71.藤原道草の説得
「道草のおじちゃん。私は反対だから!」
藤原美沙は声を荒げた。
膝に乗せた拳が、小刻みに揺れている。
「羽柴家との同盟なんて、認めない」
強い拒絶を示す色が、N総合病院の休憩室に広がった。
藤原道草は困ったなぁと頭を掻く。
「どうしてそこまで嫌悪するんだ?」
「それは――ッ」
言いかけたところで、美紗は口をつぐんだ。
考えてみれば、羽柴家に対する積極的な恨みはない。
そう決まりが悪そうに居住まいを正す。
「それは、典嗣が痛い目に遭わされたから」
「そうか。優しいんだな、美沙は」
道草はいたずらっぽく笑った。
そして黒い鞄から保険の資料を取り出す。
「厳しいことを言うようだが……」
姪に向ける目つきが変わり。
声のトーンが一段階下がった。
「これは美紗の兄さんに殺された人の」
丸テーブルに肘をついて、指を絡める。
「保険プランだ。彼はまだ若く将来があった」
「えっ?」
美紗の眉は上下し。
目が大きく膨らんだ。
なにかを発しようと開いた口は、言葉を失って閉じられる。
「それでも遺族は、懸命に生きているよ」
保険屋はスーツの胸元をぎゅっとつかんだ。
しわが寄る。
「あやまちを犯すのはいつだって人間だ。だったらそれを許してやるのも、同じ人間であるべきなんじゃないのか?」
「……ねえ、道草おじちゃん」
パック牛乳にストローをさして。
少女は訝しそうに眉根を寄せた。
「なんでそんなに羽柴家の肩を持つの? やつらのせいで典嗣は死ぬかもしれなかったんだよ?」
「あのな、美紗……」
道草は保険の資料をビジネスバッグにしまった。
「職業上、俺はいろんな人間を見てきたよ。外面が良いだけの人間や上辺だけの人間。馬鹿な人間や聡明な人間……」
顔の前で指を組んで、彼は続ける。
「中でも羽柴家(東家)の連中は、馬鹿ばかりだった」
どこか誇らしげに、表情を綻ばせる保険屋。
「やつらはいつも身内のことしか頭にない。亡くなった羽柴槐さんだってそうだ。孫のことしか頭にないから、大鏡の所有者を平気で相手に回したり、ひいては戦闘後にもかかわらず炎熱病をもらい受けるなんていう、荒業が出来たんだ」
ふうっと肩をすくめる。
老人の死亡については、富士宮正一から聞かされていた。
「富士宮正一さんだってそうだ。美紗の兄さんを奪還できたら、東家と同盟を結んでやってほしいと持ちかけてきた」
「よくわからないよ。道草おじちゃんはなにが言いたいの?」
美紗は勢いよくストローを吸った。
小さなパック牛乳はみるみる圧縮されていく。
「自分のためじゃなく、本気でだれかのことを思いやれる人間は……」
あどけない顔をした姪に、道草は言った。
「信頼できるんだ! 彼らは良い家族だよ」




