53.高熱発症
面会の時間も終了し、消灯時刻になった。
病室の仕切り越しからは、寝息が聞こえている。
俺も早く寝なきゃな。
羽柴灯火はそう思って固く目をつむった。
しかしどうしても――藤原典嗣との戦闘が。
頭にちらついて眠ることが出来ない。
低く唸って、寝返りを打ってみる。気分が落ち着かない。
どうやらただ眠れないだけではないようだ。
身体が火照っているような、発熱時特有の不快感もある。
灯火は枕元に置いてある解熱鎮痛剤を服用した。医者が、もしものためにと処方してくれたものだった。
その晩は幾度となくうなされ、その都度目が覚めた。
全身からは大量の汗が噴き出しており、水浴びをしたようにシャツやズボンが濡れていた。
異常なのどの渇きで視界が揺れ、せきをする度に頭や関節の節々が痛む。
灯火はベッドから身体を起こし、スポーツドリンクを口に運んだ。本来ならごくごく飲めるそれも、今の状態では口に含むのがやっとだった。
朝日が昇り病食が運ばれてくるころには、灯火はすっかり憔悴しきっていた。
ご飯、味噌汁、納豆、漬け物、とヘルシーな料理が並んでいたが、どれを見ても食欲が湧かない。
彼は昨夜の病状を看護師に伝えた。そして前もって測っておいた体温計を見せる。
白衣をまとった女性は、眉根を寄せて考えたあと。
「診察室までお越しになれますか?」と言った。
「うーん。私もあらゆる症状を検討してみたのですが、やはりただの風邪のようです。
カロナールでは効かないようなので、点滴を打っておきますね」
コンピュータを操作しながら、紙にボールペンを走らせる老年男性。
頭部には薄い白髪が乗っていて、赤い顔には深いしわが刻まれていた。
「念のため、薬の量も増やしておきます。今は具合が悪いとかはないですか?」
「身体が焼かれているように熱いです」
灯火は回転椅子から立ち上がると、「ほら触ってみてください」
「うむ、たしかに熱いね。おそらくよく眠れなくて、交感神経が高ぶっているんでしょう。
なーに、点滴を打てば一発で治りますよ」
老年男性はそう太鼓判を押すと、くるりと背中を向けてしまった。
もうこれ以上話すことはないと言わんばかりだった。




