60.炎熱病の威力
「ぎゃあああああッッッ!!!!」
富士宮正二は発狂した。
前後不覚に陥った。
なぜ自分が奇声を発しているのかさえ、わからなくなる。
「大丈夫ですか!?」
看護師が血相を変えて飛んで来た。
そしてノックもせずにドアを開ける。
富士宮正一は、彼女の眼前に立ちふさがった。
白い双眸をナースに向けると、
「うなされているだけじゃよ。心配には及ばんわい」
「しかし、容体の急変も考えられます! 通してください」
「ふん、お主になにが出来る? カロナールなど処方しよって、見当違いも甚だしい」
正一は台座に置いてある処方箋を一瞥した。
「それは体温を下げる目的で処方した薬です」
「こんなもので治るか、バカ者がッ!!」
正一はぴしゃりとドアを閉めた。
何度かドアを叩かれたが、仕事が忙しいのだろう、彼女はすぐに行ってしまった。
「大丈夫じゃったか? 正二」
「うぅ……」
正二は尻もちをついて。
ぽかんと口を開け――茫然自失していた。
「ふんッ!」
孫のだらしない姿に。
正一は鼻を鳴らした。
アゴひげがかすかに揺れる。
「正二。お前の覚悟とは、所詮はそんなものか」
情味のない辛辣な言葉を聞いて。
富士宮正二は我に返った。
しかし、なにも言い返せない。
老人の言う通りだった。
助けたい、助けたいと言っておきながら。
とっさに保身に走ってしまったのだから。
灯火の身体を直に触ったからよくわかる。
<あれ>は人間じゃなかった。
ベッドシーツがいつ自然発火してもおかしくない――岩漿にも似た異常な体温だった。
正二は自分の手をまじまじと見つめた。
表面の皮は溶け。
肉が剥き出しになっている。
これでもほんの一瞬触れただけだ!
だが、灯火は。
その炎熱で何時間も焼かれ続けているのだ。
その苦しみを想像しただけで、気が遠くなりそうだった。
正二はふと窓に目を向けた。
まばゆい陽光に翳りが差している。
空模様まで元気を失くしたようだ。
コンコン、と。
ドアを叩く音が聞こえる。
返事をする間もなく、その人物は這入って来た。
すっかり消沈した顔で、正二は出迎えた。




