表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四つの扇  作者: オリンポス
4章:臥薪嘗胆の藤原家、推参!!!!
62/101

62.病み上がり

「ほらよ。ジュースでも飲んで元気出せよ」

 富士宮正二はそう言って。

 缶ジュースを投げて寄越した。

 羽柴灯火は点滴を受けているほうの腕でそれを受け取ると。

 黙ってプルタブを起こした。

 ぷしゅっと小気味よい音がする。


「見たくはねーとは思うけど、これが医師の死亡診断書だ。ご冥福を祈る」


 髪の毛を掻きむしりながら、灯火はその書類に目を通した。

 だが字面が目の前を滑っていくだけで、一向に頭に入ってこない。

 ぐいっと缶ジュースを呷って。

 綺麗に磨かれた床に、アルミ缶を叩きつけた。

 缶は耳障りな音を立てて、ひしゃげてしまった。

 容器からは中身が溢れ出ている。

 ベッドの下にも甘ったるい液体が流れ込んできた。


「おいッ――」


 今にも叫び出そうとする正二を手で制して。

 灯火はぽつりと呟くように言った。


「じいちゃんってさあ、一見強そうに見えるけど、じつは寂しがり屋なんだ」

「はあっ?」

「葬儀場では気丈に振る舞っていたけど、家に帰ってからは、叱られた後の子どもみたいに、ずーっと、ずーっと泣いていたんだ。俺なんかとは比較にならないくらい辛かったんだと思う……」


「なにを、いきなり――」

 灯火をにらみつけながらも。

 ハンカチを取り出して、炭酸飲料をふき取る正二。


「だけどさ。だれよりも辛いはずなのに、飯は朝昼晩と全部作ってくれて、俺の前では泣き言ひとつ言わない、自慢のおじいちゃんだったんだ」

 灯火の目が徐々に赤くなる。

 まぶたに水分が溜まって零れ落ちそうだった。

 正二は静かに話し手を見つめている。


「ちょっ――こっち見るなよ。男が泣いていいのは、父親が死んだときと、母親が死んだときの、2回だけなんだろ!?」

 灯火は狼狽して、目元をこすった。

 鼻が赤くなっている。


「えっ?」

 指摘されて気が付いた。

 いつの間にか、作業の手が止まっていたようだ。

 それを誤魔化すように、正二は笑いながら手を動かした。

 鼻水をすする音が頭上から聞こえる。


「もしも家督争いが終わったらさあ、今度は俺の手料理を喰わせてやるつもりだったんだ。

 じいちゃんの生き甲斐って食べることくらいだったからさ。

 早く就職して、おいしいものを食べに連れて行ったり、成人したらいっしょに酒を飲む約束もしてた。

 じいちゃんってば、ストイックでさあ、俺が成人するまでは酒断ちするなんて言ってやがってさあ……」


 饒舌にしゃべってはいるが、嗚咽がひどくて聞き取りづらい。

 それでも正二はなにも言わなかった。

 炭酸飲料によって生成された小さな水面から――輪のような模様が次々と現れては消えていった。

 どこかから、しずくがしたたっているのだろう。

 そうでなければ、気泡が弾けたときに波紋が広がったのかもしれない。


「雨……か。あいにく傘は持って来なかったんだよな」

 途方に暮れた顔をして。

 富士宮正二は苦笑いを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ