6.東家の過去
「……とまあ、このような紆余曲折があったせいで、西風扇は手に入れられなかった。悪いな」
日本家屋の一室で正座をしながら、灯火は事情を説明した。
「委細承知じゃ。事後処理は任せなさい。ところで灯火、怪我はなかったか?」
老人は灯火の服がところどころ焼けているのをみて、心配そうに訊いた。
「ああ、平気だ。しかも自分が出した炎だからな。焼け死ぬ心配はなかったさ」
「よかったのう」
老人は心から安堵し、そして言った。
「なあ灯火、ワシからもひとつ謝りたいことがあるんじゃが……」
しんみりとした空気を感じ取った灯火は、
「ん? なんのことかは知らねーが、謝らなくていいよ」
と、あえてふざけた調子で言った。
「つれないことを言うでない。灯火の両親のことなんじゃが……」
「今さらその話はしなくていいよ。お父さんとお母さんが死んだのは、じいちゃんのせいじゃねーから。家督争いなんていうくだらねー因習に縛りつけられた、羽柴家が悪いんだ」
「しかし、ワシが見殺しにしたも同然なんじゃ。灯火の両親に、『北家には手をだすな』と言ったのも、じつは自己保身のためじゃった。情けない、じつの息子すら守ってやれなかったんじゃからな」
灯火の父親は。
老人の息子だった。
「だからそれは……」
「こんなワシをまだじいちゃんと呼んでくれるなら、頼むから北家には関わらないでくれ。もうだれも失いたくないんじゃ」
「でも家督争いがどうのこうのって、あるんじゃないのか?」
「幸か不幸か、北家は家督争いには消極的なんじゃ。こちらがちょっかいをださなければ、まず安心なはずじゃ」
「ふーん、わかった。気をつけるよ」
「北家は関わらなければそれでよいが、問題は南家じゃな。戦闘狂のあやつらがこれからどう動くのか、わからんからの」
老人はよっこらせと、腰を浮かせてから、
「これからは学校に行くときも東炎扇を持っていきなさい」
「ちょっと待ってくれ! じいちゃん」
和室からでようとする老人を、灯火は引き止めた。
「南家ってなんだ? 強いのか?」
灯火はさも嬉しそうに、
「強いんだったら、バトリてーな。どうやったらそいつと戦えるんだ?」
「バカモノ。いい加減に、用行舎蔵をわきまえなさい」
「固いこと言わないで教えてくれよ。頼むよ、じいちゃん」
「あやつらは奇襲を得意とする。くれぐれも油断はするでないぞ」
老人はそう言うと、もう話すことはないとばかりに、ぴしゃりと障子戸を閉めた。
西家との試合は辞退させておくべきだったと、老人はすこし後悔していた。
このままでは灯火は東炎扇の魔力に取り憑かれてしまうからだ。