65.羽柴虚空の過去①
羽柴虚空は父親が嫌いだった。
彼は仕事も育児も放棄した無職のフリーターで。
婿養子のため、西風扇を扱うことも出来ないでくの坊。
(四羽扇は羽柴家の血筋の者しか、扱うことが出来ない)
唯一できることといえば、威張ることと、金銭を無駄に浪費することくらいだった。
そしてそのしわ寄せは。
すべて母親の、羽柴風香にぶつけられた。
「家計が苦しいのは、お前の稼ぎが少ないからだろうがッ!!!!」
飲んだくれて帰宅した夫には、そうなじられ。
「あんな無頼なやからと結婚するなんて、お前は西家の恥さらしだッ!!!!」
夫の外出中には、実父と実母にそう責められる。
風香が影で泣いている姿を、虚空はなんども目撃した。
なんとかしてお母さんを助けてあげたい。
いつしかそれが虚空の生きる指針になっていた。
羽柴虚空が中学生になったころ。
羽柴風香をある試練が襲った。
羽柴家の内乱である。
幾度となく不毛な争いが続いては――なあなあで終結していた戦争であるが。
それがまた再開されたのである。
戦争の理由は――北家の圧政に対する南家の反乱。
この時代の羽柴家は、最も勢力がある家系をトップとして祭り上げ。
寡頭政治を行わせることで均衡を保とうとしていた。
しかし独裁的な政治は長くは続かない。
そのことを熟知していた北家の当主は、羽柴家から扇を没収する『扇狩り』の実施を表明した。武力解除を強制することによって秩序の維持をはかるというのが、その政策が掲げるマニフェストだった。
東家と西家が賛成する中――南家は『扇狩り』に激しく反対した。
「ひとつところに武力を集中されてしまっては、我々はあらがうことも許されず、食い扶持を稼ぐための奴隷にされてしまうだろう」
これが南家の意見だった。
「スタンフォード監獄実験を知っているか? 一方は権力者として命令し(看守役)、もう一方は労働者として服従する(囚人役)という有名な実験だ。この実験の末路を知っているか? 権力者は暴走を始め、理性に歯止めが利かなくなってしまった。それ故に労働者は、ひどい仕打ちをたくさん受けた。
わかるか?
『扇狩り』に賛成するということは、権力者と労働者を二分させることに他ならないんだ。そんなことをしたら権力者が暴走することは目に見えている。
――たしかに戦争の終結を望む気持ちは理解できる。しかし、原点に立ち戻って考えてみてほしい。自分の子どもが、北家の恐怖政治に怯えながら生活する姿を。同じ子を持つ親として、どうか考えてみてくれ」
南家の熱弁が功を奏し。
北家の『扇狩り政策』は白紙に戻された。
そしてこれが――羽柴風香の悲劇の始まりとなる。
北家が実力行使で、『扇狩り』を開始したのだ。




