66.羽柴虚空の過去②
扇狩りという新たな政策を聞いた――東西南の家々は。
それが実行されないにしても、危機を感じていた。
北家の政治趣向が独裁に傾倒しつつあることを知ったからだ。
このままでは本当に、三国ともが植民地にされかねない。
「よし。北家を除く三国で、同盟を組もう」
そう提唱したのは。
南家の当主――羽柴森太郎だった。
「烏合の衆のままでは、北家に勝てない。結束して力を合わせよう」
こうして急場凌ぎだけで出来上がったのが、『ハンザツ同盟』。
不安だから固まったというだけの、団結力皆無の同盟であった。
そしてこの同盟は早くも綻びを生じることになる。
羽柴家合同会談を終え。
羽柴風香は足取りを重くしながら、家路に着いた。
玄関の上がり框には1枚の赤い紙が置いてある。
「なにかしら……」
風香は文面を目で追った。
次第に顔面が蒼白になっていく。
「まさか、そんな……虚空が」
彼女は靴も脱がず、家に上がり込み。
西風扇をつかむと、そのまま駆け出して行った。
舗装もされていない山道を全速力で駆けたため。
風香は息も絶え絶えの状態だった。
――それでも必死で叫ぶ。
「虚空を返して」
声がかすれていた。
口で呼吸をしていたため、のどが痛む。
「なにが目的なの? 大人の世界に子どもを巻き込まないでよッ!」
密林に声が反響する。
木立にいた小鳥が、びっくりして飛び去った。
枯れ葉を踏む音ともに、2つの影が伸びてきた。
――羽柴虚空と。
――羽柴冠水だ。
「お母さん、ごめんね。私は大丈夫だから、心配しないでね」
手首を後ろで縛られた虚空が。
申し訳なさそうに笑った。作り笑いだとすぐにわかる。
「羽柴家合同会談が破談に終わって意気消沈しているところを、この娘に襲われたんだ。巻き込んだつもりはない」
風香のもとへ歩み寄ろうとする虚空を。
北家の当主――羽柴冠水は、縄を引っ張ることでいさめた。
手首に鋭い痛みが走り、虚空の顔がすこし引きつった。
それを受けて、風香は奥歯を強く噛み締める。
「目的はなにかと問うたな? 東炎扇もしくは南土扇を強奪し、西風扇と合わせて、俺に献上してほしい!」
カサカサと草木が揺れた。身体に厳しい風が吹く。
知らず知らずのうちに冷えてきたようだ。
冷気が情け容赦なく素肌を突き刺してくる。
「えっ?」
吐いた息が白く濁った。
山林とはいえ、気温の低下が著しい。
「え、じゃない。娘と扇は交換条件だ。もたもたしていると娘の命はないぞ」
危険を察知した動物が、蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。
「待って!」
近付いて娘の安否を確かめようとしたその矢先。
槍のように鋭い切っ先が地面から出現し。
風香を強襲した。
それはのど元を刺し貫かんと迫ってくる。
羽柴風香は身を引いてかわしたが。
次の瞬間にはもう、羽柴冠水も羽柴虚空も姿を消していた。
舌打ちをして。
忌々しく障害物をにらみつける風香。
地面から出現した槍のような物体は。
巨大な氷柱であった。
風香は額に太い血管を浮かべ。
再度大きく舌打ちをした。




