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四つの扇  作者: オリンポス
5章:背徳と欺瞞の西家!!!!!
75/101

75.暗雲低迷Ⅱ

 三十面鏡峠は驚くほど閑散としていた。

 それが“立ち入り禁止”のロープのおかげか、はたまた怪事件の影響かはわからないが、人の気配がまったくと言っていいほど、なかった。


「本当にここで合っているのかよ」

 場所を間違えた。

 その可能性も検討したが、ロープには“三十面鏡峠管理委員会”との印字が施してある。

 残念ながらここで間違いなさそうだ。

 そう松明たいまつを片手に考察する、羽柴灯火。


 暗く不安な深淵の中を、木枯らしが泣きながら通り過ぎた。

 それは、ひゅーひゅーと空気の漏れるへたくそな口笛のようでもあったし、死を直前に控えたものの喘鳴のようでもあった。


 ぞわり、と。

 冷たいものが背中をなぞった。

 頭の芯から爪先までもが、一瞬にして総毛立つ。

 重々しい緊張。限界まで張り詰めた空気。

 灯火は俊敏にその体躯を捻転させた。松明の炎が揺れる。


 最短で半円を描くように、素早く回転し。

 その視野に捉えたものは――

「……いない」

 人影でも、猛獣でも、なかった。

 どころか、なんでも、なかった。

 いわゆる、気のせい、だった。


 高密度に圧縮された空気が。

 風船がしぼむようにして、たちまちに立ち消える。


「……汗、かよ。紛らわしい」

 背中に感じた怖気おぞけの正体は、汗、だった。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花ってやつだな」

 自嘲気味に笑って。

 灯火は再び、らせん状に広がる山道を歩き始めた。




 星がきれいな夜だ。

 澄み切った空気によどみなどない。

 一呼吸しただけで、肺いっぱいに満ちる、充足感。

 自然とはこうあるべきだと思い知らされる。


「ぷっはあー」

 そう太い息を吐きつつ、藤原孔雀は殊勝なことを考える。

 アルコール分を含んだ呼気が、白く濁っていた。

「今夜は冷えるなー」

 ウイスキーボトルを傾けて、口の中に入れる。

 しびれるような痛みが、舌を焼いた。


「そういえば、この自然にも手を焼いたっけ――懐かしいな」

 青年は度数の高い酒を一気に呑む。

 咽せた。さすがにストレートはきつい。ロックか水割りにすべきだったと後悔した。

「ぐへぇ……やっぱし甘くねえや。あの日を思い出すぜ」

 胸を叩きながら、青年は“あの日”を回想する。

 初めて人を殺した“あの日”を。

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