62.病み上がり
「ほらよ。ジュースでも飲んで元気出せよ」
富士宮正二はそう言って。
缶ジュースを投げて寄越した。
羽柴灯火は点滴を受けているほうの腕でそれを受け取ると。
黙ってプルタブを起こした。
ぷしゅっと小気味よい音がする。
「見たくはねーとは思うけど、これが医師の死亡診断書だ。ご冥福を祈る」
髪の毛を掻きむしりながら、灯火はその書類に目を通した。
だが字面が目の前を滑っていくだけで、一向に頭に入ってこない。
ぐいっと缶ジュースを呷って。
綺麗に磨かれた床に、アルミ缶を叩きつけた。
缶は耳障りな音を立てて、ひしゃげてしまった。
容器からは中身が溢れ出ている。
ベッドの下にも甘ったるい液体が流れ込んできた。
「おいッ――」
今にも叫び出そうとする正二を手で制して。
灯火はぽつりと呟くように言った。
「じいちゃんってさあ、一見強そうに見えるけど、じつは寂しがり屋なんだ」
「はあっ?」
「葬儀場では気丈に振る舞っていたけど、家に帰ってからは、叱られた後の子どもみたいに、ずーっと、ずーっと泣いていたんだ。俺なんかとは比較にならないくらい辛かったんだと思う……」
「なにを、いきなり――」
灯火をにらみつけながらも。
ハンカチを取り出して、炭酸飲料をふき取る正二。
「だけどさ。だれよりも辛いはずなのに、飯は朝昼晩と全部作ってくれて、俺の前では泣き言ひとつ言わない、自慢のおじいちゃんだったんだ」
灯火の目が徐々に赤くなる。
まぶたに水分が溜まって零れ落ちそうだった。
正二は静かに話し手を見つめている。
「ちょっ――こっち見るなよ。男が泣いていいのは、父親が死んだときと、母親が死んだときの、2回だけなんだろ!?」
灯火は狼狽して、目元をこすった。
鼻が赤くなっている。
「えっ?」
指摘されて気が付いた。
いつの間にか、作業の手が止まっていたようだ。
それを誤魔化すように、正二は笑いながら手を動かした。
鼻水をすする音が頭上から聞こえる。
「もしも家督争いが終わったらさあ、今度は俺の手料理を喰わせてやるつもりだったんだ。
じいちゃんの生き甲斐って食べることくらいだったからさ。
早く就職して、おいしいものを食べに連れて行ったり、成人したらいっしょに酒を飲む約束もしてた。
じいちゃんってば、ストイックでさあ、俺が成人するまでは酒断ちするなんて言ってやがってさあ……」
饒舌にしゃべってはいるが、嗚咽がひどくて聞き取りづらい。
それでも正二はなにも言わなかった。
炭酸飲料によって生成された小さな水面から――輪のような模様が次々と現れては消えていった。
どこかから、しずくがしたたっているのだろう。
そうでなければ、気泡が弾けたときに波紋が広がったのかもしれない。
「雨……か。あいにく傘は持って来なかったんだよな」
途方に暮れた顔をして。
富士宮正二は苦笑いを浮かべた。




