51.小池卓也の狙い
一方の男の子集団は。
山田をひとまず横にして、今度は橋場ハルキの視診に移っていた。
彼の身体はシャワーのような勢いで発汗しており。
すでに尋常じゃない量が放出されていた。
「大丈夫ですか?」
そう言って、ハルキの脇の下に腕を通す。
持ち上げて、彼の上体を起こそうとしたが。
「ぎゃあああッッッ!!!!」
ハルキは絶叫した。
男の子は、彼を元通りに寝かせると。
頭から順番に足先へ向かって、グッグッと指圧するように触っていった。
すると胸の辺りを触診したところで、彼は再び悲痛なうめき声を発した。
「胸骨、もしくは内臓がやられている可能性が考えられる。
この人の場合は、救急車の到着を待ってから対処しよう。なるべく動かさないほうが良い」
小池はそのように判断を下し。
呆然となっている後ろの連中に声をかけた。
「次いくぞっ!」
少年は流れるような動作で。
血の池に突っ伏している藤原典嗣を俯瞰し始めた。
「なあ、小池」
烏合の衆から質問が飛び出した。
「なんでお前は、そんなに冷静なんだ?」
小池は検分を済ませると。
「応急処置みたいなのは、羽柴土竜っていうオジサンが教えてくれたんだ。なんとかっていう扇のことを秘密にする代わりにな」
「うちわって、なんのことだ?」
「それは言えねーよ、約束だからな。ただし学校に遅刻したとき、昼頃に見た、あの衝撃の光景は、今でも目に焼き付いてるぜ。隕石が降った後みたいにグラウンドに穴を開けたり、派手なバトルだったなー」
「なにを言ってるのか、わかんねーよ!」
「ああ、そうか? でも土竜っつーオッサンのおかげで、腕っぷしにも自信がついたんだぜ。何度か鍛えてもらってるしな」
小池は骸骨のように、痩身な少年を診察し終えると。
「重篤患者だ。おそらく輸血が必要になるだろーな」
「なあ、小池」
「なんだ?」
「もしも、あの女子が言ってた話が本当だったら、典嗣ってヤバいやつなんじゃねーのか?」
「そうだな。このままじゃ、うちのクラス……いや学校の治安が崩壊するかもしれねー。早いところケリをつけねーとな」
「でもなぁ、小池。校内で1番腕の立つハルキさんでも勝てなかった相手だぜ。いくらお前でも……」
「たしかに徒手では勝てないかもしれねーけどなぁ」
救急車のサイレンが、住宅街をこだまして近づいて来た。
それに負けない大きな声で、小池は言い放つ。
「獲物を使ったらわからねーぜ?
山田もハルキさんも、邪魔者は消えたんだ。これからはルール無用の無法地帯ってわけだ」
「いずれ倒すつもりなら、なんで助けるんだ?」
ドップラー効果の影響で、サイレンの音が妙に甲高く聞こえる。
その不快感を払しょくするがごとく、小池は怒鳴り気味に言うのだった。
「補導されたときにも、今回のような人助けをしておけば、すこしは刑罰が軽くなるんじゃねーのか?
それに学校側だって、内申点をプラスに評価してくれるかもしれねーしさ」
半月を描くように口を開けて。
小池は狡猾に微笑んだ。




