50.藤原美沙の優越
この惨状を傍から見れば、地獄絵図という他なかろう。
ひとりはあえぐような息づかいに加え、赤黒い液体を土に染み込ませながら倒れていて。
もうひとりは全身から脂汗が噴き出し、胸骨を押さえて苦悶の表情を浮かべている。
その隣では尋常ならざる吐血をし、さながら血の池と化した水溜まりに身体を突っ伏す者がおり。
最後のひとりは感冒患者なのだろうか、ぶるぶると小刻みに震えていて、起き上がろうにも力が入らない様子だった。
このような惨憺たる有り様を見て。
愉悦に頬をほころばせる少女がいた。
彼女は。
鳩を肩に乗せ、"水鏡"を使役する女子小学生。
藤原美紗である。
ふふん、と。
得意気に鼻を鳴らして。
土手の上で腕を組み、オレンジ色の濃い光に照らされた少年達を見下ろす。
「おーい、いたぞーっ!」
遠くでそんな声がしたかと思うと。
男子小学生が5,6人集まり、こちらに向かって駆けてきた。
汗を光らせて走る彼らは、なぜか慌てているようだった。
美沙の前までたどり着くと、膝に手を当てて、ぜぃぜぃと荒い呼吸を整える。
「なにかしら?」
澄ました顔で、そう尋ねる美沙。
勝ち誇ったような、いやらしい声音になった。
「なあ……」
と、男子のひとりが表情をひきつらせる。
「ここでなにがあったのか、教えてもらえねーか?」
「ええ、いいわよ」
鳩の少女は腰に手を当てて。
すこし偉ぶってしゃべり出した。
「まずは、そうね。
そこで伸びている男の子達はみんな、ひとり残らず、藤原典嗣にやられたのよ」
「なにっ……」
驚嘆の声がもれる。
そのリアクションに美沙の自尊心は刺激された。気持ちが良い。気分爽快だ!
「みんな……だって? 山田くんや、ハルキさんも、みんな典嗣がやったのかよ」
少年は拳をわなわな震わせている。
それを見て、美沙は胸がすくような気持ちになった。
「そうよ」
山田も、ハルキも、だれのことなのか、美沙にはさっぱりわからない。
しかし、典嗣は全員を倒したのだ。
肯定しても問題はないだろう。
「震えているようだけど、大丈夫?」
「ああ、平気だ。ありがとう。えーっと名前は……」
「私は藤原美沙よ」
「そうか、美沙って言うのか。俺は小池卓也だ。よろしくな」
小池卓也と名乗った少年は。
集団を引き連れて土手から下りると。
山田和樹を抱き起しにかかった。山田は気を失っている。
呼吸が苦しそうだ。のどを損傷しているのかもしれない。
赤黒い液体を口から垂らしている。
よほど過激な戦いだったのだろう。
「すまねーが、近くの人を呼んで来てもらえないか?」
小池は必死な表情で、少女に向かって叫んだ。
「念のために救急車も呼んでもらえるとありがたい」
「わかったわ」
2つ返事で美沙は駆け出す。
その足取りは軽い。
これでもう、典嗣がいじめられることはないだろう。
そう思うと、どこまでも走れそうなほどに元気が湧いてきた。




