67.羽柴虚空の過去③
羽柴風香はハンザツ同盟を口実に。
東家と南家の当主を招集した。
彼女は手短に虚空がさらわれたことを説明すると。
虚空の身代金が、西風扇及び東炎扇――もしくは南土扇であることを明かした。
「そういう理由だから、扇を貸してくれないかしら」
同盟国なんだから和談は成立しやすいはず。
風香はそのように判断したが。
現実はそんなに甘くはなかった。
「話はおおむね理解した。だがしかし、それは出来ぬ相談だ」
羽柴森太郎はかぶりを振って答えた。
「だってそうだろう? 四羽扇は互いの均衡を保つために必要な武力。抑止力なんだ。それを放棄するということは、反撃のための橋頭堡を自ら断つに等しい。いくら同盟国の申し出だとしても、さすがにそれは容認しがたいところがある」
「そう……ですか。そう、ですよね」
無理に笑おうとしているのか、羽柴風香の顔が歪んだ。
強く固めた拳に熱いしずくが垂れる。
押し殺した嗚咽。小刻みに震える背中。
そんな彼女から目を背けるために。
森太郎はタバコに火をつけた。
大きく吸って。白い煙を真上に吐き出す。
「辛いのはわかるよ。でもさぁ……」
森太郎は困ったように。
ちらりと羽柴炎暑に目を向けた。
彼は腕を組んで目をつむっている。
「でも、さぁ……」
「あ、わかりました」
明るい声で風香は言った。
それに反して表情は暗いままだ。
「こういうのはどうでしょう? 暫定的に西家と東家が扇を手放したとしましょう。そうしたら西家と東家は政治には参加しません。もちろん戦争にも介入しません。その代わり、民意の代表である南家が御意見番になるっていうのは……」
「それも却下する。民意を反映させる場合、必要になるのは武力だ。ここで我々が四羽扇を失っては、北家がますます磐石な地位を築き上げてしまう。それこそが我々の危惧していた『扇狩り』の実態だろう? たとえ南土扇を死守できたとしても、形勢が北家に傾くことに相違はない!」
「そうですか?」
長きに渡って沈黙を保ってきた男が。
ようやく――口を開いた。
「僕は構いませんよ。東炎扇を差し上げても」
「なっ――!」
怪訝そうな顔で。
森太郎は、炎暑をにらみつけた。
「どういうつもりだッ!!!!」
「森太郎さん。同じ子を持つ親として、冷静に考えてください。一寸先もわからぬ政治がどうこうよりも、まずは人命が優先ですよね? 違いますか?」
「ふざけるなッ!!!!」
森太郎は唾を飛ばして叫んだ。
肩で荒い息をして。タバコはどこかに投げ捨てた。
歯をギリギリと軋ませて。血走った目を向けてくる。
「なにが人命優先だ。冗談じゃない。ここは一時の感情に流されるよりも、涙を飲んででも、後世にバトンを託すべきじゃないのか?」
「そうですか。では――」
では――これで最後です。
と。
炎暑は最後通牒を口にした。
納得してもらえなければ、南家との同盟は諦めるつもりだ。
「自分のお子さんが同じような目にあっても、今と同じセリフが言えますか?」
「えっ?」
一瞬間、森太郎は怯んだ。
俺は自分の息子を見殺しに出来るのだろうか?
それを考えてしまう。
「言えるに決まってるだろッ!!!! それがどうした?」
「わかりました。あなたとはわかり合えません」
「はあっ!?」
「同盟を破棄します」
「なんで?」
「犠牲の上に成り立つ平和など、しょせん幻夢に過ぎません。僕は恒久の平和を所望する。それだけです」
「なにを言ってるのか、サッパリわかんねえよ」
興奮する森太郎の耳元で。
炎暑はそっと――ささやくように言った。
「テメェは親じゃねえッ――!」




