刺す物だと判断すれば、そこにはえんぴつ=刺す物だという、アフォーダンスが生じる」
「理論だけじゃ理解できねーよ」
「要は“大鏡”は認識をすり替える技――詳しくは、アフォーダンスを操作する技なのよ。思い込ませた者勝ちって言えばわかるかな」
「全然わからん……」
そうこめかみを押さえて、孔雀は唸った。
要はあの猟師に、散弾銃=弾切れというアフォーダンスが生じれば、それが現実になるということだ。
孔雀はそのように認識していたし、それも間違いではなかった。
だから“カマ”をかけたのだ。
まずは誤認させること。それが大前提である。
「射出音が違ったから、なんだって言うんだ?」
「散弾銃は薬莢がすくなくなってくると、自然とガス圧が高くなり、発砲時、長く残響が留まるようになります。それが4発目には顕著に現れていました。
ぼくのような素人でも判断出来るくらいですから、それが証拠としてあげられます。
以上のことから、弾切れと考えて、まず間違いないでしょうね」
こんなときに限って頭がよく回る。
よくもまあ、こんなデタラメが思いつくもんだ。
孔雀は苦々しい感情を飲み込んで、そうブラフをかました。




