69.羽柴虚空の過去⑤
羽柴虚空は今日も学校を休んだ。
もう何日も食事をしていない。そのせいでずいぶんとやせた。
ニキビも増えた。
爪や髪の毛も伸び放題だ。
「はあーッ」
太いため息を吐いて、虚空は化粧台の前に座る。
そこには生気に欠けて。
血色の悪い女子中学生の姿があった。
彼女は不満気な表情でぎろりと睨んでいる。
虚空は前髪を掻き上げた。額がさらけ出る。
「うわッ、すごいニキビじゃん」
思わず鏡面に向かって、そう呟く。
「お医者さんに行った方が良いんじゃない?」
そうして、苦笑。
「バカみたい……。この人、私だし」
声に出して笑ってみる。
「はは。ウケる」
笑ったはずなのに。
なぜか泣けてくる。
「なんで?」
水中のように視界がにじんだ。
鏡がよく見えない。
「なんでだよぉ……」
そう歪んだ視界を、窓際に移す。
暗い――
カーテンが部屋の目覚めを邪魔していた。
「なんかこの部屋暗いなあ」
目をこすってから。
ピンクの布を左右に押し広げてみる。
まばゆい光が、たるみきった瞳孔を収縮させた。
「うわっ、まぶしい!」
反射的に目を閉じてしまったが。
再度開けてみると、実に爽快な景色が広がっていた。
「良い天気だッ!」
そう快哉を叫んでみる。
久しぶりの朝日は気持ちが良かった。
「ん?」
そこで虚空は見慣れない車を発見した。
スズキのジムニーだ。
それがガレージに停まっている。
「いったいだれが来たんだろう?」
すると。
「虚空ー、精神科のお医者さんが来たわよ!」
母親の声が聞こえた。
玄関からだ。いつの間に呼んだのだ?
「部屋に入れてもいい?」
「片付けあるから、ちょっと待――ッ」
「入るわよー」
入るなよッ!
ガチャリ、と。
ドアノブを回す音が聞こえた。
そこにはやつれた顔の風香と。
見知らぬ男性がいた。――精神科医だ。
「ねえ、虚空」
母親は口を開いた。
その目にはクマが出来ていて。
頭髪だってボサボサだ。
悲哀に満ちた声にも、力がないし。
しわだって増えている。
「この部屋臭いわよッ!」
「え?」
「何日も換気していなかったでしょ。絶対に臭いわ。早く窓を開けなさい」
いきなり娘をなじり始めた風香に。
精神科医も見かねた様子で。
「あ、いえ、お構いなく……」
そう言ったが。
虚空はほほを朱に染めて、窓を開け放った。
「じゃあね、虚空……。早く元気になりなさいよ」
母親は唇を噛みながら、ドアノブを回した。
その背中は微かに震えていた。




