7.東西不可侵条約
東家と西家が対戦してから、1週間の月日が流れていた。老人の心配とは裏腹に、南家からはなんの音沙汰もなかった。
その間、東家と西家ではある条約の取り決めを行っていた。その条約とは、『東西不可侵条約』である。
西家は東家と2度と戦争をしない(羽柴家は東西南北それぞれの一派を、国単位として認識している)ことを誓った条約である。
もしもその条約を破棄すれば、独裁主義の北家に戦争をする口実を与えてしまうので、西家としてもこの条約は守らざるを得なかった。
それにより東家、西家の2国間は均衡が取れた状態にあると言えた。むろん、南家と北家は例外である。彼らが西家に攻め込まれる可能性は皆無ではない。
そんな戦々恐々とした状況で、敵が減りひとり安穏としている東家を、戦闘狂の南家が放っておくはずもなかった。
ただし南家の感情は嫉妬ではない。平和を標榜する東家への怒りの感情だった。
戦闘なくして繁栄はあり得ない。これが南家のスローガンだからだ。
そして南家の怒りの矛先は。
羽柴灯火に向けられていた。
季節はすでに秋の時分だが。
いまだに厳しい残暑が続いていた。
肌を焦がすほどの日照りが、容赦なく降り注ぐ。
正午をすこしまわった頃、グラウンドではサッカーが行われていた。
体育の授業だ。
センターラインよりも相手ゴール寄りで、灯火は仲間からパスをもらった。
すると相手チームは灯火を総出で取り囲みにいった。
灯火はドリブルは得意だが、パスを出すのは嫌いだった。
そのためマンツーマンディフェンスには強いが、今回のような極端すぎるゾーンディフェンスには弱かった。
灯火はチームメイトがフォローに来てくれても、チャンスメークをしてくれても、そのほとんどを無視していた。
そんな折り。
南家の刺客が音もなく参入してきた。
まず灯火が最初に気づいたのは、小さな異変だった。
ドリブルをしていると、地面のくぼみにサッカーボールが吸い込まれていくのだ。グラウンドは運動部がいつも整備しているので、穴があいていることは不自然だった。
しかし、大きな穴ではなかった。
サッカーボールが半分埋まるくらいの深さである。
それからも違和感は続いた。
低弾道のシュートを放てば、地面がところどころ隆起して、その勢いを相殺してくるし。
走り回ればなんの脈絡もなく地面が陥没して、行く手をはばんだりするのだ。
自然現象にしてはあまりにも不可解である。
新たな扇の所有者がいると考えなければならなかった。