54.炎熱病
「炎熱病……じゃな」
低く落ち着いた声で、羽柴槐はそう言った。
その表情には影が差しており、明暗のコントラストで感情がうかがえない。
陽光を背にして椅子に座る祖父を。
ベッドに身体を横たえながら――羽柴灯火はちらりと見た。
祖父はどことなく物憂げなたたずまいだった。
「炎熱病ってなんだよ?」
「炎熱病というのはじゃな」
感情を殺した――抑揚のない声音で。
老人は言う。
「古くから炎扇の所有者が患ってきた――奇病じゃよ」
「奇病……だと」
「元来、人間が発する熱量には限界があるじゃろ。高熱を発症しても、40度を超すことはめったにない。しかし内的エネルギーを習得した灯火は、人間の限界を超えた熱量を使いこなせるようになったんじゃよ」
「ああ。それはなんとなく理解できる」
骸骨少年――藤原典嗣を打ち破る際、手に力を込めた。
相手の血液が沸騰するイメージを、鮮明に思い浮かべながら。
そうすることによって、彼は吐血して倒れたわけだが――そのときに消費した熱量は常人の比ではなかっただろう。
「平熱36度の人間が、体温を50度や60度まで上昇させたら、どうなると思うかの?」
「ふつうは死ぬだろうな」
「その通りじゃ。まあ、死なないために内的エネルギーを用いるわけじゃが、この内的エネルギーというのがくせ者でのう。少しでもコントロールを誤れば、今回のように体中を炎熱によって蝕まれるというわけじゃ。これが炎熱病の概略じゃよ」
「うーん、まあ、なるほど」
とりあえずは納得。溜飲が下がった。
病名がわからず、ひたすら点滴を打たれているよりは、解説があるだけマシだ。
マシなんだけど――
「で。炎熱病ってどうやったら治るの?」
「目には目を、歯には歯を。――炎熱には炎熱を。自身の内的エネルギーを使って、体温の過剰な上昇を食い止めるほかないの」
「そんなこと言ったてよー。意識がもうろうとしてるっつーのに、熱分散なんて出来るわけが……」
「もしもこのまま病が進めば、末端神経から壊死していき、手足はもちろん、全身が炭のように黒くなって死んでしまうんじゃ。やるしかないんじゃよ」
「はぁ……」
灯火は深くため息を吐いた。
こうやって会話をしているだけでも苦しいというのに、今度は内的エネルギーまで使役しなければならないのか。頭が痛い。きっと炎熱病のせいだけではないだろう。
「どうやら病気は待ってくれないようじゃの」
槐は点滴用チューブが刺さった灯火の手を見つめた。
爪の中が、内出血したように黒ずんでいた。




