59.悪化する炎熱病
羽柴灯火のお見舞いに来た、富士宮正二は。
病室の窓から差し込む朝日に目を細め。
同伴していた富士宮正一は。
反対に大きく目を見開いた。
昨晩の遅くに、羽柴槐から富士宮正一に連絡があった。
灯火が入院したから、見舞いに行ってやってくれとの内容だ。
槐は忙しくて手が離せない状況らしい。
そのため正一は、孫の正二を連れて病院へ来たのだった。
「炎熱病の末期状態か。だいぶ進行しているのう」
正一はアゴひげに手を当てて。
唸るように言った。
「炎熱病!? なんじゃそりゃあ」
正二は唾を飛ばして叫んだ。
目の前の奇怪な光景に息をのむ。
灯火の手足――手首や足首までもが――石炭のように黒ずんでいた。
顔は青ざめて弱弱しく、生気が感じられず。
黒いシミは容赦なく身体中を蝕んでいるようだった。
「要は内的エネルギーを使いすぎて、それが暴走してしまい、熱のコントロールが出来なくなってしまったんじゃ」
「どうにかならないのかよ、じいちゃん!」
苦悶の表情を浮かべる羽柴灯火を見て。
富士宮正二は胸が締め付けられる気分を覚えた。
「なんとかしてやりてーんだが……」
「そうじゃな――」
富士宮正一はニカッと歯をむき出した。
随所に欠けた部分のある歯並びは、鍵盤のように見えた。
「ハイビスカスの孫の手を握れるか? 正二」
「はぁ? 今はそんなことをしている場合じゃ……」
「握れるかと訊いておるんじゃ!」
強めの口調だった。
正二は、患者の手を確認する。
黒ずんだ手足には――亀裂が入って、流血している個所もあった。
「思ったよりもグロいな」
「早くしないと、取り返しがつかなくなるぞ」
嫌味っぽく老人は言う。
実際その言葉通りで。
炎熱病は――手首から肘までをも真っ黒に染めていた。
「その黒いのが心臓部に達したら、一巻の終わりじゃ。内臓は焼き尽くされて死に至るからのう」
「じゃあ、どうすれば」
「うろたえるな。ハイビスカスの孫の手を握る覚悟はあるのか!」
「またそれかよ……。マジで意味がわかんねー」
「では、見殺しにするという判断で良いんじゃな?」
「だからなんでそうなるんだよ」
話がかみ合わないもどかしさに。
正二は渋面を作ってみせた。
そして――
「わかった。よくわかんねーけど、握ってやるよ!」
手を握った。
それがどれほどの苦痛を伴うのか。
このときの正二は、まったく予想していなかったのである。
「ぎゃあああああッッッ!!!!」
弾丸のように鋭い悲鳴が。
狭い病室にとどろいた。




