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四つの扇  作者: オリンポス
5章:背徳と欺瞞の西家!!!!!
68/101

68.羽柴虚空の過去④

 夕焼けが西に沈んでいく頃――。

 村はずれにあるこの公民館は。

 すでに廃墟のように薄暗くなっていた。

 路上を照らす蛍光灯は。

 チカチカッと明滅を繰り返しており。

 細長く伸びた電線には。

 黒い鳥の群れが目を光らせて止まっていた。


「待っててね、虚空……」

 ギュッと2つの扇を握りしめて。

 公民館のガラス戸に手をかける。

 太陽の描き出すコントラストの影響で。

 透明なはずのそれが、まるで血塗れに見えた。

「すぐ行くからッーー」


 ガラガラッと。

 羽柴風香は勢いよく戸を開けた。

 玄関に明かりは点いていない。

 視界はほとんどが真っ黒だ。


「えっ!?」

 代わりに嗅覚が鋭敏に反応した。

「なに、この臭気……」

 魚介類を彷彿とさせる、変なにおいだった。

 キッチンで魚料理でもしているのだろうか。

 そう思った。

 いや、そう思い込もうとした。

 同時に嫌な予感が脳裏をよぎったからだ。


 していると、ようやく目が慣れてきた。

 ぼんやりと物の輪郭が見えてくる。

 風香は暗闇の中で靴を脱ぐと、おっとり刀で娘の捜索に移った。


 寂れた床板を踏むたびに。

 ギシギシと軋む音が鳴る。


 生暖かい風が、足元を舐めた。

 背中がぞわりと波打つ。

 さらにゴムの焦げるようなにおいがして。

 背筋を凍らせた。

「こ……虚空、虚空ーッ!!!!」

 しゃがれた声を壁面に反響させて。

 風香は娘の名前を呼び続けた。


「ずいぶんお早いご到着じゃないか……」

 ふすま越しに男性の低音が応じる。

 風香は反射的に障子戸を横に滑らせていた。

 生臭さやゴムのにおいが。

 容赦なく、鼻孔に襲いかかった。


 広い和室にはロウソクが1本立っているだけで。

 ほかに光源はない。


 それなのに――羽柴虚空。羽柴冠水。

 この両名の存在感は太陽のごとく大きい。

 目視せずともわかる。

 ナニが行われたのかも――大体。


「西風扇と東炎扇は持って来たわよ。さあ、早く虚空を返してよッ!!!!」

「そんなに喚くな。気ちがい女」

「はあっ!?」

 風香は殺意の矛先を冠水に向けたが。

 今は人質を取られている状況。

 うかつな言動は危険すぎる。

 そう判断し――やむなくその矛をさやに納めた。


「わかったわよ」

 そう肩を落とす風香。

 声音に落胆の色がにじんでいる。

「どうすれば返してもらえるの?」


「扇と引き換えだ。俺に投げて寄越せ」

 冠水は自らが動こうとはせずに。

 そんな指示を出した。

「えいッ!」

 怒りを込めて。

 風香は力いっぱい投げつけてやった。


 しかし彼は――扇を難なくキャッチすると。

 うつろな眼差しで値踏みをし始めた。

 贋作ではないことを確認してから――

 気のない様子でせせら笑う。


「そんなにこの娘が大事か?」

「当たり前でしょう!」

「本当に良いのか? これにより俺は事実上の『扇狩り』が成立するんだぞ」

「そんなことより――」

 焦燥を押し殺し。

 母親は言葉を紡いだ。

「娘が大事に決まっているじゃない」

 虚空の肩がビクッと跳ねた。

 続いて――しゃっくりに似た声が漏れる。

「当たり前でしょう?」

 風香は興奮気味にまくしたてた。

「自分の娘を守れるんだったら、政権だろうが、西風扇だろうが、なんだってくれてやるわよッ!」


「ふん、子ども可愛さに目下の損得計算すら怠るとはな」

 冠水は声を荒げた。

「同じ羽柴家の血筋とは思えぬ愚行ッ!!!!」


「知らないわよ。あなたの価値基準を私達に当てはめないでよ」

「話してもわからぬか。馬鹿がッ!!!!」

「ねえ、それよりも早く取引を済ませましょう?」


「そうだな。わかった」

 冠水はロウソクの火に対して。

 息をぶつけた。

 瞬間――小さな明かりが消える。

「ほら行けよ」

 彼は若い女の尻を揉みながら。

「最愛の母親マミーがお待ちだぜ?」

 そう言って口角を吊り上げた。

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